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足元から伝わるフローリングの感覚に、ダブルは違和感を覚えた。
地底と言ってもいいはずの場所には合わない。だが、そんなことよりも優先するべきことがあった。
ダブルは顔半分だけ振り返った。地面にへたり込んでいるクルーズに顔を向けないように注意しつつ、静かにレリーズへ答えの知れたことを聞いた。
「レリーズ。どうして欲しい?」
「あの樹木の化物を……殺してください」
好戦的な、獣の笑みをダブルは返した。
「あぁ。承った」
ダブルは視線と顔を目の前の化物へ向ける。
この場所は地底のくせに嫌に明るく、樹木の化物の様子がよくわかった。
「コイツ…イメチェンでもしてんのか? 化石みてーになってるぞ」
この樹木の化物がクルーズによって作り出されていることは知っている。そのため、樹木に起こった変質も、なにか心境の変化か、それに類するものだとダブルは当たりをつけた。
根拠は地面に手をついて項垂れているクルーズだ。
「弱くなったのか、それとも強くなったのか」
強くなっていたとしたら面倒だと考えつつも、この化物が懲りずに逃げ出さなければ、仮に強くなっていたとしてもダブルは勝ちきることが出来ると踏んでいた。
「なぁ。ダブル。勝ち目ある?」
「問題ない」
そう口にしてから、ダブルは軽く息を吐いた。
「いくぞ」
ダブルは地面を蹴り、樹木との距離を瞬く間に詰める。
エルドリアとの戦闘で減らしたはずの魔力はそれなりに回復したが、しかし全回復とまではいかなかった。それに伴い、身体能力もいくらか下がっている。
だが、しかし先ほど口にしたようにダブルにはなんの問題はなかった。
倒すべき敵がいて、倒せるだけの力を持っており、倒すべき理由があった。
それだけあるなら殺すことは容易だ。
樹木の射程に入ると、その黒く腐った枯れ木のような枝を振り下ろした。しかしそれは何度も何度も見て、繰り返した攻撃だ。
ダブルは体を少し横にズラす最小の動きで、その枝を避けつつ、化物に肉薄する。そして確認の意味を込めて変わっていない黒い樹皮を浅く切りつける。
「やはり硬いな」
次の枝が降ってくるまでにもう1度ダブルは剣を振るった。
白く変色した部分を、先ほどと同じ力で浅く斬る。
返ってきた手応えは、まるで紙でも斬っているようだった。
(脆い?)
そう考えると、樹木の枝が左右から合計6本迫ってきていた。
考える必要もなく、ダブルは前回と同じように樹木を蹴り上がる。
樹木の頂点を越える時、ダブルはついでに目障りな果実に剣を振るう。
硬質な感触がダブルの手に伝わった。
黄金の果実は、今までと異なり、硬くなっていた。
「チッ」
地面に降り立つ前に舌打ちを1つ挟む。
ダブルはこの樹木の化物が普通の生物とは異なることを理解しているため、なにをすれば殺せるのか模索している途中である。そして今回の結果から果実について考える必要が生まれたと顔をしかめる。
着地してそうそう、ダブルに樹木の枝が左右から4つ振るわれる。
いつかの曲芸と同じように、ダブルは枝と枝の間に頭から飛び込みそれを避ける。
そしてすぐさま白い部分に剣を強く突き立てる。
剣は深く刺さらなかった。
脆いのは表面だけで、内部は黒い樹皮と変わらないとダブルは理解した。
(硬くなっているのか)
面倒だと思いつつ、ダブルは剣を引き抜く。
すると4本の枝が上から降ってきた。相変わらず狙いは適当で大雑把。
ダブルは樹木を中心として、左へ回り込むようにそれを避ける。
そのついでに剣を振るう。
(結局はこうなるのか?)
