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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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11

 クルーズより提供されたホテルの一等室にて、フレドリックは黄金の装いを下ろした。それから肩を回して、肩凝りを少しでも和らげようと努力する。


「ふぅ…」


 襲われた部下の見舞いと怪物に怯えた部下の帰還、それに加えて戦える人員の応援を要請していると、いつの間にか日付が変わってしまっていた。


 そのままベッドで寝転びたいが、しかしシャワーを浴びないままに寝ることをフレドリックは出来そうもなかった。


 そうしてフレドリックは身体の疲労を洗い流すためにシャワールームへ足を運ぶ。すると更衣室の大きな鏡にフレドリックの顔が写った。


 黄金の装いを解いても、そこにいるのはフレドリック・ゴールドその人である。


 その事実を確認すると、これまでの疲労が怒りと決意によってねじ伏せられる。


「…必ず、必ずだ」


 人核転写の仮面を見つけ出し、2度と誰にも使わせないように破壊する。


 自らがやるべきことをやり遂げる。ただそれだけ。果たすべき責務と使命に忠実に従い、自分という個を殺しきる。ただそれだけ。


「俺は……フレドリックだ」


 そうして夜は沈んだ。


 明日を迎えるために、朝日に焼かれるために。




 ◇




 ホテルから通信をかける。


「はい! 準備万端です! ホテルのフロントでお待ちしています! ゆっくりでいいので忘れ物をしないようにしてくださいね!」


 朝からアリュエルの元気な声を聞き、ダブルは少しだけ元気になった。忘れ物しないようにすると返事をしてから通信を切った。


「なんかご機嫌そうだな」


「今回は寝坊していないらしい。さっさと出るぞ」


「おっけー。朝食はどーする?」


「そうだな…ジャガイモが食べたい気分だ」


「ポテト?」


「それはこの前バーガーと一緒に食べたからもういい。そうだな…」


 ダブルは何がいいか考え始めたが、思い付くより先にアカツキがその答えを口にした。


「それシチュー食いたいだけだろ」


「あ、そうだな。そうだ」


「ふざけやがって」


 アカツキの文句を黙殺してダブルはホテルのフロントへ向かった。


「シチューですか? ありますよ!」


 元気ここに極まれり。アリュエルは防罪庁という荒事をこなす組織の一員とはとても思えない無邪気な笑顔で言った。


「ところでダブルさん。昨日はよく眠れましたか?」


「あぁ。体調は万全だ。トーナメントだろう? 問題はない」


 ダブルたちは雑談をしながら、アリュエルがオススメするシチューがある店に来店した。


「困ったな…満席か」


 ダブルたちが訪れると、たまたまタイミングが悪く席がピッタリ埋まってしまったとカウンターの定員が申し訳なさそうに告げた。


 するとアリュエルも申し訳なさそうしょんぼりとした。


「すみません」


「アリュエル君が謝ることではない」


 地元の人間がオススメする場所というものは、基本的に隠れた名店ということが多い。しかしここは観光都市として名高い空想拡張現実世界(ジャンクエデン)だ。隠れるところなど存在しない。仮に店として目立つような華がなくとも、空を泳ぐ食いしん坊ドラゴンに目をつけられれば1発で終わりだ。


