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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
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 物を食べないアカツキの口撃に付き合うと、食べるスピードは非常に遅くなる。しかし今回はその時間が随分と楽しかった。


 そして殺意の芽が顔を出す。


「さて、こんな物で良いだろう。アカツキ約束は果たしたぞ」


 ダブルはアカツキへ言外に帰ることを伝えた。


「えーー? もう? まだ散策しようよ。レリーズがいるんだぞ? 最強の案内人がいるのに帰るのはもったいないよ」


 レリーズがいるからこそ。ダブルは早々に切り上げたかった。


「いいや、私は眠い。散策なら明日にでもすればいい」


 それでも駄々をこねるアカツキをどう黙らせるかと考えていると、意外なことにレリーズがアカツキをなだめた。


「アカツキ。ダブルさんを困らせるのは良くないよ。眠いのならしっかり眠らないと、翌日元気がなくなる」


「いや、まぁそうだけどさぁ…」


「わかりました。なら、私のとっておきの場所へ案内します。それでどう?」


「とっておき? ほーん? へぇ、この都市の貴族様のとっておき?」


「えぇ、この都市を作った一族のとっておきです。お喋りな通信機(テレパシーワーカー)のエデンウォーカーはもちろん、ジャンクウォーカーも案内しない場所」


 アカツキは偉そうにそれを受け入れた。


「まぁ。満足してやらんこともない」


「それじゃあ。ダブルさんもそれで良いですか?」


 拒否する理由は、ダブルにはなかった。


 風に揺られ、都市の明かりを過ぎ去っていく。トランプカーペットから見える世界は随分と綺麗だ。ほどよい満腹感と疲労感がダブルの眠気を強く刺激する。それは人ならば抗うことは出来ないだろう誘惑だ。


(アカツキは感じ取れないのだろうな。しかし…レリーズは疲れ知らずだな)


 ほとんど同じ条件下にいるというのに、レリーズはニコニコとした笑みを絶やさない。


「で? どこに向かっているんだ?」


「最高の夜景スポット。この世で最も綺麗な場所よ」


「デカイ口を叩くなあ! ここから見える景色も十分綺麗だが? 本当に俺を満足させられるかな?」


 謎に偉そうにしているアカツキへ、ダブルはなにか言うような元気はない。というよりも、レリーズと楽しそうに会話しているのを邪魔する気にはなれなかった。


(私は人と親密になりすぎる訳にはいかないからな)


 些細な約束。アカツキの代わりにダブルが人間らしい行動をし、ダブルの代わりにアカツキが他人と親密になる。軽い調子で結んだ口約束。それが知らず知らずのうちに、ダブルの中で重い意味を背負っていた。


「ほら、ここ。ここに入るよ」


 レリーズが示したのは高い塔。その塔のバルコニー。


「は? 窓からお邪魔します? マナーがなってねーぞ!」


「いいえ。この塔はこのバルコニーからしか入れないの。だからここが正面口」


 そう言うとトランプカーペットはバルコニーへ降り立った。


「この塔はね、実はこの空想拡張現実世界(ジャンクエデン)を訪れた初日にしか入ることが出来ないの。だからほとんど全ての人はここを知らない。知っていても既に入ることは出来なくなっているの」


「ほーん。なんでそんなルールがあるんだ?」


「1度しか味わえない感動というものを大切にしたかったらしいよ。私たちが作ったルールじゃないから聞いた話だけどね」


「え? じゃあレリーズは入れなくね?」


「私は特別なので許される」


「やっぱり貴族ってのは、例外ってやつの別名じゃねーか!」


 楽しげにレリーズは笑い、そして塔の中へ向けて歩きだした。


「それじゃ行きましょう。星と空想の混じるネオンの中へ」


 塔に入ると飾り気のないエレベーターだけがあった。明らかに関係者以外立入禁止という雰囲気が漂っているが、仮にレリーズの言い分が出任せだとしても、レリーズは関係者どころか、この都市の支配者だ。どんなことでも権力で押し通せる。この都市では黒も白に出来るのだ。だからダブルはなんの憂慮もなく、そのエレベーターに乗った。


