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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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14

 ダブルたちの目の前で、黒い樹木の化物がエルドリアを貫いた。


 そしてエルドリアの姿が消える。安全装置による死の回避だ。


「「は?」」


 同じ音の言葉が2つ重なった。しかしそこに込められた感情は全く別物。


 1つは困惑。突然の出来事に戸惑い、咄嗟に出たもの。


 1つは怒り。同じく咄嗟に出たものであったが、そこには確かな激怒があった。


 ダブルの物は後者だった。


 エルドリアが最後に見せた、あの諦めたような笑みは、どうしようもない現実を受け入れた者の笑みだった。あの諦観は、明日を生きるための覚悟だった。


 ぶん殴られて初めて自覚することが出来ると身をもって経験しているダブルにとっても、それを知ったばかりのエルドリアにとっても、自らの死を軽んじたエルドリアを殺すことは新たな旅立ちの儀式といっても差し支えなかった。


 それを邪魔された。よく分からない化物に邪魔された。


 ダブルは温厚ではない。殺すと決めたら迷わない。


 一瞬で沸点に達した激怒がダブルを突き動かす。


(あの時につけた傷が消えている……リンゴもあるのか…不快だ)


 ダブルは走って側に近づくまでの間に、樹木の化物の観察を済ませた。


 相変わらず枝は6本であり、長さも太さも変わらない。


 なぜこの化物がここに現れたのか、その答えは単純だ。この化物は教会の人間を襲っている。エルドリアが元締めだからである以外に答えはない。


 ではなぜ、この化物は教会の人間を襲っているのか。それについて考えようとして、ダブルはそれをやめた。


(なんにせよ。殺せば済む話だ)


 剣が当たる間合いに入ると、ダブルは即座に剣を振り抜いた。化物は以前と変わらず硬く、硬質な音が響き、ダブルの腕まで伝わった。


 だが、それだけだ。ダブルは怯むことなく続けて剣を振り抜いた。6回続いた剣戟は、耳障りな金属音を瞬かせる。


 ダブルを目障りに感じたのか、化物が2本の枝を壁のようにして横凪ぎに振った。


 狙いもなければ技術もない。相変わらずセンスのない杜撰な攻撃だった。だが、化物の巨体から繰り出されるそれは、懐に潜り込んだ相手を襲うには十分だ。


 相手がダブルでなかったのならば、必殺の一撃になっていただろう。


 ダブルは迫り来る2本の枝と枝の間に身体を捻りながら飛び込んで回避した。


 一歩間違えれば大惨事な曲芸を容易く行いながら、ダブルはそれを当たり前のように受け止め、喜びもなく、達成感もないまま、即座に攻撃へ転じた。


 またも6回ほど連続で樹木を切りつける。手応えはあまりない。だが、それでもダブルは攻撃をやめるつもりはなかった。


 この樹木の化物は無敵という訳ではないことを知っているからだ。傷が付くというのならば、いつかは必ずへし折れる。そう考えて剣を振るっている。


 すると今度は、6本総出でダブルを抱き込むように枝が殺到した。


 左右から迫り来る枝には隙間がほとんどなく、流石のダブルも身をひねって避けることは出来ない。


(学習はしないのか……)


 前回遭遇したときと同じように、ダブルは樹木の出っ張りを蹴り上がった。そして前回と同じように、樹木の頂点を飛び越えるついでにそこになっている黄金のリンゴを斬り飛ばす。


