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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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21

 完全なる闇とは言えない。しかし明るいとも言い難い。そんな穴の底に到達したダブルは、直ぐに辺りを見回した。


「思ったより明るいか?」


「それが不気味だ」


「道あるのかよ。こっわー」


 穴の底にある洞窟のような横穴。高さは約4メートルほどで、現状進むことが出来る場所。そこから怪物の呼吸音のような冷気が聞こえてくる。


「どうやらこの先になにかあるようだな」


「いや、こわ!」


 ダブルはビクビク怯えるアカツキを無視して歩を進める。


 洞窟の中に特筆すべき点はなく、あくまで普通の洞窟だった。ただ1つ、奥へ進むにつれて不自然に明るくなっていく点を除いて。


「なんだ? 電気でもあんのか?」


「どうみてもそのような明かりではない」


「間接照明!」


「…この先に強い光源があるという明るさではない」


「じゃなんだよこれ?」


「知らん」


 洞窟自体が不自然に光を放っているとしか思えないような不思議な光に警戒しつつも、ダブルは歩くことを止めなかった。


 進まねばなにもないと知っているからこそ、警戒はするが恐れはしない。


 そうして一定の速度を進んでいたが、それにも限界が訪れた。


「なんだよこれ!? 洞窟の中だよな?? 眩しすぎる。暗くて見えないとかじゃなくて、明るすぎて見えないってなんだよ!?」


 ダブルは手をバイザーのようにしてみるが、しかし洞窟そのものが光輝いているこの状況では焼け石に水。なにせ壁はおろか地面すら目に映せない。


「チッ。これ以上先へ行くにはなにか対策が必要か」


 眩しさに舌打ちをして、ダブルは踵を返した。


 1度上に戻って、上にいるアユーラからサングラスか、それに類するものを用意して貰おうと考え始めた瞬間。


 背後から声が聞こえた。


 ダブルは腰のアカツキを抜き放ち、直ぐに体を反転させた。


「アカツキ。目の前になにかあったら叫べ!」


 アカツキを正面に向けたまま、ダブルは光の中へ駆け出す。


「ちょっ! 俺もなんも見えねーって!」


 その言葉が終わるタイミングで、ダブルの体から重みが消えた。


 なにごとか分からず、ダブルは状況の把握がしたかったが、しかし完全に目を開けることは出来ない。苦肉の策としてダブルは片目だけ開いた。


 そしてダブルは自身が落下していることと、その着地点の近くにレリーズとクルーズの2人ががいることを視認した。


 それに加えて、樹木の化物の存在も同時に目に入った。




 ◇




 光を遮るように、クルーズとレリーズの道を遮る化物。


 白く変色した部位を持つものの、しかしそれは見間違えようがなく、自分たちをこの場所に連れ込んだ元凶だとクルーズは理解した。


「あれは…そうですか……わかっていました。なんとなく、剣を振るう前から、私の目の前に現れた瞬間から」


 意味を伝えるには不充分な独り言だったが、それをレリーズは拾った。


「あー。やっぱり分かるのね」


「貴女はいつからこれを知っていたのですか?」


「んー。そうね。1ヶ月前ぐらいからかな」


「そんなに…」


 クルーズは唖然として言葉がでなかった。自分はこんな化物を無意識に産み出していたのだと理解したからだ。それも一ヶ月前から。


「兄さん。一応聞いてみるんだけれどね。アレを消せたりする?」


「…無理です。あれを消せません」


 目の前に聳えるその樹木が、なぜここに現れたのか。そしてその化物が、誰の何から生まれたのか、それを考えれば答えは決まっていた。


 クルーズは恐れているのだ。レリーズの死を。


 だからこそ、その樹木を消すことは出来ない。


「そっか…。なら、倒してみるしかないよね」


 怒ることもせずに、レリーズは淡々とそう口にした。


「ねぇ兄さん。ドリームマジカルアローを覚えてる?」


「…貴女に付き合わされたままごとのアレですか?」


「そうそう。屋敷に穴を空けて本気で怒られたアレ」


