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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
46/54

17

 白フードのレリーズがこの場に居ると話が脱線するとして、別室で待機となった。そしてダブルは出入口付近の壁に背を預けて、クルーズがやってくるのを待っていた。


 クルーズがやってくると連絡が来たときは、まだ話すことが残っていたため、部屋の中の空気は比較的明るいものであった。


 しかし、その話したことの着地点があまり良いものではなかったためか、室内の空気はしんみりとした静けさに支配された。


「なに。ただの予想だ。クルーズに否定して貰うといい」


 ダブルはそう口にしつつも、あながちその予想はほとんど正解に近いものだと感じていた。それはどうやらレリーズも同じようで、返事は暗いものだった。


「そう……ですね」


 上手く行かないものだと、ダブルは心の中で自分に向けて舌打ちをした。


「なぁ。レリーズ。お前は自分と兄貴のどっちが大切だ?」


「…兄です」


「良かった~。もしここで自分って言われてたらなに言うべきか分からなかったよ俺」


 場にそぐわないケラケラとした声が部屋に響く。


「あのよ。兄が大切ならそんな顔してるのはちょっとナンセンスじゃねーの?」


「すみません…」


「おい。アカツキ」


 意気消沈というか、疲れ果てた顔でレリーズが笑うものだから、ダブルはアカツキに批判的な声を向けた。すると珍しくアカツキが反発した。


「うるさい。誰かを助けたいと思うなら、自分の身を切るぐらいの覚悟をしろ。中途半端な同情で誰が救える? 言葉だけの願いで誰が満たされる? そこに居るだけで誰かを救えるなんてことはねぇんだよ! もしそれで救われるなら、所詮その程度の苦しみなんだよ! クソが」


 それは興奮した声であった。そして血肉がある力強い声だった。


 それからアカツキは、強めた語気を柔らかな物へと変えて話を続けた。


「もう一度言うぞレリーズ。兄が大切か?」


「はい」


「ならグダグダ考えるな。自分がするべきこと、やりたいこと、それだけを考えろ。お前が兄貴を迎える顔はそれか?」


 アカツキがそう訊ねると、レリーズは手のひらで顔を覆った。そしてしばらくそのまま動かなかった。しかしやがて息を深く吸うような音をたててから、手を顔から退けてから勢い良く声を出した。


「よし! 面倒なことは後で考えることにします!」


 その顔は晴れ晴れとしたものに変わっていた。


「ナイス! 素晴ら! そうだよハリボテでも良いから見栄でも張っとけ。疲れたら後でそのハリボテをぶん投げろ。だーれも叱ったりしねーよ。もしそんな奴がいたら後でぶん殴るわ、ダブルが」


「私か」


「そうだ、お前だ。俺は手がねぇ!」


 相変わらず適当なことを言う奴だとダブルは虚空に向けて微笑みを浮かべた。


「どうやらそういうことになったらしい。レリーズ安心しろ。受けた依頼は果たそう」


「ありがとうございます。ダブルさん。アカツキもありがとうね」


 ダブルはレリーズから向けられた感謝に笑みを浮かべながら顔を背け、アカツキは堂々とした態度でその感謝を受け取った。


「どーいたしまして」


 話が一段落つき、部屋の空気が比較的暖かな物へと変わるそのタイミングで、控えめなノックの音が部屋に響いた。


「アユーラです。クルーズ様をお連れしました」


 ダブルは一瞬だけ、レリーズが纏う空気が張り積めた物に変わったように感じたが、しかし直ぐにそれは穏やかな物に落ち着いた。


「はい。どうぞ」


 入室の許可を得てからクルーズが部屋に足を踏み入れ、その後から秘書のアユーラが続いた。その姿はまるで逃げ道を塞ぐようで、仕えるべき主人に対して敵対しているかのようだった。


(これは…私の出番は無さそうだ)


