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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
47/54

18

 長い夢を見ている。


 それは悪夢であるが、しかしクルーズはその悪夢から醒めることを恐れていた。悪夢にうなされて、目覚めた先は耐え難い悪夢の延長線にあるものだからだ。


 だからクルーズは長い夢を見ている。


 眠ることを恐れるようになっても、クルーズはその夢を厭悪しながら、決して捨てることが出来ずにいた。


「兄………ん……。兄さ………。兄さん」


 身体の揺れと自分を呼ぶ声に、夢か現かの判断が曖昧になる。


 しかしそれらは元々曖昧なものだと頭で理解したとき、クルーズの脳は覚醒を迎えた。


「よかった。兄さん。身体の調子はどうですか?」


 目を開くとそこには安心したような顔を浮かべるレリーズがいた。


「…ん、あぁ。レリーズ。ええ、多分平気です」


 横になっていた身体を起こしながら、クルーズは身体を動かす。痛みが走るようなことはない。ただ、とてつもない疲労感が残っているだけだ。


 その事実に、また心が疲れを訴える。しかしその倦怠感になぜか安心してしまうのだ。


 なんとも言えない心持ちに自嘲すると、直ぐにその笑みを引っ込めてクルーズはいつものように冷静を装った。


「それで、ここはどこですか?」


 真っ暗とは言えない。しかし薄暗く、しとしとと雨漏りの音が何処からか聞こえてくる。クルーズは一瞬洞窟を思い浮かべたが、それにしてはこの場所は人間の痕跡を残しすぎていた。


 暗くて良く分からなかったが、クルーズが寝ていた床はワックスを掛けたようにツルツルなフローリングだった。そして壁は剥き出しの岩石とは明確に異なる姿を取っていて、それは朽ちた家の壁のようだった。


 ドアはなく、壁はボロボロ。そして石などで出来た古い材質の家ばかりが目立つ。その家の壁たちには境目や隙間がなく、どこまでも家と家が繋がっている。


 遺跡と言えば良いのかとクルーズは考えを改めるが、しかし足元のフローリングは明確に現代に作られたものである。


「なんとも無茶苦茶な場所ですね。センスがない」


「天井にはシャンデリアまでありますよ」


 クルーズはレリーズの言葉に笑いながら上を見上げた。


 あまりにも高い天井は、よく目を凝らさなくてその天板を見ることすら叶わない。それでもクルーズは首に疲れを感じるまで顔を上げ続けた。


「あぁ。ありました。木造のシャンデリアとは…いったい何を考えてそんなものを作ったのでしょうね」


 クルーズの問いに、レリーズは首をかしげるだけだった。


「…それでは行きましょうか」


 これ以上この場所について考える意味はないと判断し、クルーズは立ち上がって歩きだそうとした。


 すると、そんなクルーズの手をレリーズが掴んだ。


「そっちより、ここにしましょう」


 一直線の洞窟。向きを変えるとしたなら必然的に逆の道を進むことになる。


「なぜでしょう? あちらから風が吹いていますよ?」


 クルーズは自分が進もうとした道から風が吹いていることを告げるが、レリーズはそれを拒否した。


「こっちの方が明るいから、多分こっち。そっちは暗くて嫌」


「怖いもの知らずは何処へ?」


「兄さんは臆病者でしょう? 明るい方がいい」


 レリーズの声に変化はないが、しかしクルーズは家族として、最後の言葉には意思を絶対に翻さないという力がこもっていることを強く感じた。


「分かりました。そちらが行き止まりなら、戻りましょう」


 手を引かれて、クルーズはレリーズの指し示す方向へ歩きだした。


 確かに、レリーズが選んだ道は明るさを感じる。しかしなぜか暖かさを感じない。冷たい明かり。それは拒絶感にも似た空虚なもの。


 本当にこの道が正しいのか、クルーズには分からなかった。


 歩くこと数分。兄妹の間には会話はなかった。しかし繋いだ手から伝わる暖かさが2人の不仲を否定していた。


 徐々に明るくなっていく道を進んでいくと、やがて行き止まりを告げる絶壁が目の前に現れた。それは遠目からでも分かるほど明確に、クルーズたちを拒絶していた。


「行き止まりですね」


 足を止めようとするクルーズを、レリーズが笑顔で否定して、手を引く。


「もっとちゃんと近付いてから決めよう」


「分かりました。全く…昔から満足するまで止まらないレリーズには困ったものです」


 なぜか自信満々と言った顔をレリーズがクルーズに見せた。


「…褒めていませんよ」


「知ってる」


 レリーズはまた前を向いて歩きだした。手は繋いだままなのでクルーズはレリーズの隣に並んで同じように足を進めた。


「やはり壁ですね」


 たどり着いた壁は、ここまでの道中で見てきた繋ぎ目のない家の壁と同じものだった。石造りの古い建物。空を突き刺すようなビル群を見てきたからか、クルーズは少しばかりの恐ろしさを感じた。