「…私はあの時に、庇ってはいけないこともあるのだと、初めて学びましたよ」


 レリーズは当時と同じように反省の色もなく楽しげに笑った。


「それじゃ、兄さんが弓をやってね。私が矢をやるから」


「もう2度とやることはないと思っていましたが…まさか大人になってからもう1度コレをやることになるとは…」


 クルーズは魔法の空想具現化能力を使い、空中に魔力で出来た大きな弓を作った。


 そこにレリーズが同じく魔法を使って作った魔力の矢を装填する。ご丁寧にピンク色の着色までしていた。


「色をつける必要はありますか?」


「兄さんだってピンク色にしてるじゃない?」


「貴女に違うとダメ出しを受けたことがあったので」


「今なら白もありかな。白とピンク色の相性はいいからね」


「ピンク色は確定なのですね…」


「ドリームですから!」


 胸を張って自信満々に言いきったレリーズに、クルーズはピンク色のドリームは少々問題ではないのだろうかと思わなくもなかったが、それよりも優先するべきことがあった。


「名前を変えませんか?」


「嫌です」


「ならば───」


 代案を示そうとした瞬間に、レリーズの拒絶がそれを消した。


「嫌です」


「…わかりました」


 断固として拒否。絶対に意見を翻さない。何度も見た我の強い笑顔にクルーズは項垂れるように諦めるしかなかった。


「それじゃ、始めよう」


 まずクルーズは自分で作り出した弓をしっかりと空間に固定した。次にレリーズが作り出した矢の照準を樹木の化物へ合わせる。


「いつでもどうぞ」


「ん。じゃ引っ張る」


 レリーズが自分の作った矢を、クルーズの作った弓の弦に引っ掛けて大きく引き絞った。


 ぐぐぐ、とクルーズの弓が大きくしなる。


「やはり名前を変えませんか?」


「ダメ。それじゃ行くよ」


 有無を言わさぬままに、レリーズが息を吸い込んだ。それから目線をクルーズに向ける。


 嫌々ながら、クルーズはレリーズと呼吸を合わせた。


「「ドリームマジカルアロー!!」」


 生えてきた場所から全く動かない樹木の化物へ、ピンク色の魔力が衝突する。


 子供の頃でさえ屋敷に大穴を開けた魔法は、大人になってより強くなったはずだ。しかし、その矢は樹木の化物にはなんのダメージも与えられておらず、そこに凛然と立ったままだった。


「…はぁ。もう2度とやらないと決めていたのですがね」


「なら、口に出さなければよかったでしょう?」


「貴女がそれを許すわけがないでしょう?」


 クルーズが意図的に言葉を真似て繰り返すと、レリーズは明らかに嫌そうな顔をした。


「まぁいいです。それで…兄さん。兄さんは分かっていたのですよね?」


 主語のない質問だったが、クルーズはそれに正しい回答をした。


「えぇ。あれは私から生まれたものです。私の魔力では倒すことは出来ない」


 魔法を放つ前から分かっていた事実をただ羅列する。


 本当に、なんの意味もないことをしていたとクルーズは樹木の化物に目を向ける。


「…戻りませんか?」


「どうして?」


「どうしようもないからです。これはここまでで、行き止まりです」


「その向こうに帰り道があるのに?」


「戻った先にも道はあります」


「その道も、悪くないのかも知れないね」


 クルーズはレリーズの言葉に深く溺れるような錯覚を覚えた。


「それでは……戻りましょうか」


 今度はクルーズがレリーズの手を引いた。しかし、レリーズはその場から動くことも、樹木の化物へ視線を背けることもしなかった。


「兄さん。私は良いかも知れないと言っただけで、戻るとは一言も言っていないよ」


「ではどうしますか? 私たちにはもうなんの手立てもありません。分かっていたのですよね、レリーズ。私があの化物を倒せることはないと」


「そうね。だから矢を私が作ってみたの」


 クルーズは想定外の言葉を受け、それについて思考することに舵を切る。


 樹木の化物は、無意識とはいえクルーズが使った空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の魔法だ。つまり空想拡張現実世界(ジャンクエデン)そのもの化しているレリーズには無力だ。