枝を避けては剣を振るう。また枝を避けては剣を振るう。まるでゲームのようだった。迫ってくる枝の攻撃は今まで見てきた物と変わりがない。
その攻撃の繰り返しの中で、集中力が途切れなければ、ダブルはいつか樹木の化物を倒せると確信した。
同じ場所を繰り返し攻撃していると、僅かだか傷をつけることが出来たからだ。
エルドリアとの戦闘の後では、力が足りなかったのか、それとも、樹木の化物が弱っているのか不明だが。しかしアウトサイダー以外でダメージを与えられることは間違いなく吉報だった。
ダブルは余裕に顔を綻ばせる。
それは長くは続かなかった。
変化は前触れなく、唐突な物だった。左右から合計6本の枝が振るわれ、ダブルはまた樹木を上ろうとして違和感を覚えた。
振るわれる枝の速度が今までと比べて遅い。
そう思うも、しかしダブルはもう樹木の中ほどまで登りきっている。
迷っている時間が惜しい。このまま登りきるしかないと判断したダブルは今までより早く、樹木を駆け上がった。それが功を奏した。
ダブルが登りきった地点を、まるで自分を抱き締めるように左右の枝が打ち据えた。
もし、早く駆け上がらなかったら、ダブルは確実に潰されていた。
心の内側から冷えた感情が暴れだす。しかし戦場では臆すれば死ぬ。ダブルはその感情を冷静に沈めて、今するべきことに意識を向け、黄金のりんごの枝の方を切りつけた。
その細枝は容易くへし折れ、りんごがダブル共に地上へ落下する。
樹木の化物に目立った変化はない。
リンゴはただ硬くなっただけだという事実を理解し、ダブルは考えることが1つ減ったと素直に喜んだ。
(さて、新しい行動か…)
それから戦いが、ただの消耗戦から、殺しあいに切り替わった。
振るわれる枝に少しずつ変化がつく。その変化は指数関数的に大きくなっていった。
4本の枝の後から、その枝の隙間を埋めるように、後追いの枝が振るわれたりなど、致命的な技が徐々に増えていく。
(学習しているのか?)
今はまではただの木偶の坊と変わらなかった。ただ機械的とも言える単調な攻撃を繰り返すだけのトレーニングマシーン。しかし今は正しく化物へと進化している。
明確に足を狙ってきた枝をダブルは側転の要領で回避する。すると先ほどまでいた場所へ上から叩き付けるような枝が振り下ろされた。
面での攻撃にはバリエーションが増え、その6本の枝によって繰り出される回避を前提とさせる攻撃は悪辣極まる。
避けながら攻撃する余裕はなく、攻撃から繋がる攻撃を予測していかねばならない。
ダブルは焦りを感じ始めた。
消耗戦で勝利できると踏んでいたが、しかしここにきて急に時間が敵に回った。
このままいけば遠くない未来で、ダブルは攻撃する余裕すら失い。やがて負ける。
実際今、ダブルが攻撃出来る回数は減っている。
(やるか)
ダブルはこの状況から抜け出すために、樹木の化物の攻撃の隙を狙う。
攻撃から攻撃へ、6本の枝の攻撃は絶え間ないが、しかしどこかで必ず攻撃の面が減るか、回数が減るタイミングが訪れる。
それをひたすらに待つ。
ダブルがそうして回避に集中し出すと、枝の攻撃はより苛烈になっていった。17回の波状攻撃がダブルを襲い続ける。
(ここだ!)
その暴風の中で、ダブルは樹木を蹴り上がる。空中に飛び出すなど自殺行為だ。だが、それを咎める枝はない。
ダブルは魔力をアカツキへほとんど全て流し込む。ここで決めねば遠からず負ける。ならば出し惜しみや余力は悪だ。
アカツキへ魔力を込めながらダブルは考える。そして落下していく中で気づいた。
────このままでは足りない。
このままアウトサイダーを放ったとしても、樹木を殺しきることは出来ない。
大きな傷をつけることは出来るだろうが、倒しきれるとは思えない。
時間が迫る────
落下する速度が上がる─────
樹木との距離が縮まる──────
ダブルは自らの体感時間を止めてしまう勢いで頭を回した。
時間にして1秒もないが、しかしその長考の果てに答えを閃いた。
ダブルは剣の構えを変えた。
落下の勢いを乗せた大上段の一撃から、刺突の構えへ。
そしてその変化の中で、アカツキへ込めた魔力を更に圧縮した。
剣の先、数センチに魔力の全てを集約させる。
アカツキ固有の赤い魔力が、その極限の圧縮によって赤い極光へと変わる。
(あぁ。そうだった。名前が居るんだった)
限界まで腕を引き絞り、後は放つだけとなった一撃を前にダブルは笑っていた。
失敗すれば確実に負けるというのに、ダブルは自然と笑っていた。
「終わりだ」
短くそう口にした後でダブルは息を吸い込み、身体に力を込め直す。
剣の射程に化物を捉えたとき、ダブルはその一撃を解き放った。
「アウトレイジ!!」
樹木の化物へアカツキが突き刺さり、そこに込められた魔力が爆発した。
赤い極光が、化物の内側から樹皮を貫き、外へ無秩序に放出される。そしてバリバリと化物が大きくひび割れていく。
その崩壊の中で、化物はそれでも枝を伸ばす。
しかしその枝は途中で停止し、そのまま崩壊に呑まれていった。