「戻りましょう」


「いいえ。見て、あそこに扉がある」


 レリーズが指を指す方向を見ると、確かにそこには扉があった。


 家の外壁を模しているのなら、確かに扉はあってしかるべきものだ。しかしここに来るまでに扉は1つたりともなかった。クルーズはそこに近付くことを少し躊躇した。しかし繋がれた手がそこへ進んでいく。


 レリーズがドアノブに手を掛ける。戸締まりはしっかりしていた。しかし1回で諦めるレリーズではなかった。クルーズが言葉を発する前に、ガチャガチャとノブを回しながら、扉を押したり引いたりし始めた。


 数十秒格闘していたが扉には変化がない。最終的にレリーズは、疲れたように短く息を吐き出してからドアノブから手を離した。


「どうしますか?」


「こういう時の答えは1つ」


 レリーズは足を上げて靴の裏をドアに押し当てた。


「まさか…!」


「おりゃっ!」


 一瞬ドアから足を後ろに引いて、レリーズは扉を踏みつけるように蹴り飛ばした。


 バキッ。と建築物が絶対に立てては鳴らない音がなった。


 クルーズは繋げていない手で頭を抱えた。


「なんてことを…」


 扉はその接合部分に亀裂を走らせている。


 そんな凶行を行ったレリーズは、懲りていないどころか、満足げに笑っていた。


「もう1回蹴れば開きそう」


「それは開けているのではなく───」


 バキッ。


「よし、開いた」


 クルーズはもう何を言うべきか分からなくなった。


 ただ、なんとか兄として、人としての注意を捻り出した。


「レリーズ。人の家の扉を蹴ってはいけませんよ」


「ここに人が住んでいると思う?」


「…歴史的な価値があるかもしれません」


「お宝探しだね」


「今、そのお宝を蹴り壊したのですよ?」


「私の道を邪魔したのが悪いかな」


 クルーズは何を言っても話を聞かないと感じて、それ以上は諦めた。


「せめて暴力的な手段は最後にしてくださいね」


「考えておくね~」


 レリーズは笑いながら逆の方向から開かれた扉をもう1度蹴り、内側へ倒した。


「さぁ。行こう」


 釈然としない思いを抱いたまま、クルーズはレリーズに手を引かれて扉を踏みつけながら先へ進んだ。


「なんというか…扉をくぐる前を外と形容するなら、ここは室内と言えますね」


 道幅は大して変わらない。しかしその壁は家の外壁と内壁のごとき違いを見せていた。


 床はフローリングのままであるため、クルーズはより強くそれを感じた。


「でも天井を見て、洞窟みたい」


 クルーズは促されるままにまた顔を上げた。するとそこには、レリーズの言う通りに岩肌が露出しており、所々鋭利な槍のようになっていた。


「ここまで整えられた洞窟は、洞窟と呼んでも良いものなのでしょうか?」


「知らなーい。でも明かりは少しだけ強くなった」


 そう言われてクルーズは辺りを見回すが、しかしレリーズのいうように明るくなったようには感じられなかった。


「あまり違いを感じませんが?」


空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の明かりに慣れすぎたの?」


「私たちにあまり違いはありませんよ」


「適当を言い過ぎね。そんな鈍い兄さんの為にも、もっと先へ進みましょうか」


 またクルーズはレリーズの隣に並んで歩きだした。


 代わり映えのしない場所を歩いていると不安が募る。正しい道を進んでいるのか、そもそも自分達が進んでいるのかすら分からなくなる。森で迷う人はこんな風なのだろうかと、クルーズが思い始めた時。レリーズが先を指差した。


「見て、椅子がある」


 木製の安楽椅子。揺りかごのように揺れるそれは、クルーズの苦手なものだった。しかしそんなことはお構い無しにレリーズが手を引くため、クルーズもその椅子に近づく。


「兄さんはこれ嫌いだったよね」


「覚えていたのですね」


「ゲロを吐いたのが衝撃的だったからね」


「…調子にのって、勢いよく揺らして椅子を壊したのは誰でしょうか?」


「頭をぶつけたの凄く痛かったな~」


 苦い思い出も、いつかは笑って話せるものなのだと、クルーズは体験を経て強くそう感じた。


「ね。座らない?」


「レリーズだけ座ってください」


「兄さんの膝の上に座りたいから早く座って」


「い、嫌です」


 クルーズはゲロを吐いた幼い記憶を思い出して、本気で渋面を作った。


「そ、そんなに?」


「レリーズには分からないと思いますが、この揺れは世界を歪めます」


「仕方ないなぁ。そんなに嫌なら止めておくよ。さ、先に行こう」


 レリーズの嫌にあっさりした態度に、クルーズは首をかしげた。自分の妹はこんなにも物分かりのいい性格だっただろうか。


「…座らないのですか?」


「子供じゃないからね」


 いたずら好きな子供のような笑顔を浮かべるレリーズは、子供の頃からあまり成長していないように感じた。


「なに笑っているの?」


「いいえ。なんでもありません。進みましょうか」


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