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放火魔ライターの告発  作者: さば缶
第1章 嘘か、それとも真実か
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煙を立てる放火魔ライター

 夜の静けさを切り裂くようにして、パソコンのキーボードを叩く音が続いていた。

椎名真琴は薄暗い部屋の隅に座り、机に置いたエナジードリンクを片手に、画面に映るテキストを睨んでいる。

外は雨が激しく窓を叩いていたが、真琴はそんな音をまるで聞いていないようだった。

彼女の黒髪は少し乱れ、地味なグレーのニットはしわくちゃのまま。

猫背気味の姿勢を直すこともなく、スキャンダル記事の原稿に集中していた。


 「……私は番組収録後に控室であの人に乱暴されました。怖くて誰にも言えませんでしたが、あの夜のことは一生忘れられません」。

そう書き込んだテキストの一節を読み返した真琴は、次の行に“被害者”が震える声で叫んだとされる描写を加えていく。

たとえばタレントが控室のドアを鍵で閉め、周囲に誰もいないタイミングを狙って押し倒したような具体的な場面を捏造する。

「彼女が必死に抵抗しようとしたが、力でねじ伏せられ、口を塞がれた」といったやり取りまで書き連ねると、まるで本当に起きた惨事のように見えてくる。

真琴は勢いに任せて、涙ながらに震える“被害者”の声を文章に落とし込みながら、さらにリアルさを増すために「当時の衣装が破かれた」とか「手首に痣が残った」などの細部を盛り込む。

本当はそんな事件など起きていない。

しかし、大衆はこうした生々しさに弱い。

そこに「番組スタッフがいたのに誰も助けてくれなかった」という一文を加えれば、まるで周囲が隠蔽に加担しているような印象を与えられる。


 捏造のヒントは、タレントの夜遊びの噂程度で充分だった。

「番組収録後、彼は飲み会をドタキャンしたことがある」という些細な情報を根拠に、「実は裏で女性と密会していたのではないか」と推測を膨らませる。

そして当人を“加害者”に仕立て上げる一方で、“被害者”がその深夜までずっと収録現場に残っていたかのように書き換えてしまう。

「被害者は体調不良で控室に休んでいた」「そこへ彼が入ってきた」という設定を作り、核心部分には涙混じりの台詞を差し込む。

ネットユーザーは“痛ましい告白”に飛びつき、いつの間にか炎上が広がる。

「こんな嘘くさい話、信じる人いるのかな」。

そう小さくつぶやいてはみるが、過去に幾度も真琴の記事でタレントが謝罪会見や引退を余儀なくされてきたことを思い返すと、やはり大衆は容易く踊らされるのだと実感する。


 「火の無いところに煙を立てる天才」「放火魔ライター」

そんなあだ名を耳にしたとき、彼女は最初こそ眉をひそめたが、今では自分の看板として受け入れている。

完成した記事の最後に、被害者の悲鳴と恨み言を一段と強調する文を付け加えると、原稿を保存し、ふっとため息をついた。

背筋を伸ばせば少しは楽になるはずなのに、猫背のままでいるのはこれ以上自分の本当の姿を直視したくないからかもしれない。

そして再び、真琴の指は休む間もなくキーボードへ戻っていく。

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