 クルーズが逃げ出した際に、殴ってでも止めるのがダブルの役割だが、その仕事はアユーラという人物が塞いでいるため必要はない。


 そしてダブルからは、クルーズという人物は秘書を押し倒してでも逃げ出すような、余裕のない、貴族失格の行いをするような人物には見えなかった。


 故に、ダブルはただ自分の存在感を極限まで隠しきるように、自分の気配を薄めることに注力した。


 その一瞬、クルーズの視線がダブルを捉えたが、何かを言うことはなかった。


「兄さん。久しぶり」


「ええ。そうですね。1ヶ月振りでしょうか」


「2ヶ月半よ。ちゃんと寝ているの?」


「寝ているつもりですよ」


 他愛のない会話が始まった。それは誰もが話すような普遍的なことから、家族として心配するような話まで、多岐にわたるものだった。


 レリーズは余りにもポンポンと話題を変えていくが、その会話にクルーズはしっかりとついてきており、2人の仲の良さを窺い知れる。


 レリーズの話したいことや聞きたいこと、それらにまとまりはなく、奔放と言うべき無秩序の元に自由気ままなものだ。


 ダブルたちが話してきたレリーズは、確かに奔放であったが、しかしここまで無秩序に節操なしではなく、会話のペースを考えないものではなかった。


 それだけ話し合いたかったのだろうと、ダブルは深く踏み込まないように自分の感情を排した、ただの事実確認のような考察をした。


 そうしてダブルが彼らの話を記憶しないように、達観した心持ちで聞き流していると、会話に少しだけ間が空き、空気感がガラリと変わった。


 本題に入ると分かる確信。


 ダブルはクルーズに流し目を向けた。必要ないと判断しつつも、念のためにクルーズの行動を監視する。


 するとその顔色に変化が起こった。今までの表情が本当の笑顔であったとするなら、それは笑顔を張り付けたような作り笑い。ダブルが初めてクルーズと顔を会わせた時の顔に変わった。それは物事を隠している顔。しかしどこか不完全だとダブルは感じた。


「兄さん。私に何か言うべきこと…ううん。言いたいことがあるんじゃないの」


 用意周到に準備し、殴ってでも話し合うと明言していたはずのレリーズは、ここにきて優しげな態度を取った。


 それは母親が、子供の隠している嫌な思い出を聞き出すような、辛かった思い出を受け取るような、気持ちの受け皿になるような暖かさがあった。


 クルーズは大きく息を吸うと、それを力なく吐き出した。作られた笑顔は疲労感に歪んだ。それから答えを探すように虚空へ視線を向けると、それをさ迷わせ、ゆっくりとレリーズに戻ると、直ぐ様顔を背けた。


 そして────流し目で見ていたダブルと視線がぶつかった。


 言葉よりも、態度よりも雄弁にその目は語っていた。


 邪魔だと。


 ダブルはクルーズから視線を外して頭をかいた。この家族間の話し合いで、ダブルは唯一の部外者だ。つまり他人だ。


 秘密を話したくとも、他人がいる場所で言いたくはないだろう。


 ダブルが部屋から出ていくことを考え始めると、突如、部屋が揺れた。


「え!? 地震!? マジか!?」


 壁にもたれ掛かっていたダブルは、突然のことでバランスを崩しかけ、転ばないように体勢を整えようとした。


「わっ! ワァァァァァァ!!」


 レリーズが天井から生えてきた黒い樹木の枝に絡め取られていた。


 即座にダブルは攻撃に転じようとしたが、それよりもクルーズの行動の方が早かった。


「レリーズ!!」


 クルーズが化物へ向けて飛び出し、どこに隠し持っていたのか不明な、白いロングソードを樹木の化物に叩きつけた。


 行動だけをみれば最高。しかし結果は最悪な物だった。


 ダブルが一直線に攻撃出来る進路を塞いでいるだけではなく、クルーズの剣は樹木へダメージを与えられず、そのままクルーズごと樹木に絡め取られた。


 立つこともやっとな揺れのなかで、なんとかダブルは攻撃に2人を巻き込まない位置に移動をした。正しくは歩くことは困難と判断して跳躍した。


 地面に着地後、転ばないようにバランスを取りつつ、攻撃に移るための姿勢にとる。後は攻撃するだけという状況で、またしても想定外の出来事がダブルを襲った。


 白フードを被った存在が剣を向けて立ち塞がる。


「レリーズ!! もう一人のあなたを退けろ!」


「わ、私じゃない!!」


 樹木に呑まれながら、レリーズが混乱したまま吠えた。


(暴走している? この樹木のように? いや考えるのは後だ、今はこれを)


 目の前のことを考えるべきと思ったが、しかしダブルはアカツキを抜剣することが出来なかった。


 レリーズを助けるためにレリーズを斬る。


 その事実が、ダブルの動きを完全に止めた。なぜなら異能力は白フードのレリーズも同じ人物として扱っている。つまり殺意は以前としてそこにある。


 レリーズを斬った後で、高ぶるであろう感情と異能力を押さえることが可能なのか。不安と焦燥がまざりあい、そこに殺意も便乗するものだから始末に終えない。


 そうこうしている内に、樹木の化物が天井から地面に墜落する。そして凄まじい勢いで地面へ沈んで行く。2人を捕えたまま。


「チッ」


 白フードのレリーズに攻撃せずにスルーするしかない。そう判断したダブルは立ち塞がる白フードのレリーズに向けて突進した。


 もし剣を振るってくるのならそれを避けて樹木の化物へ肉薄する。そう計画を立てたが、しかし白フードのレリーズは剣を振るうわけではなく、剣を構えたままダブルの進む経路に身体を割り込ませてくる。


