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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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15

「それで? しっかり説明して貰おうか」


 ダブルは改めてレリーズへ説明責任を押し付けた。


「はい。ですが、ここはあまり良くないので、場所を変えましょう」


 闘技場のど真ん中。樹木の化物が地面に底が見えないほどの深い穴を開けてしまい。その穴の下から、真っ暗な冷気が呼吸をするように排出されていて不気味だった。


「確かに、ここは少し危ない。後、観客が目障りだな」


 正しい意味での見物客。野次馬根性にも似た顔つきで、危機感もなにも感じていない。彼らはダブルらを見るためにやってきているため、その姿勢は正しい。だが、無遠慮な視線を浴びながら個人的な話はしたくない。


 ダブルはレリーズに先導されて舞台を去った。


「なぁレリーズで良いんだよな? どこに向かってるんだ?」


「空いている選手の控え室だよ」


 前を歩きながら、顔だけ振り返ってレリーズは無邪気に笑った。


 それは初めて出会った時と寸分違わない笑顔だった。


「なぁレリーズ。あの樹木のバケモンはなんなんだ?」


「アカツキ…。それを説明するために場所を移しているんだ? 分かっているのか?」


「ごめん。でも気になっちゃってさ」


 アカツキへタメ息を吐いたが、しかしその気持ちは痛いほどダブルも理解できる。しかし明確にダブルとアカツキには違いがあった。


 それは興味の対象。気になっている物の違い。


 アカツキは樹木の化物を見ているが、ダブルは違う。ダブルは、レリーズが白フード姿をしていることが気になっていた。


 あの時レリーズを刺したのは何者なのか。わざわざ白フードを被って現れたことにいったいなんの意味があるのか。


 疑問ばかりが浮かぶため、移動中、レリーズとダブルたちの間に会話らしい会話はなにもなかった。


「レリーズ様!」


 沈鬱な空気感の中で、通路の向こう側からメガネをかけた女性が走りよってきた。


「誰?」


 小声でアカツキがそう口にした。人を覚えない奴だとダブルが呆れていると、レリーズがその人物の名前を口にした。


「アユーラ。私は平気よ。大丈夫」


「本当に…突然飛び出さないで下さい! どれだけ焦ったか…」


「ごめん。ごめんなさい。それで…兄さんは?」


「流石に勘づきました。直ぐにレリーズ様を保護しようと防罪庁へ命令を下しました」


「もちろんその命令は握り潰したのよね?」


「はい。クルーズ様は現在、私と防罪庁が協力してレリーズ様の確保に動いていると思っています」


「うん。ありがとう。素晴らしいわ。それじゃあ、闘技場のあの穴を適当に塞いでくれる? ブルーシートでもなんでも良いから、人目につかないようにしてほしいの」


「分かりました。指示した後で私は1度クルーズ様の元へ戻ります」


「待って。あの化物のことは黙っていてね?」


 アユーラはレリーズへ肯定を返してから、また駆け足で来た道を戻っていった。


「なんか、忙しそうだな」


 他人事のように、アカツキが呆けた感想を呟いた。


 するとレリーズがダブルたちに振り返って、イタズラを仕掛ける子供のような笑みを向けた。


「アカツキとダブルさんもこれから忙しくなりますよ」


「うわ。なんか嫌な予感が…」


 まるで今から自分が苦労すると言いたげな言葉を吐いたアカツキへ、ダブルは一言強調して言った。


「あなたは動かないだろう」


 レリーズが楽しげに、なんの含みもなく、ただ楽しげに笑った。


「すぐそこだから、安心してね。全部話すから」


 3人を取り巻く空気が明るく変わった。ダブルはまだ、どこか仄暗い気配が水面下で胎動していることを感じているが、それも直ぐに消えるだろうと安心していた。


 それから直ぐ側の扉の前でレリーズが立ち止まった。


「ここよ。それじゃ部屋入る前に、1つだけ、驚いても良いけれど静かにするように」


「言われているぞアカツキ」


「俺ぇ!?」


 そんな会話していると、レリーズがダブルたちを見咎めるような目をしていた。それはあまりにも真剣で、怒りすら感じ取れるものだった。