 エレベーターが上昇する。そしてやがて体にかかる重みから解放され、扉が開かれる。


「おぉ…おぉぉぉぉぉ!」


 開放的な世界だった。


 世界に境はないのだと重い知らされるような広々とした空と、地上のカラフルな光。そして空の上に広がる星の川。


 暗い夜空を流れる星の光と人間の作り出した輝き、その中間にダブルたちは放り出された。


「綺麗だ」


 レリーズが手すりまで歩いていった。


「ここはね人の命と星の命の境目。私はね、ここに来る度に思うの、生きることは素晴らしいって。アカツキはどう?」


「否定できるわけがないな。人間かどうか怪しい俺でも、綺麗だと感じれるんだからな」


 ダブルはなにも言わずにそれらを眺めていた。


「ダブルさん?」


 するとレリーズが不安げに首をかしげた。


「…娘のことを思い出していたんだ」


「娘がいるんですか?」


「あぁ。私が殺してしまった」


 元々冷たく静かだったが、さらにシンと静まり返った。


「…後悔していますか?」


「既に受け入れたつもりだが、しかし永遠にそうだろうな」


 アカツキが補足をした。


「…ダブルは異能力者(スキルホルダー)って言ったろ? それのせいだよ。事故みたいなものだ」


「そうですか…」


 言葉はなにも生まれなかった。視線が交わることもなかった。


「悪いな。折角の感動を台無しにしてしまった」


「いいえ。誰かを想うことは大切なことですから。それに光を命に例えたのは私ですから」


「そうか、ありがとう」


 しばらく3人はそれぞれの想いを星に投影していた。


 1人は、すでに消えた娘のため。1人は、過去に残してきた後悔に。そして1人は…


「あのダブルさん。この空想拡張現実世界(ジャンクエデン)は今、薄氷の上に成立していることを知っていますか?」


「どういうことだ?」


 レリーズは空想拡張現実世界(ジャンクエデン)の現状を静かに話し始めた。


空想拡張現実世界(ジャンクエデン)は、私たちヤトメイズ家の魔法を拡張して作り出されていることはご存じですね? なのでヤトメイズ家の家長が空想拡張現実世界(ジャンクエデン)を想像する要になっています。そして現在、その家長の精神が磨り減っている」


「ん? なんで? 貴族生活が合わないとか?」


「いいえ。そうではないはずです」


「なぜ、その家長が磨り減っているとわかる?」


「私たちの魔法は、想像したものを限定的に作り出すことが出来ます。普通に扱う分には何の問題もありませんが、しかしこの空想拡張現実世界(ジャンクエデン)を作るためには、その魔法の力を拡張しなくてはなりません。そのため魔法の全てをコントロール出来なくなっているんです」


「暴走状態で運用してるのかよ。あぶねーな」


「返す言葉もありません。しかしそれで今までどうにかなっていたのです。家長を労り、この都市を楽しむことで、問題は起こりませんでした」


 しかし、とレリーズは雰囲気を変えた。


「しかし、今、この空想拡張現実世界(ジャンクエデン)に歪みが生まれてしまったんです。ヤトメイズ家の魔法が心という無意識を拾い、勝手にそれを作り出したのです」


「その歪みを発見したから、家長の心が危険信号を発してるって分かったのな。ケアしなよ。家族…なんだろ?」


「はい。そうしたいのですけど、家長……私の兄は私との面会を避けているんです」


「おいおいおい。いっきに嫌な予感がしてきたぞ? 理由はわかんの?」


 レリーズは首を横に振った。


「心当たりはなにも」


「私たちにどうして欲しい?」


 ダブルは傭兵としての態度を取った。


「力ずくで話を聞かせます。そのために私に協力してくれませんか?」


「力ずくぅ? なにすんの?」


「兄を襲撃します」


「フィジカル!? 言葉そのままの暴力的な手段かよ!」


 驚きに声を荒げたアカツキを無視し、ダブルは淡々と依頼内容を詰めた。


「貴族に楯突くのが依頼か…高くつくぞ」


「えぇお金のことなら安心してください。それよりも、私が言うことではないのですが…大丈夫ですか? 一歩間違えればヤトメイズ家から敵視されますよ?」


「はっ、貴族が直接やってこない限り、私は負けない」


 自惚れではない事実として、ダブルはそう宣言した。


 するとレリーズは嬉しそう笑って受け入れた。


「良いですね。最高です」


 ダブルが笑みを返す。


 その時、風も吹かぬ塔の果てで、なにかが風を引き裂いた。それはダブルの後ろから、塔のエレベーターの方から一直線にレリーズを貫く。


 白いフードを被り、顔を隠した人間。


 ダブルがそれを認識した瞬間には、その人間が持つ凶刃がレリーズに突き刺さった。


 アカツキの悲鳴が空気を切り裂く。


「ダブルッ!」


 塔の果て、空と星の境目からレリーズはその白い暗殺者と共に落ちていった。


 痛恨のミス。完全な油断。誰もいないと考え、警戒を怠った結末。


 ダブルは遅れて塔の手すりから下を覗く。


 そこからは、もう何も見えなくなっていた。


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