 美味しいものはどんな人間をも魅了する。


 店員から待つことを提案され、ダブルらが頷くとそのタイミングで、店内から声がかった。


「おや? ダブルさん?」


 顔を向けると、目に眩しい黄金が派手に空間を塗りつぶしていた。


「あぁ。どうにもよく会うな。フレドリックさん」


「…朝食ですか? もしよろしければご一緒しませんか?」


「構わないのか?」


「知人を無視してテーブル席に1人で居座るのは少々気になりますので」


「そうか。アリュエル君は構わないか?」


 ダブルが隣に目を向けると、嬉しそうに首を縦に振ったアリュエルを目にした。


「ダブルさんも、あのドラゴンからこのお店を見つけたのですか?」


 席に着くとフレドリックがこの店を選んだ理由を話した。


「いや、私たちはアリュエル君のオススメで来た。あの食いしん坊のドラゴンとはあっていない」


「そうですか。なら頼むものは決まっていますか?」


 フレドリックは視線を使ってダブルとアリュエルの両方に聞いた。


 ダブルたちが決まっているという返事をすると、フレドリックは店員を呼び出した。それから注文を簡素に済ませて、それから食事が届くまで雑談を始めた。


「それにしても、驚きましたよ。ダブルさんの魔力は相当高いようですね。なにか血統に恵まれていたりするのですか?」


「いや、私はスラムからの上がりだ」


「え? ダブルさん。どこかの貴族様じゃないんですか!?」


 アリュエルが驚いたようにダブルの顔を窺った。


「なにをもってそう考えたのかは分からないが、私は傭兵だ」


「じゃ、じゃあその…アカツキさんはどこで手に入れたんですか?」


「拾った」「拾われた」


「本当に貴族様じゃないんですか?」


「しつこいな。仮に貴族だったらなんだ? ギーツの国は地図から消えたぞ?」


 貴族だ。貴族ではない。そんなものは今さら関係がないとダブルが言うと、反応したのはアカツキだった。


「え? ギーツの国って地図から消えてんの!?」


「…その話は長くなるから結果だけいうが、内乱を起こして消えた。それだけだ」


 ダブルが生まれる前の出来事であり、それはもはや思い馳せる過去ではなく、活字として記録されるただの歴史に変わりつつある。


 歴史の話をするなど面倒であるし、ダブルとしてもあまり興味のない話であるため、アカツキへの説明をなげやりに終わらせた。


「ほら、食事も来たようだ。戦争の話はしたくない」


 期待を込めて受け取ったシチューの湯気から香る匂いに、ダブルは衝撃を受けた。


(これは……いつも食べている缶詰め!?)


 ダブルは好物の匂いを間違えるほど鼻が悪いわけではない。しかし、香る匂いは確かに普段から口にしているそれと酷似している。


 食べてみれば分かるはずだとそのシチューを恐る恐る口には運ぶと、予想は事実へと変わってしまった。


(嘘だ…。なんのために私はシチューを……いや? これはこれでいいのか?)


 好物を食べられている。その事実に変わりがないのなら、別になんの問題もないのではないか。そう気づくと、ダブルは黙々とシチューを口へ運んだ。


「なぁダブル。味は? 味はどうなん?」


 アカツキがいつものように聞いてきたが、ダブルはそれを無視した。なぜなら店の中で、「あぁ!市販品のいつも食べている缶詰めと同じだ」などとは言えるわけがないからだ。


(あぁ。旨い。アカツキに小言を言われずにこれを食べられるとは…)


 缶詰めのシチューに限らず、保存者や携行食を食すると、アカツキが同じものばかり食うなと難色を示してくるため、ここしばらくダブルは文句を言われずに缶詰めのシチューを食べることが出来ずにいた。


 それが解決され、ひたすらに充足感だけが心を満たす。シチューの火傷しそうな熱量と喉を通る重み。それらがお腹にたまることで感じる満足感。


 邪魔という邪魔が何一つない。


「はぁ……」


 思わず漏れる吐息は、熱がこもっていた。


「ダ、ダブルさん。その…そんなに好きなんですか?」


 返事などしたくない。邪魔しないで欲しい。そんなダブルの気持ちを汲んだか、ダブルに代わってアカツキがアリュエルへ返事をした。


「あー。アリュエル。ダブルがシチューを食ってるときは何も言わないでやってくれ。こいつは不機嫌になると短絡的になる」


 ダブルはアカツキを殴ろうかと一瞬考えたが、シチューを口に運ぶことの方が優先度が高く、その香りに(たぶら)かされた。


 口に運び、目を閉じて、それを味わってから喉の奥へ流し込む。繰り返して繰り返す。次を掬おうとして、そこで初めてダブルは容器が空になったことに気づいた。


 それから改めてダブルが顔を上げると、正面の席でフレドリックが諦めと哀愁の混じった顔をしていた。それはまるで、もう二度と手に入れられない何かをもう一度見つけたような、そんな目をしていた。


「どうした?」


「あ、いえ、羨ましいと思ったんです」


「羨ましい?」


「嫌味じゃなくて……シチューお好きなんですね」


「羨ましいなら自分で好きなものを探すといい」


「そう…ですね。そうしますよ」


 そう言ったときには、フレドリックの表情はいつも通りの穏やかな笑顔に戻っていた。


「会計は私が出しますよ。経費で落とせるのでお気になさらず」


「え? 良いんですか? 御馳走様です!」


 アリュエルが直ぐに飛び付き、ダブルも好意に甘えることにした。


「ありがとう。御馳走様」


 4人は店をでると、競技場へと足を向けた。


「順当に勝ち上がると、当たるのは準決勝になるか」


「お手柔らかに頼みますよ」


「副賞の一千万が欲しいので断ろう」


「三千万支払いますので勝ちを譲りませんか? 勝ちを譲って頂けるのでしたら、私が優勝できなくとも三千万は差し上げます」


 ダブルは思案する。しかしなんのデメリットもないどころか、メリットしかない。そこまでして限定的な万能とやらが欲しいのかと勘ぐるほどだ。


「なぜそこまで執着する? 魔道具を探す目的で使うことは約束したはずだが?」


「自分の手で成し遂げたいと思っているだけですよ」


「金で成し遂げて満足か?」


「私は黄金のコードネームを拝命しているフレドリック・ゴールドです。お金を使うことを悪いことだとは考えていません。お金は何かを手に入れるための手段の一つに過ぎませんから」