 意味があるとは思えない。ダメージになっているとも思えない。しかし目障りであることには変わりがない。不愉快であることには変わりがない。


 そう不愉快だ。ダブルは目の前にいるこの樹木の存在が不愉快で不愉快でたまらなかった。何もかもが目障り、何もかもに腹が立つ。


「チッ」


 手に伝わる硬質な感触が腹立たしい。


「おい。ダブル? 落ち着けよ」


 アカツキが珍しく戦闘中に声をあげた。


 ちょうど一息つこうと考えていたため、ダブルはこれ幸いと樹木の化物の攻撃範囲外へ退避した。


「問題ない。確かに頭に来ているが、落ち着いている」


 ダブルは化物から一瞬たりとも目を離さずに、アカツキへ冷静に語りかけた。


 怒りという感情は、行動するための原動力としては非常に優秀だ。しかしその反面、思考にまでその怒りが侵食してしまうと、動きから精彩さを欠いてしまう。


 考えなしに暴れ回る人間は、そこらにいる野生動物にも劣る。怒りで物事が上手くいくなら苦労はないだろう。


 実際ダブルも怒りという感情で殺されかけたことがあった。しかしだからといって、ダブルは怒りという感情の全てが悪いとは思っていない。どうしても、怒りという感情は動き出す原動力としては優秀なのだ。


 だからこそ折り合いをつけるべきだ。


 怒りを胸の中心から、血流にのせて頭以外の全てを満たす。そして頭だけは、怒りという感情を上手く咀嚼して、その怒りが向いている先に全て吐き出す。つまり目的をハッキリさせて、その最適解だけを思考する。


 その方法によって、ダブルは怒りながらも冷静さを保っていた。目の前の化物を殺す。その一点だけを冷徹に見据えて。


「倒せるのか?」


「形があるのなら、いつか壊れる」


「暴論! 暴力理論じゃないか!」


「だからなんだ? 指を咥えて見ていればあの化物は死ぬのか? それとも頭を下げて懇切丁寧にお願いすれば死んでくれるのか? 悪いが殴って殺すともう決めた」


 有無を言わさぬような圧力をこめて、ダブルはアカツキへそう言いきった。危うく、「貴様は黙っていろ」と続きそうになったが、しかし、敵は目の前の化物であるという冷静な思考がそれを止めた。


「あー。好きにしてくれ。怪我すんなよ」


 樹木の化物はダブルたちが会話している間、一切動くことはなく、闘技場のタイルの上で風に当たりながらも全く靡く様子はない。その姿は蝋で作った模型のようだった。


 観客席にいる人々は、きもがすわっているというべきか、バカと言うべきなのか、全くもって逃げる様子を見せない。


「まぁ。死んでも平気という思いがあるのか」


 ダブルはそれ以上観客席の人々について考えることをやめて、目の前の樹木の化物をしっかりと見据えた。


 嫌というほど斬りつけてみても、その樹皮には傷1つつけられていない。やはり物理的な攻撃は無意味なのだろうかと考えるが、しかし魔力攻撃に踏み切ることをダブルは選べなかった。


 理由は単純に魔力を消耗しているからだ。


 ダブルはエルドリアとの戦いで、消費魔力を押さえたとはいえアウトサイダーを4回も使っている。これ以上魔力を身体から放出すれば、身体能力に大きな影響を及ぼすことになり、白兵戦すら危ういものとなる。


