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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
39/54

10

 ダブルは樹木の枝を受け止めることは考えなかった。


 木の幹があまりにも硬すぎたため、ただの枝だと切り飛ばすことは出来ないと判断したからだ。


 しかし迫りくる6本の枝には隙間がなく、くぐり抜けて左右に回避することは不可能。唯一の安全地帯は後方しかないが、樹木の枝は余りにも長く、ダブルの身体能力をもってしても逃げきれるかは怪しい。


 左右もなく、後ろもない。前進するにはこの化物は硬すぎる。


 ダブルは迷わなかった。


 化物に剣が届く位置にいるということは、化物に足をかけることが出来るということだ。相手が樹木の化物というのならば、童心に返るのも悪くはない。


 ダブルは樹木の僅かな突起を足場にして、その身体を駆け登った。そして空へ舞い、樹木の頂点を飛び越える。


 その時、黄金のリンゴが目の前にあることに気づいた。


 ノータイムで剣を振り抜くと、文字通りに果実を切る感覚がダブルの手に伝った。


 着地後、すぐさま樹木の枝が空から降ってくるが、ダブルはそれを身を捻って回避し、その枝を剣で斬りつける。


(ここもダメか…)


 硬い金属を斬りつけたような硬い感触に顔をしかめ、それから後ろへ後退した。


「ダメだな。まるで効いていない。私には物理的に倒せる見込みがない」


 フレドリックとアリュエルに手早く情報を共有する。


「なら魔力攻撃を試してみましょうか。引き続き前衛をお願いします」


 フレドリックはすぐにこの状況に適応できていたが、アリュエルの方は役に立ちそうになかった。


 それにダブルは、この化物には攻撃的な防御が不可能な時点で、よほど回避技術が高くない者では瞬殺されると感じていた。


「アリュエル。フレドリックを守れ」


 物理的な手段が効かない以上、アリュエルが前線に出てきた所でなんの役にもたたない。それよりも、魔力を消費した結果、身体能力が下がるであろうフレドリックを守る方が重要だと判断し、行動出来ずにいるアリュエルへ役割を与えた。


 そして振り返ることも、返事を聞くこともなく、ダブルはもう一度樹木の化物へ立ち向かった。


 攻撃しても意味はないと先の攻防で理解しているため、ダブルは枝の射程に入りつつも、逃げられるように深くは踏み込むことはしなかった。


(リンゴを斬ったところであまり影響は無さそうだな)


 木の枝を避けつつ、観察していたが、樹木の化物に変化は見られない。


 そして避けることに専念しているお陰でわかったが、この化物には戦いのセンスがない。そもそも考えることが出来るのか疑問だが、しかし6本の長い枝を振り回しているというのに、ダブルには掠りもしない。


(子供のままごとか? しかし───ダメだな戦いの場において余念がすぎる)


 戦いながらの考察など危険極まるとして、ダブルは思考を切り替えた。


 すると魔力弾が樹木の化物に直撃した。


 遅いとは思ったが、しかし戦場で魔力を大量に使うことはリスクがあるため、安全に気を遣ったのだとしてダブルは納得した。


(効いていない…? 魔力攻撃にも耐性があるのか? 厄介な…)