「…すまない」「ごめん」


「よろしい。それではいきますよ」


 わざわざここまで引っ張るのだから、この部屋の中で待ち受けているものはきっと突拍子もない物に違いないと、ダブルは期待を胸に開け放たれる扉を見ていた。


「ひーコワイ!」


 アカツキは逆に恐怖を感じているようだった。


 やがて開かれた扉の先には、椅子に腰かけているレリーズがいた。


 ダブルは驚き、反射的に隣の白フードに視線を向ける。


「え! レリーズが2人────」


 アカツキが喋りだすと、白フードのレリーズが強い焦燥に駆られた顔を見せたので、ダブルはアカツキをぶっ叩いて、直ぐに室内へ滑り込んだ。ダブルがそうやってドアの前から移動すると同時に、白フードのレリーズもドアを閉めながら室内へ入り込む。


 余程この状況が知れ渡ることを恐れているようで、閉められたドアは随分と乱暴な音を立てていた。


「ふぅ…アカツキ。話を聞いていたか?」


「いや、ごめん。つい、反射的に」 


 たまたま白フードのレリーズを見ていたことと、そのレリーズがやたら真剣な顔で説明をしてくれていたお陰で、ダブルはほとんど最適解とも言える行動をとれた。


 白フードのレリーズは心底安心した様子を見せてから感謝を告げた。


「ありがとうございます。ダブルさん」


「いや、責任を取っただけだ」


 アカツキが何かを仕出かすことは想像に難くなく、ゆえにそれに対処するべきなのは、間違いなくダブルなのだ。


(全く……ポンコツにも程がある)


 問題を起こすことなく対処できた安堵と疲労がダブルにタメ息をつかせた。


「それで? レリーズさん? 説明を」


 ダブルはどちらに向けて言うべきか迷ったが、結局はここまで案内してくれた白フードの方に顔を向けた。


 しかし口を開いたのは椅子に座っている方だった。


「はい。分かりました。そうですね…まずはこの状況から説明しますね。現在、私は見ての通りに2人います」


 ダブルは特にその言葉を怪しむことはなかった。


 なぜなら、異能力(スキル)によってねじ曲がった感情が白フードのレリーズと同じだけ存在していたからだ。つまり、なんとも言葉にしづらい感覚であるが、異能力による判定が同じ人物であると教えてくれている。


「そのようだな」


「は? マジ?」


「本当かと聞いているのなら、本当だ。異能力(スキル)がそう言っている」


「はーー? それ俺を人判定しないポンコツじゃん!」


「よかったな。そのお陰で私にへし折られずに済んでいるぞ」


「ごめんて」


 ダブルがアカツキの減らず口を黙らせると、レリーズが話を再開した。


「えーっと、取り敢えず納得してくれたみたいで良かったです。それでこうなった経緯ですが…正直良く分かっていません。魔法によるものだとは思いますが、私は私を複製することが出来てしまいました」


「白フードの方とあなたとで、意識の差異はあるのか」


「同調はしていませんが、なんと言いますか…私の意思に従って動いてくれるもう一人の私…とでも言えば良いのでしょうか。自分を操作しているような感覚…ですね」


「ほーん。つまり人間ラジコンってことね」


 ダブルはアカツキを叩いた。


「人をオモチャ呼びするな」


「あはは、別に良いですよ。それに近いので」


「ほら~。例え完璧だろ」


「…レリーズ。アカツキに甘くするのはやめてくれ」


 いくら本人が良いと言っていても、例え話としては良くないものだという理由もあるが、なによりもダブルはアカツキが調子に乗ることを危険視していた。


「それで…なんの話だったか…?」


「私が2人になった話です。しかしもう語ることはありません。次は樹木の化物について話したいと思いますが…よろしいでしょうか?」


「あぁ。構わない。これ以上は特に気になることはない」


「俺もオッケー。と言いたいけど…1つ聞かせてくれ。この状態で空想拡張現実世界(ジャンクエデン)から出たらどうなるんだ? 片方消えるのか?」


 確かに、とダブルが考えると同時にレリーズの表情が暗く沈んだ。


「それは…分かりません。実は私、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)からもう2月ほど外に出ていません。正確には、外に出ていけない状態が2ヶ月続いていると言ったところでしょうか」


