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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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25

 ヤトメイズの屋敷を出た直後、ダブルはすぐに隣のエルドリアに声をかけた。


「エルドリア。少し私の話に付き合え」


「ええ。わかりました」


 ダブルはホテルに向けて歩きながら、エルドリアへいくつか質問を投げ掛けた。


「私はあなたを殺し損ねたが、念のために聞いておく、死んでおくか?」


「いいえ。遠慮します。死ぬことは…恐ろしいことですから、もう結構です」


「ならもう2度とあのような馬鹿な自殺は辞めろ」


「フレドリックも同じことを言いそうです。ダブルさんは、死のうと考えたことはありますか?」


 ダブルはその弱さを即答した。


「ある。が、どうにも死にきれなくてな。単純に死が怖かった。娘を殺しておいて、自分は死ぬことを恐れていたんだ。その瞬間に全てが終わったというのにな」


 ダブルは話していて自分でほとほと呆れ返るが、しかし自嘲の笑みは浮かべなかった。


 なんてことはない事実として、素直にそれを受け入れていたからだ。


「だから私を殺そうとしたのですね。空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の中なら死ぬことないと、死なないと分かっていても、貴女は恐ろしかったですし、死はそれ以上に恐ろしかったです。身に沁みました」


「あぁ。それがいい。それでいい。死ねないことを笑って受け入れるといい」


「ダブルさんは、娘を生き返らせたいと思ったりはしますか?」


「何度も考えた。だが、確実にいえることが1つある。私は娘を生き返らせたなら、もう1度殺すだろうということだ」


「どういうことでしょうか?」


「言っていなかったな。私は異能力者(スキルホルダー)だ。その異能(スキル)は、好感を覚えた相手を殺したくなるという物でな。その殺意は歯止めが効かず、無意識に殺そうと動き出すことがよくある」


「生きづらそうですね」


「まぁな。お陰で気兼ねなく話せる相手はアカツキしか残っていない。実際、私はもう既にあなたを殺したくなっている」


「勘弁してください」


「安心しろ。好意の大小で、殺意の大小も決まる。今はまだ、殺したいとぼんやり思い浮かぶ程度だ」


「なるほど。1つの場所に留まれないとはそういうことでしたか」


 歩いている最中で、ダブルは自身の空腹に気づいた。


「ふむ。エルドリア、夕食だ」


「お供します」


 ダブルは最終的なゴールであるホテルからあまり離れない程度に道をはずして、とある1軒の店の前にたった。


「ここでいいだろう」


 そこはエルドリアとアリュエル、ダブルの3人で朝食をとった店だった。


 エルドリアは文句も言わず、先に入店したダブルの後に続く。


 幸運なことに空いていた最後の席に案内され、エルドリアが口を開く。


「朝と変わらず、凄まじく繁盛していますね」


「腹ペコドラゴンに目をつけられた結果だろう」


 ダブルはシチューを頼むと、エルドリアが同じものを頼んだ。


「ダブルさんが随分と美味しそうに食べていたので、少し気になりました」


「好きにしろ」


 やがて運ばれてきたシチューを2人は黙々と口に運んだ。


 会話らしい会話もなく、ただ微かな食器の音だけが2人の間にあった全てだった。


 ダブルたちは食事を終えると、会計を済ませてさっさと店をでた。


「ふぅ。随分と満足した」


「1つ、質問をしてもいいですか?」


「なんだ」


「アカツキさんは寝てしまったのですか?」


 視線がアカツキに集まる。


「いんや。起きてるよ。俺が喋らないのは喋りたいことがないから」


「だ、そうだ。なにか言いたいことでもあるのか?」


「そうですね。1つ聞いてほしいことがあります。ダブルさんにも関わる話です」


 妙に真剣な声音をしていたので、ダブルは食事により緩んだ意識を引き締めた。


「話すといい」


「ダブルさん。もし、教会の存在がある場所で、エスメラルダという名前を聞いたなら直ぐにアカツキさんを持ってその場を離れてください」


「なぜだ?」


「エスメラルダという人物は、好奇心と探求心の塊のような人物でして、モラルや倫理観が著しく欠如している人物なのです。そして厄介なことに、教会内で権力を持っています。救済開発部の部長、深緑のエスメラルダとして」


 エスメラルダという人物に聞き覚えはないが、しかしダブルは素直にその話を聞いた。


 なぜならアカツキという剣の希少性と特異性は、そのエスメラルダという人物のみならず、ほとんどの人の心を刺激するからだ。


「覚えておこう。しかしあなたは本来、エスメラルダという人物に協力する立場ではないのか?」


「個人と公人の違いは随分と身に沁みました」


 疲れたようにエルドリアが笑った。


「あ! 話してーことあったわ!」


 アカツキが突如として声を上げた。


「エルドリア。ウェルギリウスという名前の神官知らね?」


「いや、その名前を知らぬ神官は居ませんよ。なにか因縁でもあるのですか?」


「ムカつくから殴りてーのよ!」


「そうですか、ならお教えしましょう。ウェルギリウスは、戦争製造部の部長であり、蒼天のコードネームを持つ高位神官です。またの名を、戦争教唆のウェルギリウス。彼の悪行については…語る必要はありませんね」


