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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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24

 執務室。


 クルーズが今回の騒動で起こった全ての問題を処理し終えた頃、部屋にノックの音が響いた。


「アユーラです。お二方をお連れしました」


 入室の許可を出すと、扉の向こう側から眼に眩しい黄金色の男と、真っ黒なストレートヘアの女が入室した。


「お待たせいたしました。そちらへお掛けください。ダブルさんにフレドリックさん。アユーラ、飲み物を」


 クルーズは2人が着席したことを確認してから、腰を下ろす。


 その対面でダブルとフレドリックが並んで席に座った。


「さっそくで済まないが。隣のコイツをフレドリックと呼ぶのは辞めてくれ。コイツの名前はエルドリアだ。訳あって改名することになった」


 開口一番にダブルが口を開く。


「はい。わかりました。しかし、まさかダブルさんが教会の者だとは思いませんでしたよ」


「? なにを勘違いしている? 私は確かに人核転写の仮面を探していたが、教会とは無関係だ。エルドリアとも空想拡張現実世界(ジャンクエデン)で知り合った」


「え? 教会の策略の1つでは無かったのですか? 一般客として潜り込み、レリーズを襲い。犯人捜しという大義名分を持って人核転写の仮面を探していた訳では?」


 もう1度ダブルが否定したことで、クルーズは自分が読みを外したことを知った。


 そして更なる疑問が沸く。


「ならばどうして、人核転写の仮面を探していたのですか? 貴方には関係が無さそうでしたが」


「いや、エルドリアが見つけたら謝礼を支払うと言っていてな。金になるから働いた。なに、ただの傭兵として動いていただけだ」


「え? 嘘だろダブル。見つけたというか、勝手に見つかっただけだろ? 金受けとんのかよ!?」


「失礼。変なのがやかましいが気にしないでくれ。コイツは物を食わない」


 遠回しに、金の重みを知らないと言っているのだとクルーズは納得した。


「そうですか。分かりました。貴女は想像以上に強かですね」


「いや、限定的な万能(空想の果実)の使い道に困った結果、そのような取り引きに応じただけだ」


 クルーズは心の中で頭を抱えた。


(私は馬鹿なのか? 限定的な万能(空想の果実)を金で譲り渡すということをなぜ考え付かなかった?)


 想像以上にあの時の自分が疲れていたことを、クルーズは改めて突きつけられたような気分に陥った。


「なるほど、なんというか、確かに傭兵ですね。空想楽園の黄金(ヴェルディライト)の副賞である一千万も拾う予定でしたか」


 頷いたダブルに、レリーズは強い敗北感を覚え、1人勝ちされた気分を味わった。


「全く…貴方を参加させたことは失敗でした」


「その空想楽園の黄金(ヴェルディライト)だが、再開するのか?」


「いいえ。決勝に残ったのは私の妹と貴女だけでしたので、もはや開く意味がありません。しかし安心してください。優勝者に与えられるはずだった副賞の一千万は貴方に差し上げますよ」


「…私がレリーズに勝つことはない。辞退しよう」


 クルーズは意外だと驚き、目を丸くするとダブルがその訳を話した。


「レリーズは限定的な万能(空想の果実)を使うつもりだった。そしてそれは、私がレリーズから受けた依頼に関わるものだ。つまり、私はあの場でレリーズに優勝を譲る必要があった」


「物を食わないのですか?」


 素直に受け取らないダブルに、クルーズは純粋な疑問を投げ掛けた。傭兵として損得勘定や利益をシビアに求める姿勢を貫いているのなら、受け取るべきだと思ったからだ。


「空気を食べることは出来ない」


 返答は実に簡素だったが、清々しいほどにシビアな物で、クルーズは好感を覚えた。


(レリーズが友達として気に入っていた理由も分かりますね)