 結論として、情報が得られるまでダブルは物理的な攻撃を繰り返すことを選んだ。


 樹木の化物の枝が届く距離に入る。すると直ぐ様、化物は枝を伸ばしてダブルを襲った。それを避けながら、ダブルはまた樹木の懐へ潜り込む。


 斬りつけては、襲い来る枝を躱して、また斬りつけては、また枝を躱す。


 枝と枝の隙間を縫うように、振られる枝を逆に掴んで避けたり、童心に返ったりして、ダブルは次々と曲芸を成功していく。


 初めて遭遇したときとは明らかにポテンシャルが違うのは、明確な理由の有無だ。初遭遇時、ダブルはこの化物を殺す理由がなかった。しかし今はそれがある。


 攻撃と回避を両立させて、数えるのもバカらしいほどの攻撃を繰り返していると、ダブルの耳に聞き覚えのある声が届いた。


「そこを退いて!」


 ダブルは樹木の化物の樹皮を蹴り上がりながりながら、その樹皮を足場にして、空を泳ぎながら後方へ大きく飛んだ。


 視線を地上に向けると、そこには白いフードを被った人物が樹木の化物へ向けて駆け出していた。


「なっ! アイツ!」


 アカツキが驚きと怒りが混じったような声をあげた。


 その声を聞きながら、ダブルが空中でバランスを取り、地面に綺麗に着地するタイミングと、白フードは樹木に剣を突き出すタイミングが重なった。


 ダブルにはハッキリと分かった。動きが荒すぎる。戦いに身を置いたことのない者の動きだと一目で見破った。


 走ってきた加速を十全に剣へ伝えられていない。それが別の動きの布石になるという類いの動きでもない。一言で言うのなら下手くそ。


 理論と経験から、それでダメージになるわけがないとダブルは考えたが、しかしその考えとは裏腹に、非合理的ではあるがダメージを与えられるはずだと思っていた。


 白フードのロングソードが白い輝きを纏って、黒い樹木に突き刺さる。


 そこを始点として、黒い樹木が爆発し、その幹に大きな風穴を開けた。


「うおっ! なんじゃそりゃ! つーかコイツ! 魔力量多くね!?」


 白フードはそこで満足したのか、明らかに気配が弛緩していた。


 黒い樹木が錆び付いた歯車を動かすように、ぎこちなく枝を動かした。


「おい! 下がれ!」


 白フードへダブルが指示を飛ばすと、白フードは初めて樹木の化物がまだ動いていることに気づいたようだった。


 白フードは振り下ろされる枝を避けようとして、足がもつれたらしく、その場で尻餅をついた。


「あっ! ダブル!」


 ダブルは舌打ちをしつつ、白フードへ向けて全力で走り出すも、走り出すよりも先に間に合わないことに気が付いていた。


 走りながらダブルは行動を変えた。ダブルはアカツキへ魔力を大量に流し込む。出し惜しみなど出来る魔力は残っていない。


 特徴的な赤色の魔力がアカツキから漏れ出す。


 走りから、踏み込みへ足運びを変えて、ダブルは強く地面を踏み込む。白フードが尻餅をついたままであったため、遮蔽物はない。


 赤色の魔力が三日月を描いて、樹木の化物へ激突する。その魔力は振り下ろされる枝を斬り飛ばし、その断面に赤色を残した。


 ダブルは本当は幹を狙いたかった。白フードの攻撃で穴が空いている部分にアウトサイダーをぶつけたかった。


 それをしなかったのは、魔力が減っていることと、樹木の化物をそれで斬り飛ばしたとしても、振り下ろされる枝の勢いはほとんど変わらないと思ったからだ。


 それともう1つ────。


「マジか! まだ生きてるんだけど!? 生きてるでいいのか??」


 樹木の化物はぎこちない動きで、その身を震わせた。


 もう一度ダブルは白フードへ声をかけてから走り出す。


「早く下がれ!」


 ダブルの身体能力が魔力の放出により、著しく下がる。嫌に距離が遠い。白フードは未だ立ち上がらない。


 戦いを知らない素人が戦場に出てくるものではない。空想拡張現実世界(ジャンクエデン)では死なないと分かっていても、目の前で死なれるのは非常に困る。


 黒い樹木の化物はが動き出した。化物は身体を窮屈に纏めると、そのまま地面のなかに潜り込んでいった。


 なにも起こらなかったことに安堵し、白フードのすぐ後ろでダブルは立ち止まる。


「おい。説明して貰うぞ」


 ビクリと白フードが肩を震わせた。


「おい! てめぇ! 覚悟は出来てるんだろォなァ!!」


 アカツキが余りにも弱そうなチンピラに成り変わった。


「アカツキ静かにしろ」


「は? いやいや、コイツだろ! レリーズ殺ったのコイツじゃん!」


 ダブルは静かにしないアカツキにタメ息を溢して、それから白フードへ少しだけ語気を強めた言葉を放った。


「あなたのせいで面倒なことになったが…しっかり説明しろ」


 白フードが座り込んだまま、半身をひねって振り返った。


「はい。分かっています。ダブルさん」


 白フードはそのフードを外すと、青と緑の境目のような色合いをした狐耳をピクピクと動かして、困ったような笑みを浮かべた。


「え? は? レリーズ?? 死んだはずじゃ…?」


 困惑したようすのアカツキに向けて、ダブルは呆れたように言った。


「バカをいうな。ここは空想拡張現実世界(ジャンクエデン)だぞ」


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