「出ていけねぇ状況? そんなんホテルを物理的に歩いて出ていけばよくね?」


「それが…ホテルのある地点を過ぎると、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の何処かに転移させられるんです」


「なるほど、あなたはそれを兄に問いただしたいが、肝心のクルーズはあなたとの接触を断っているということか」


 レリーズがゆっくりと頷いた。


「はい。そうです。兄が何かを隠していることは確実で、それは私に関わることだと確信を持っています。そしてそれが、兄を苦しめている」


 耐えかねるというような気配をレリーズが放っていた。


「だいたい分かった。依頼はとっくに引き受けている。はやくその計画を話すといい」


 ダブルは目を伏せているレリーズに向けて挑戦的な笑みを向けた。


 レリーズは目を丸くしたのち、柔らかな笑顔を作った。


「そうですね。ですが、その前にまだ話すべきことが2つあります」


 ダブルはレリーズの言いたいことを予測した。


「あなたを殺した人物は、そこのいる白フードのあなたで良いのか?」


 するとレリーズは特に驚く素振りも見せずに頷いた。


 代わりに反応したのはアカツキだった。しかしその反応は、過敏とも取れるものであり、過剰と言っても問題はない。


「は? 自殺…でいいのか? なんで?? ふざけんな!」


「ごめんさない。計画に必要だったからと言って、なにも話さずに勝手に先走って、ダブルさんとアカツキには無駄な労力を使わせました。ごめんさない」


「あーー! あーーーーー!! 違う! それはどうでもいい! 俺がキレてるのは自殺したことだってーの! 必要だからって、死ぬことねーからって容易く自殺を選択するバカがどこにいるよ! バカにすんじゃねぇ!」


 ダブルは正直驚いた。ここまで感情を爆発させるとは思っていもなかったからだ。理解不能にもほどがある。


 どうやらそれはレリーズも同じようで、なぜここまで爆発するのか分からないが、しかし相手を怒らせたということに変わりがないとして、謝罪の言葉を再度口にしていた。


「アカツキ。落ち着け」


 ダブルはトントンと柄を手の甲で軽く叩いた。


「あー。あーそうだね。そうだよな。チッ…はぁ。分かった。もういい」


 不機嫌を隠そうともしないのは、そうする余裕がないからなのか、ダブルには分からなかった。しかしなんとなく、アカツキはもう喋るつもりはないだろうと予感した。


 ダブルはアカツキから視線を外して、レリーズに顔を向けた。


「それで、なぜ私たちの前でそんな演技をした?」


「…あ、そうですね。それは兄とダブルさんに接点を作って欲しかったからです」


「なるほど…確かに私とクルーズは面会したな。それで? それがなんの意味を持つ?」


「以前にお話したことですが、この空想拡張現実世界(ジャンクエデン)に発生した歪みのことを覚えていますか?」


 咄嗟にレリーズの話していることが出てこず、ダブルは記憶の糸を駆け足で辿っていった。すると、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)が現在薄氷の上に成り立っているという話を思い出すことが出来た。


「あぁ…確かクルーズの精神が弱ったから生まれたのだったか?」


 レリーズがゆっくりと頷く。


「はい。その歪みとはダブルさんが戦っていたあの樹木の怪物です」


 特段ダブルに大きな驚きはなかった。ただ府に落ちただけだった。


「驚かないのですね?」


「そうだな。自慢ではないが、私の魔力攻撃を受けても平気となるなら、それはどこかの貴族か、教会などの大きな組織で重要なポジションについている強者だけだろうからな。そしてここはエルガリオルという1つの国家を支えるような大貴族の庭だ。許可なくそのような強者が好きに暴れることなど出来はしない」


 少し立ち止まって、冷静になって考えると答えは単純なものだった。ダブルが今さらそれを口にして、明確なものとしたのは、あの樹木の化物について考えるつもりがなかっただけに過ぎない。


 自分には関係がないと判断し、それ以上思考することを止めてしまっていた。


 しかし、あの樹木の化物はダブルの怒りを買った。それも凄まじく安く買い叩いた。特売のシールが貼られたもやしぐらいの値で買っていった。


 考え直す理由としては十分すぎる。


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