 直線では絶対に通れない。樹木の化物が地面の下へ消える前に、レリーズを助けたいなら別の選択肢を取るしかない。


 左右に動くことは無意味。その道を白フードのレリーズが黙って通してくれるとは思えない。真っ正面から倒して進むことは不可能。後ろに引く意味はない。


 ダブルは初めて樹木の化物と戦闘したときを思い出した。


 しかしあの時とは異なり、ダブルには樹木の化物を倒す理由がある。


 ダブルはただ渾身の力で跳躍した。


 それだけならば、空中で阻害されるだろう。体当たりやそれこそ剣を振るうなどだ。そしてそれは空中にいるダブルに回避することは出来ない。選択肢はいくらでもある。


 ダブルの目的がレリーズを飛び越えることであったのならば。


 空中に身を投げつつも、その途中で身体を回転させ、そして足裏にある確かに固い感触をダブルは蹴り飛ばした。


 室内。化物が天井を使って現れるなら、ダブルが天井を使っても許されるだろう。


 スーパーボールが壁で跳ね返るように、天井から一直線にダブルは化物に肉薄する。


 間合いに入る一歩手前、ダブルがアカツキを抜剣し、魔力を込めようとしたその刹那。


 樹木の化物がその枝をダブルへ伸ばした。


 空中で一直線に向かっているダブルはそれを避けることは出来ない。アカツキを盾にしてそれを受けると、そのまま反動で後ろへ飛ばされる。


 そしてダブルが室内の壁に激突する。


「ぐはっ」


 化物はそのタイミングでそのまま地面に消えていった。白フードのレリーズもその枝に絡めとりながら。


「はぁ…クソが。やってくれたな…」


 唸るように、ダブルは感じた怒りと痛みを乱暴な言葉に乗せる。


 部屋には吹き飛んだ椅子や樹木の化物に踏み潰されて砕けたテーブルの破片などが散らばっており、戦闘の痕跡がそこにはあったが、化物が現れた天井のヒビも、床に空いたはずの穴も全て綺麗さっぱり消えてなくなっていた。


「チッ!!」


 唸っただけでは腹の虫が収まらず、ダブルは付近に転がっていたテーブルの残骸を蹴り飛ばした。


 その破片はただでさえ原型は残っていないというのに、ダブルに蹴られ、壁に激突すると更に粉々になった。


「おおおいおい落ち着け。落ち着け。取り敢えず落ち着け。物に当たるな」


「分かっている。もう、問題はない」


 ダブルは息を吐き出すと、打ち付けた背中の調子を確認するため軽く身体をほぐした。


「ふん。奴を追いかけるか」


「え? あれの場所分かるのか!?」


「知らんが当てはあるだろう」


 ごちゃごちゃと下らない質問をしてくるアカツキへ、ダブルは乱暴に言い放つ。


 そして部屋の隅で壁に手を当てながら、座り込んでいる女へ声をかける。


「おい。確か、秘書だったな? 貴様の力がいる。立て」


 未だ混乱の渦中にいる様子のアユーラにダブルは舌打ちを1つ立てると、アユーラの手を強引に掴んで立ち上がらせた。


 そして顔を近づけて同じことを繰り返した。


「あの化物を殺す。それには貴様の力がいる。ついてこい」


「あ、えっと…あの化物の行き先が分かるのですか?」


「知るか。それを探すために貴様が必要だと言っている。分かったらついてこい!」


「ダブル。ダブル。落ち着け。イライラし過ぎだ。その人は敵じゃないだろ」


 アカツキの宥める言葉を聞いて、苛立ちのままに反論をしようとして、そこでダブルは自分が冷静ではないことに気付き、手で顔を覆った。


「あぁ。そうだな。冷静ではなかった。あなたには悪いことをしたな。すまない」


「あ、いいえ。大丈夫です」


「感謝するよ。その上で重ねてお願いするのだが、協力して欲しい。あなたの命令できる権力が必要だ」


 ダブルは了承したアユーラを連れて闘技場に戻った。


 観客席は閑散としており、そこにいた人々は1人残らず避難させたようで、少し前まで人で溢れかえっていたことを信じきれないほどだ。


 そんな闘技場の一画で、防罪庁の制服を着た数名がなにか作業している。


 ダブルはそこに向かって歩きだすと、そこにいた1人がダブルたちに気付いた。そしてこの中で最も偉いアユーラに礼をした。


「アユーラさん。見ての通り大穴は隠しましたが、これからどうしますか?」


「悪いが、そのシートを剥がしてくれないか?」


 ダブルがそう答えると、その人物はダブルを1度見たあとで、もう1度アユーラに視線を向けた。


「その人の言う通りにしてください」


 渋々、納得していないような態度を見せつつも、アユーラの言葉には逆らえないようで、そこにいた防罪庁の面々が、固定されているシートを外し始めた。


 やがて露になったのは、落下防止のネットに覆われた真っ暗な闇。


 冷たい空気が定期的に放出され、それが得たいの知れない何かの呼吸の音のようだった。


 ダブルは彼らにネットも外させ、軽く体をほぐした。


「さて、行くか」


「マジ?? ここの下にアイツがいる確証なんてねーだろ?? 死ぬかも知れねーんだぞ? 一旦落ち着けよ」


「この下にいないなら、ここではない場所を探せばいい。ただ見ているだけで状況が良くなるものか」


「いやだ。滅茶苦茶嫌だ。怖ぇよ」


 ダブルはアカツキの弱音を無視し、底が見えない真っ暗な穴に身を投げた。


「怒ったら短絡的になるのやめろぉぉぉぁあ!」


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