 それなのに化物は回避もせず、素直に攻撃を受けた。しかし傷付いた様子はない。


 クルーズが答えに辿り着くより少し先に、レリーズが言葉を紡いだ。


「あの樹木には、どうやら私も混じっているみたい」


 レリーズの言葉からクルーズは確信を得た。


 クルーズが化物を殺せないのは、単純に自分自身だからではなく、自分自身の心が作用しているためだ。そこで道を塞いでいて欲しいという心が、化物の魔法をより強固にし、その存在の優先順位を繰り上げている。


 では、レリーズはどうだろうか。


 レリーズはクルーズの手を引いてここまでやってきた。化物の先へ向かう意思を見せていた。それなのに攻撃が効かない。


 静かに、しかし強く耳に残り、心の奥底まで入り込むような声でレリーズは明確にその内側を吐露した。


「実はね…私も、死ぬことは怖いの」


 クルーズは言葉がでなかった。口にしたい言葉はあった。しかしそれを言う資格が果たして自分にあるのだろうかと、躊躇ってしまった。


 クルーズは自分勝手にレリーズを生き返らせて、しかし誰かを犠牲にすることも出来ず、中途半端にその事実だけを必死に隠した。そして暴かれたレリーズの心情に、クルーズは今更ながら自分の愚かさを認識する。


 2度もレリーズを殺すかも知れない。いや、レリーズを2度も殺す道を歩んできてしまった。レリーズ本人に手を引かれたとはいえ、強く否定もせずに、ただ戻らないかと問い続けるだけ。


 その出来事を無かったことにして、道を戻ることが出来るだろうか。そんなことをしても許されるのだろうか。


(いいえ。許されるはずが……ありません)


 クルーズは、自分にどちらかを選択する権利がないことを知った。


 膝から崩れ落ち、両腕を地面に叩き付ける。


「なら、どうすれば…」


 涙声で言葉が揺れる。


「どこへも行けないのなら、私は……私たちは、いったいどこに向かえばいい…っ!」


 生まれて始めて、実に情けなく、地を這って弱音を吐露する。意地も誇りもなく、いままで積み上げてきた全てをかなぐり捨てるように。


「向かう場所は初めから分かっている。ただ、それを選ぶことは苦しくて、とても難しいだけなの」


 全てを知って、進めば自分が死ぬことを分かっていて、それでも言葉に恐れも揺らぎもないレリーズを、クルーズは呆然と見上げた。


 自分が死ぬことが正しい在り方だと信じているその目に、クルーズは強く混乱した。


「なぜ、死を……怖いのですね、それが、正しいなんて、ことは…」


 支離滅裂で自分でも何を言っているのか分からなくなっているクルーズに、レリーズは優しく微笑んだ。


「見て、兄さん。ここは余りにも暗くて、寂しくて、冷たい。兄さんはここには居るべきではないの」


 そこまで言ってから、レリーズはもう1度、樹木の化物へ顔を向ける。


 強い意思をこめた言葉をクルーズは耳にした。


「だから私はここであの樹木を倒さないといけない。昔、兄さんがそうしてくれたように」


 レリーズなにを言ってるのか分からず、そしてなにも思い出せないクルーズはただその決意に圧されるだけだった。


「兄さん。よく聞いて、そして思い出して、私たちは1人ではないの」


 1歩、レリーズは化物へ向けて足を踏み出すと、大きく息を吸った。


「ダブルさーーーーーん!! 助けて下さぁぁぁぁい!」


 天井に穴があいた。


 樹木に阻まれたはずの出口と同じような光が、柱のようにその穴から垂直に差しこむ。


 その光の中を、黒がゆっくりと墜ちてくる。


 それは不吉や凶兆の知らせ。


 忌むべき黒は、禍々しく2つの尾を引いて墜ちてくる。


「ダブル…テイル……」


 クルーズはその降臨する黒の名前を、恐れるように呟いた。


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