 クルーズは穏やかに笑い。その在り方を肯定した。


「なるほど、確かに」


 少しの間が空くと、ダブルが少し申し訳なさそうにしながら話題を変えた。


「ところで、私は別に求めてはいないが、人核転写の仮面は持っているのか?」


「ええ。勿論。直ぐにお出ししますよ」


 クルーズは慣れた手つきで虚空に腕を伸ばす。そしてその存在しないはずの空間から、1つの木箱を取り出すとそれを机の上に置いた。


「人核転写の仮面はこの中に。ご確認を」


 クルーズが2人へ向けて手のひらで催促する。


 するとダブルが偉そうに、顎でエルドリアに指示していた。


 ただの傭兵が、教会の部長に指図する様子は酷く辻褄が合わないもので、常識的にあり得ないことだった。


 しかしエルドリアはその指示に従い。木箱へ手を伸ばした。


「失礼します」


 エルドリアが一言断ってから木箱を開く。


「本物か?」


「間違いありません」


「そうか、壊すか?」


「そうしたいのは山々ですが、しかしそれを行うと叱責ではすみませんので」


「まぁ。好きにしろ。……失望させるなよ」


「分かっています」


 クルーズには分からない会話をしていたが、きっと関係のないことだとクルーズはそれを聞き流した。


「エルドリアさんは、人核転写の仮面をこれからどうされるのですか?」


「教会へ持ち帰って封印します。しかしその前に、クルーズさん。1つ質問をさせてください。貴方は人核転写の仮面をどのような手段で手に入れましたか?」


「…貴方のご同僚である、五柱神教(ピラーズ)の信仰経理部の部長。白夜のアレスタ・オードブルさんと取り引きをして手に入れました」


 嘘偽りなく答えると、エルドリアがまるで頭痛に襲われたような苦悶の表情を浮かべた。


「なるほど…分かりました。白夜との取り引きは公的な書面はありませんよね?」


「ええ。全て非公式の売買でしたので」


「そして取り引きそのものは白夜から持ちかけられたと言うことでよろしいですか?」


 クルーズは頷き、その詳細を語った。


 エルドリアはただ静かにそれを聞いていた。それは罪を裁かれる罪人のようだった。


 話が終わると、エルドリアは椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「教会を代表して謝罪いたします。申し訳ございません」


「いいえ。その取り引きに応じたのは私であります。そして、その罪は私のものです」


 クルーズは強く言い切った。例え教会がクルーズの心の隙を突いたとしても、今回の事件を起こしたのはクルーズ自身だ。


 銃を売られたと言えども、それを手にとって引き金を引いたのはクルーズだ。ならばその罪はいったい誰が背負うべき物なのかは、考えるまでもない。


「そうですか…そうですね。わかりました。しかし人核転写の仮面を購入した金銭はお返しします」


「いいえ。それも含めて白夜との取り引きに応じましたので、それを受け取ることは出来ません。教会の聖人部隊とは敵対したくはありませんので」


 ダブルが鼻で笑う。


「タチの悪い押し売りにあったようだな」


「ですが悪いことばかりではありません。その取り引きのお陰で、ようやく私は妹との別れを受け入れることが出来ましたので」


 ダブルは更に小馬鹿にしたように笑う。


「あなたならこんな事件を起こさなくとも勝手に立ち上がれただろうよ。少なくとも、レリーズはそう思っているはずだ」


「そうかも知れませんね」


 クルーズは、そうであったら良いなと、笑って受け入れた。


 ダブルが初めて悪意のない笑顔を浮かべた。それは実にニヒルであり、満足げだった。


「さて、人核転写の仮面の話は以上です。私、ヤトメイズ家への補償は必要ありません。次に空想拡張現実世界(ジャンクエデン)で起こった殺人未遂への補償の話に移りたいのですが、よろしいでしょうか?」


 エルドリアは嫌そうな気配を滲ませていたが、強く否定もせずに了承を返した。


「まず、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)で出現した化物。便宜上ロストエデンとでも名付けますが、よろしいですね?」


「構いません」


「皮肉が好きだな」


「ロストエデンが教会の信者を害した事件は、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)を作り上げた私どもの責任です。空想拡張現実世界(ジャンクエデン)を構成する魔法が、ロストエデンを生み出したのですからご納得いただけますね?」


「ええ、理解しました」


「ありがとうございます。つきましてはその責任を果たそうかと存じます。エルドリアさんを含めた教会の信者7名の殺人未遂。その慰謝料を用意しましたので、お受け取りください」


「分かりました。しかし私の分は不要です。私は空想楽園の黄金(ヴェルディライト)に参加している間は教会の部長ではなく、ただ一般人でした。空想楽園の黄金(ヴェルディライト)に参加する際の誓約書にもサインしましたので、その死の責任は私にあります」


 クルーズがその言葉を撤回させようと頭を回し始めた瞬間に、ダブルが口を挟んだ。


「クルーズさん。あなたが人核転写の仮面の罪を背負うように、エルドリアにとって、あの死には意味があった。どうか諦めてくれ」


 予想外の言葉ではあったが、クルーズは妹との別れを経て、その言い分に理解を示すことができた。


「そうですか。分かりました。では6名の慰謝料だけを支払いましょう」


(改名の理由ですかね?)