 ダブルはこれ以上前線に止まる理由はないと考えて、樹木の化物から離れると、半透明な黄金の蛇がダブルの側を横切った。


 それは体の太さが直径1メートルはあるかと思うほどの巨体で、樹木の化物へ噛みついた。そしてそのまま力ずくで押し込んで、樹木の化物を後退させた。


「あれはなんだ!」


 樹木と蛇の両方から目をそらずに、後方へ言葉を飛ばすと、フレドリックの声が返ってきた。


「私の魔法です!」


「手応えは!」


 ダブルがそう口にした瞬間、黄金の蛇が砕け散った。


「チッ。魔法も無理か……」


 どうしたものかと考えていると、沈黙を守っていたアカツキが初めて口を開いた。


「木なら燃やせばよくね?」


「アリュエル! フレドリック! なにか火をつけられそうな物はないか? なんでもいい!」


 ダブルは即座に声を上げた。


 考える必要などない。なにが効くのかなど考えるよりも、試せる手段はなんでも試した方が有意義だからだ。


「ええっと…あ! お酒持ってます!」


「ライターがあります!」


 ダブルは即座に計画を頭のなかで組み立てた。


「アリュエル! ライターを受け取って前線に来い! フレドリックさっきの魔法をもう一度頼む!」


 後ろからアリュエルの走り出す音を聞いてから、ダブルは走り出した。


 樹木の化物が狙いをダブルに向け、その枝を上から振り下ろす。


 ダブルらそれを避けるでも、受け止めるのではなく受け流した。


 硬質な金属同士が擦れあうような、酷く耳障りな音が一瞬響いた後で、黄金の蛇が樹木の化物へ噛みついた。


 黄金の蛇は力では樹木に勝っているようで、無理やりに押し倒した。


「アリュエル!今だ!」


 アリュエルが酒瓶投げつけ、続いてライターを投げた。


 ライターの火は一瞬にして大火となって燃え広がり、樹木を蛇ごと包み込んだ。


「安心するのは早い! 下がれ!」


 仕事を終えて、一息ついているようなアリュエルへダブルは喝を飛ばした。


 焦ってフレドリックの位置まで戻って行くアリュエルを確認し、それからダブルは改めて樹木の化物の様子を探った。


 樹木の化物は倒れたまま動く気配はない。


「死んだか? まぁ木に言うにはちょっと違う気もするけど」


 ダブルはアカツキの言葉から抜き取れる情報ないと判断して聞き流した。


 やがて蛇がもう一度破裂し、樹木の化物がゆっくりと身を起こした。そして枝という枝を大きく振り回して強風を纏うと、その風で火を消した。


「コイツ無敵かぁ?」


 ダブルは舌打ちをした。


「チッ。アリュエル! フレドリック! 今から奥の手を使う! 効かなかったなら撤退する」


 樹木の化物の射程の外でダブルは、剣を地面と水平になるように構えた。それから圧倒的な魔力をアカツキへ流し込む。


「アウト……」


 アカツキへ集まった過剰な魔力が、黒とは異なる濃い赤色に変色していく。


 撤退できる程度の魔力を残し、それ以外の全てを叩き込んだ魔力は、ダブル自身扱ったことのない物だった。


 それが可能な理由は、アカツキの特性である魔力の安定のお陰だ。圧縮により反発する力を、無理やりまとめる必要がない。


 ダブルは魔力を流し込む量と、それを解き放つ方向だけ注意すればいい。


 目を見開き、狙いを定める。


 一歩、力強く足を踏み出す。


 そして、渾身の力で振り抜いた。


「サイダァァァァァァ!!」


 赤色の三日月が、水平に樹木の化物へ襲いかかった。


 轟音を立てて、樹木の化物が紙の飛んでいく。それを見たダブルは顔を歪めた。なぜなら、吹き飛んだということは斬り飛ばすことが出来なかったということに他ならないからだ。