「教会にはロクでもない奴しかいねーのか?」


 エルドリアは困ったように頭をかいた。


「なんといいますか…神はなにか欠けた人物を部長に選ぶことが多く、必然的に協調性はないというのに、連帯感だけあるという不思議な集団になってしまうのです」


「それで良く、組織が割れたりしないな」


「我々はみな、最終的に教会に帰属するのです。だからこそ他の部長を攻撃したりなどしません。手を貸すこともしませんが」


「あくまで利益だけが互いを結びつけているというわけか」


「いいえ、それも少し異なります。個人の利益ではなく、教会の利益になるということが、我々が唯一共通している点です」


「狂信者か?」


 ダブルはアカツキを叩いた。


「失礼。コイツには信心がない。許してくれ」


「わかりました。聞き流します。ですがアカツキさん覚えておいて下さいね。教会によって命と未来を救われた人は多い」


 圧力のある言葉に、アカツキが怯えた。


「ご、ごめんなさい」


 そんなアカツキの謝罪を聞いた後で、エルドリアは自嘲気味に笑った。


「教会によって命と未来が奪われた人も多いのですがね」


「だろうな。お得意の聖戦とやらで、民族を根絶やしにしかねない怖さがある」


「浄化戦争はもう歴史になりましたよ。本来、戦争は忌むべきものです。未だに戦争に取り憑かれた部長もいますがね。出来ることなら怒りを忘れ去った方が利口です」


「はーー? 相手によって怒るか怒らないか態度を変えるのかァ?? 神官ともあろう人がそんなことを言うなんて、どうかしてるぞ!」


「どうかしていないと部長には選ばれませんし、どうかしていないと戦争に取り憑かれたりしません。ウェルギリウスは完全に常軌を逸しています」


 アカツキは完全に沈黙し、ダブルはその暴言に思わず笑った。


「仲間に言うべき言葉ではないな」


「このように、部長という立場にいる人物は少し常人とは言い難い点があるので気を付けておいてください」


「なら、あなたはなんだ?」


「私は…どうでしょうね。自分の欠落は自分自身では気付かないものですから」


「確かに、その通りだな」


 やがて視線の先にホテルが見えてきた。


 ダブルはそこで1つ思い付いたことを話した。


「そうだ。エルドリア。現在私たちは旅をしているのだが、楽しいもの、楽しい場所になにか心当たりはないか?」


「随分と含意の広い言葉ですね」


「悪いな。如何せん観光とは無縁だった」


「ふむ。観光ですか。ならば、交響都市オラクルはいかがでしょうか」


 早速アカツキが食いついた。


「交響都市? なんそれ?」


「あぁ。聞いたことがあるな音楽が力を持つ都市だったか?」


「はい。そこには空腹を満たすことが出来る楽曲なんて物があるそうです」


「なにそれ、催眠?」


「いいえ。食べられる音楽だそうです」


「??????」


 故障した機械のように混乱した様子のアカツキを、ダブルは軽く指でつついた。


「十中八九魔法だろう。落ち着け」


「なんでもありかよ…やっべ、なんの想像もつかん。音楽が…食い物…??」


「コンサートが毎日のように行われているだとか───」


 説明をしようとしたエルドリアを、ダブルが止めた。


「エルドリア。旅の楽しみを奪うな」


「あっ、失礼しました。そうですね。道中迷わぬように教会の地図を差し上げますよ」


 ダブルは軽い調子で、お気楽気分から引き戻された。


「正気か??」


「え? なにどした?」


 地図というものは戦争に置いて非常に重要な情報であり、各国はそれを基本的に秘匿している。それゆえに、詳しい距離が書かれていなくとも、大雑把な方向とわかりやすい地形が書かれているだけで立派な地図になる。


 教会の地図はその立派な地図の数十倍の精度を持つ。


「構いません。教会の地図は所詮抑止力に過ぎませんから」


「盗まれれば戦争すら起こりかねないぞ?」


「その場合は、ウェルギリウスという人物が教会の利益に還元しますよ」


 ダブルは非常に頭を悩ませた。ただでさえアカツキという盗まれそうな物品を手にしているというのに、そのような物をさらに増やしていいものか。


「人核転写の仮面を見つけた謝礼にしてください」


「職権濫用ではないか?」


「個人的な謝礼でもありますから」


「公私混同も甚だしい」


「受け取って下さい。盗まれても問題はありませんから」


 迷った末に、ダブルはそれを受け取ることにした。


「…受け取ろう。感謝する」


「不要です。あなたが勝ち取ったものですから」


 エルドリアは憑き物が落ちたような清々しい顔をしていた。


「エルドリア。あなたにその黄金の装いは似合わないな」


「私もそれは良く感じていましたよ。変えましょうかね」


「落ち着きのある服にした方がいい」


「残念ですが黄金は変えません。しかし少し黒でも入れようかと」


 ダブルは眉をひそめた。


「なんだ? 当て付けか?」


「まぁそれも少しありますが…好きなんですよ黒が」


「趣味が悪いな」


「仕方ありませんよ。私は元々はクリエーンの希少種、黒蛇でしたので」


 ダブルは少し罪悪感を覚えた。黒の差別を受けたのだと想像したからだ。


「そうか、悪いことをしたな」


「ははは。ギーツの人は必ず同じことを言いますね。確かに差別の発端はギーツかも知れませんが、私は私を差別する人の方を嫌っているので」


「なるほど、道理で。ホテルのフロントで私に話しかけたわけか」


「結局、どれだけ自分を偽っていても、消し去ることは不可能でした」


 ホテルにたどり着くと、2人は黙りこくった。そして同じエレベーターに乗る。


 やがて重力の重みがなくなると、無言の空間に扉が開く音が響く。


「じゃあな」


 ダブルはエルドリアへ顔を向けずに、歩きながら後ろ向きに手を振った。


「ええ。さようなら。ありがとうございました」


 その声を残してエレベーターのドアが閉まった。


第二章 黎明前夜

完結となります。


また1ヶ月か、2ヶ月か分かりませんが更新を停止します。


ここまでお付き合い下さりありがとうございました。

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