 ぼんやりとクルーズがそう考えていると、エルドリアが疑問を口にした。


「ところで、ロストエデンは討伐されたと耳に挟みましたが、本当のことでしょうか?」


「ええ。事実です」


 クルーズはエルドリアから視線を横に動かした。


「あぁ。私が倒しきった」


「そうですか。分かりました。なら再発の恐れはないのですね?」


 否定しきれないとクルーズが口にしようとすると、それよりも先に、強い断言が放たれた。


「ない」


 クルーズは驚き、ダブルと目が合う。


 相変わらず捕食者のごとき鋭さに恐ろしくなるが、クルーズはその青い眼に、なぜか勇気づけられた。


「ええ。ありませんよ。あのような化物が生まれないよう再発防止に尽力しますので」


「それは良かった。空想拡張現実世界(ジャンクエデン)はなによりも楽しくあるべきですからね」


 クルーズは瞬間、レリーズの言葉を思い出した。


「そうですね」


 優しく笑いその言葉を肯定すると、次にクルーズはダブルへ意識を向けた。


「では、次にダブルさん。レリーズからの依頼料をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「レリーズは自分の小遣いと言っていた。明確な料金は決まっていない」


 クルーズは笑いを我慢できなかった。


「くはっ……。失礼、貴女は思ったよりも詰めが甘いのですね」


「なんの話だ?」


「いえ、レリーズは空想拡張現実世界(ジャンクエデン)で問題を起こしたり、新しい物事を自分で始めたりするので、実は妹の小遣いは減額に減額を重ねられているのですよ」


「うっわ! レリーズっぽいんだけど。おもしろ」


 黙っていた魔剣がここに来て一言漏らした。


 クルーズは、どう考えても笑えない物事だと思うのだが、しかしダブルは特に困ったような顔はしていなかった。


「どうかしましたか?」


「そうだな、1つ聞きたい。レリーズが作った物の中に飲食店はどれだけある?」


 突然のことだったが、クルーズは淀みなく答えた。


「36店舗開いています」


「はっ。全く…仕方ないな」


 何かを受け入れたような顔で、ダブルが薄く笑った。


「謝礼も含めてお渡ししますよ」


「気にすることはない。元よりここには楽しむために来たのだ。働き口が欲しかった訳ではない」


「そうですか…でしたら空想拡張現実世界(ジャンクエデン)への永住権はどうでしょうか?」


「ははっ。それは遠慮しておこう。私は1つの場所に長く滞在出来ない」


 どこか遠いものを見るように、ここではない何かを見つめたダブルには、哀愁のようななにかがあった。


「それに、エルドリアから謝礼を受けるからな。それで十分だ」


「物を食べないのですか?」


「食べ過ぎは毒になるだろう?」


「分かりました。それではレリーズの小遣いをお渡しします」


 クルーズは、レリーズの小遣いの金額を明言しなくて良かったと思った。なぜなら、その中に謝礼を混ぜても分からないはずだからだ。


「私の話は終わりだが、エルドリア。あなたはどうだ?」


「なにもありませんよ」


 クルーズは謝礼金をホテルを介して渡すことを約束し、退席する2人を見送った。


 扉が閉まり、1人の静かな執務室が身に染みる。


 もう出会うことはないのかも知れないという気持ちがうっすらとクルーズの心に翳りを見せる。そうして、なぜか寂しさを誘発されると、胸の奥からレリーズが死んだという事実が滲み出てきた。


 じんわりと広がるなんとも言えない物悲しさに、クルーズはしばらくその場から動けなくなった。


 アユーラが寂しげな執務室に戻ってくる。


「クルーズ様、どうしましたか?」


 表情筋が死んでしまったような顔だったが、クルーズはその声音から感情を見た。


 そして、果たすべき、押し付けられた約束がクルーズの口を動かした。


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