成功と罪悪感
翌朝になっても雨は続いていた。
明け方まで作業をしていた真琴は、よどんだ目でスマートフォンを確認する。
クライアントの芸能事務所からは早々に高額なギャラが振り込まれており、口座残高を見て一瞬だけ唇の端を上げる。
だが、その満足感はほんの一瞬で消え去った。
「結局、これも全部でっちあげなんだよね」。
小声でこぼしてから、コーヒーの空き缶を無造作にゴミ袋へ放り込む。
電話が鳴る。
画面に表示されたのは、先ほど振り込みを行った芸能事務所のスタッフの名前だ。
出ると同時に軽薄な声が聞こえてくる。
「今回もお疲れさま。
ほんと助かるよ、そっちで『被害者の肉声』を勝手に書いちゃってくれるからさ。
いやあ、火のないところに煙を立てるってこういうことだよな」。
スタッフは軽口を叩きながら、真琴の“捏造力”を褒めそやす。
真琴は苦い表情になり、しかし反論することなく適当に相づちを打つ。
「そろそろ本当の被害者でも拾ってきたら?
なんて、冗談だけどね」と不快な言葉まで聞こえてきた瞬間、真琴は呼吸を詰まらせた。
通話を切ると、心の奥がざわつく。
報酬を受け取っている以上、自分がやっていることは“仕事”として片付けられるのかもしれない。
それでも、無辜の人々を傷つけているかもしれないという罪悪感が日々積もっていくのを感じていた。
大学で学んだ言葉の力を、こんな形で使うなんて想像もしなかった。
ピアノ講師だった母と編集者だった父は“誠実”の意味を込めて真琴という名を与えたが、彼女はどうしてもその名を好きになれなかった。
「またウソを世に放っちゃったな」。
そう胸の内でつぶやき、頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てる。