 魔力によってバラバラにされた訳でもない。


「凄…っ」


 後ろからアリュエルの声が聞こえてきたことで、ダブルは我に返った。


「効いていないなら逃げるぞ」


 アカツキ特有の赤色の魔力が空気中に溶けだす。その中から樹木の化物がゆっくりと身を起こした。


「チッ。あれだけやって傷1つだけか。無理だな。逃げるぞ」


 樹木の化物の幹にバッサリ横一線に赤色の爪痕が残っていたが、それだけだった。


 それだけを確認したダブルたちは、化物から逃れるように路地裏を走り抜けた。


 表通りに戻ると、一番始めに声を上げたのはアカツキだった。


「負けたぁー。勝てねー。勝てる気がしねー」


「同感ですね。全くもって硬すぎる。魔法も効かないとは予想外です」


「すみません。保安官なのに全くお役に立てず」


「アリュエル君の仕事はあのような化物を退治することではないのだろう? 気にすることはない」


「木だけにな!」


 ダブルはタメ息を吐いてからアカツキを叩いた。


「それにしても、あの化物には見覚えがありますね」


「ホテルのフロントの化物だろう?」


「やはり気づいていましたか。私とダブルさんが初めてお会いした時に見ていた絵画と瓜二つでしたね」


「あれ名前なんていったっけ?」


「失敗作の楽園だ。全く…笑えない名前だ」


 ダブルは話についていけないアリュエルへ、ホテルのフロントでの話を聞かせた。


「あぁ。その絵画は防罪庁でも一時期話題になってました。変な絵画だと、少し調べておきますね」


 ダブルはアリュエルの言葉を否定した。


「いや、必要ない。それは私たちとは関係がない」


「はぁ? 関係がないってどーゆーことだ?」


「レリーズを襲ったのは化物だったか?」


「いや、でも人襲ってるんだけど?」


「だからなんだと言うんだ? 私たちの目標は化物ではない。それにあの化物をどうやって倒す? 個人では不可能だ。アリュエル君、あの化物の報告だけしておいてくれるか?」


 ダブルがそう問いかけると、アリュエルは首肯を返した。


「えぇ…」


「よく分からない化物にかまけて、レリーズを襲った奴を逃したらどうする? 自分がやるべきことを見失うな」


「まぁ、そっか…そうだよなぁ」


 アカツキが納得したところで、突然アリュエルが何かに気づいたような声を上げた。


「あ! ダブルさん! 明日は予選ですよ! 早く帰って眠らないと!」


「…なんの話だ?」


「いや、ほら! 空想楽園の黄金(ヴェルディライト)の予選が明日にあるじゃないです!」


「なんだそれは?」


「え? 参加するんですよね? クルーズ様が始めるトーナメントに」


「いや、そうなっているが…予選が明日? 聞いていないぞ?」


 ダブルがそう口にすると、アリュエルが途端にバツの悪そうな顔つきになった。


「あ。もしかして私言っていない?」


「聞いていないし、アリュエル君がその話をしていた記憶もないな」


「す、すみません。忘れていました」


 ダブルは別に怒るでもなく、詳しい話をアリュエルから聞き取った。


「10時からなら、特に問題はない。気にするな」


「本当に…すみません」


 アリュエルとの話が一段落すると、沈黙を守っていたフレドリックが口を開いた。


「ダブルさんもご参加なさるので?」


「ん? あぁ。あまり乗り気ではないがな」


「そうですか…でしたらもし、私と戦うことになったなら、私に勝利を譲っては貰えませんか?」


「…あなたも参加するのか?」


 ダブルは少しばかりの警戒心を持った。クルーズの話を全て信じきっている訳ではないが、可能性の1つとして、レリーズを襲った人物が優勝賞品である限定的な万能(空想の果実)を求めていることを考慮にいれているからだ。


(この男がレリーズを? 動機が分からないな。教会としてこの都市での利権を確立したいのか? しかしそれがレリーズの襲撃とどう繋がる?)


「はい。私もそのトーナメントに参加しますよ。目的は…限定的な万能(空想の果実)ですかね。それがあれば魔道具探しに役立ちそうですので」


 フレドリックはにこやかに笑った。


「それならば私が手に入れた後、そのように使っても変わらないだろう?」


「…そうですね。ならお願いします。謝礼は用意しますよ」


 あっさり引き下がったフレドリックにダブルは不安を感じた。なにかを隠していると感じるものの、しかしそれがなんなのか検討もつかない。


「それでは、私もこれで失礼しますね。殺されてしまった部下の様子を見てきます」


 フレドリックは笑顔のままダブルたちの前から去っていった。


 ダブルは抱いた警戒心を魔力の消耗による倦怠感と合わせて、タメ息として吐き出した。するとアカツキがボソリと小さく呟いた。


「なんか…疲れてそうだな」


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