 ダブルが呆れた態度を取って見せると、フレドリックはもう一度問いかけた。


「三千万では即決して下さらないことは分かりましたので、五千万用意しましょう。どうでしょうか?」


 金が突如として膨れ上がった。ダブルは自分の全財産の約2倍を提示されてかなり揺らいだ。そして考えていくなかで、そもそもなぜ、勝ちを譲ることをここまで嫌っているのか、自分自身分かっていないことに思い至った。


 なぜ、どうして、それが分からない。意地になっているわけではない。なにかを見落としているような、なにかが引っ掛かっている感覚。それをダブルが上手く言語化することが出来ずにいると、アカツキがバッサリと言い切った。


「断る!!」


 隣にいたアリュエルは驚き、そう切り捨てられたフレドリックは、再度乞うような目をしてダブルを見てきた。


「悪いが、こうなったアカツキを無視すると後で死ぬほど拗ねる。諦めてくれ」


「そうですか…分かりました。それでは準決勝で会いましょう」


 そう言うとフレドリックはそそくさと去っていった。


「アリュエル君。少し外してくれるか? 戦いの前に少しだけ1人の時間が欲しい」


「でしたら個室がありますよ。本来なら予選を突破した人に与えられますが…ダブルさんは多分勝ってくれますよね?」


 規則違反だが問題はないとアリュエルは信じているらしく、そのお陰でダブルとアカツキは個室で二人きりになった。


「……それで? アカツキ。いったい何を考えている?」


「いや? 態度がムカついたから拒否っただけだが?」


 ダブルは凍傷を起こしてしまうほどの冷気を瞳に込めた。


「ゴミを見るような目だ…」


「ゴミをなりたいのか?」


「か、勘弁して」


 話せと圧をかけると、アカツキは素直にスラスラと自分の考えを口にした。それは当たり前のように淀みがなく、その口振りはあらかじめダブルに話すことを決めていたようだった。


「やはりアカツキもそう思っていたか」


 ダブルが話を続けようとするところで、部屋にノックの音が響いた。


「ダブルさーん。予選です。予選」


「あぁ。直ぐに行こう。アカツキ話は後だ。どうせ準決勝まで時間はある」


 アリュエルへ扉越しに返事をしてから、ダブルはアカツキへそう言い、部屋をでた。


 丸い円形の闘技場をぐるりと囲むように広がる観客席。そこは良くある闘技場の形をしていた。ただ、ダブルとしては闘技場を選手の視点で見ることは初めてであったため、なんとも言えない新鮮味と居心地の悪さを感じた。


「うえ~。俺って喧しいところ苦手なんだよな~」


 アカツキがそう冗談を口にした。


「特に緊張はしていない。気にするな」


「ん? なんの話だ?」


「…もしや冗談ではないのか……?」


 話を理解していない様子を見せるアカツキに、冗談ではなく本気で言っていると気づき、ダブルは驚愕した。


 いったいどの口でそれを言っているのかと考えて、アカツキには口がないと思い至ったダブルに出来たことは、いつものようにタメ息を吐き出すことだけだった。


 そしてそのタイミングで、司会と思われる人物と実況担当と思われる人物が拡声器を片手に、楽しげに騒ぎだした。


 空想楽園の黄金(ヴェルディライト)は今回が初めての開催であり、有名選手など存在しない。そしてどうやら選手個人個人の詳しいデータはあまりないらしく、拡声器を片手に握る2人は、上手いことその点には触れずに、観客の期待感だけを膨れ上がらせている。


「どうやら私達の参加理由は知らされていないようだな」


 もし、ダブルとアカツキの参加理由が知らされているのなら、この司会は必ず話題に上げると信頼できる語り手だった。


「まぁ。どちらでも良いがな。さて、アカツキ。人を斬るぞ」


 ダブルはアカツキに事前予告をする。アカツキはどうにも人を斬ることに抵抗があるらしく、ある時、心構えがしたいと言ってきた。剣なのに人を斬ることに抵抗があるのはどうかと思うが、しかし感性は人それぞれであるのでダブルはそれを受け入れた。その結果の殺人予告。


「あぁ。問題ねーよ。ここにいる。ここに立ってる時点で分かってるしな」


 アカツキの心構えが終わったとき、試合開始の合図が響いた。


 予選の仕組みは単純明快。16名の参加者の中で、最後に残っている立っているものが予選突破だ。つまり15名倒せば終わる。


 ただ、この手の乱戦において、誰かを襲うということは誰かに隙を晒すということに繋がるため、安易には動かないのがセオリーだ。


 普通ならば試合は硬直する。


 だがダブルには時間を掛けるつもりはなかった。


 ダブルは手当たり次第に最も近い敵を襲い、一撃、もしくは二撃で相手を空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の転移機能で消し去っていく。


 たった15名。それも全員が敵の乱戦。協力もなく、巧みな連携もない。個々がそれぞれ戦えるだけの烏合の衆。ダブルの敵にはなり得なかった。


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