4
「なぁ。結構前から気になってたんだけどさ、誰も彼もが持っている。あのピカピカ光る四角い板抱えたピンク色の狐に近い可愛らしいモンスターはなに?」
「え? あぁあれはお喋りな通信機。この都市を案内してくれる……もしかして持っていないんですか!?」
レリーズが驚いた声をあげながら突然ダブルへ振り向いた。
「…? いや持っていないが…不味いのか?」
「地図機能や案内機能を持っていて、なにより、この都市での支払い全てにお喋りな通信機が必要なんです。入場してから最寄りのサポートセンターで受け取るようにとホテルでの宿泊時に伝えられる筈ですが……」
「聞いてねー。言ってた?」
「聞いていない。言っていないはずだ」
「今すぐ取りに戻りましょう。うーーん? ホテルの受け付けのミス? でもそこは厳重に厳格に、何度も何度も繰り返し教育するようにとマニュアル化しているはず……」
レリーズは進行方向を大きく変えて歩きだすと、レリーズは問題点を見つけた経営者のような雰囲気を出して、何かをブツブツと考え始めた。
しかしアカツキにはそんなことは関係がなかったらしく、普通に質問した。
「なぁレリーズ。あのピンクのマスコットの名前はお喋りな通信機でいいのか?」
「…ん? あ、すみません。考え事にのめり込んでいました。えー、ごほんそれは名前じゃないよ。お喋りな通信機というのは厳密には道具の名前、マスコットの名前は別で、エデンウォーカーと言うんだ」
「ほーん。空想拡張現実世界の案内役としては良い名前してるな」
「今日はもう案内役はいるから案内機能は使わないけれどね」
茶目っ気たっぷりな笑顔を作ったレリーズに、ダブルとアカツキは、「そうだな」と同意した。
「レリーズさん。あなたは支払い全てにお喋りな通信機が必要だと言ったが、なぜだ? 空想拡張現実世界の中では現金は使えないのか?」
「緊急時には使えるけれど、それ以外では基本的に使えません。理由は空想拡張現実世界が楽園を想像した場所だからです。楽園で現金が行き交うのはあまり美しくないでしょう?」
「理解した。美学というものか」
「ええ。理解してくれて助かります。着きました。あそこで受け取れます」
レリーズが指を指した先には、外壁のないホテルのフロントのようなカウンターがあり、解放感の中に数名のスタッフが笑顔で立っていた。
「ダブルさん。ホテルの部屋の鍵は持っていますか?」
ダブルがコートの内ポケットから鍵を取り出すと、レリーズは頷き、「その鍵が引き換え券として機能します」と説明した。
「そうか、それでは行ってくる」
カウンターでダブルがお喋りな通信機について訊ねると、レリーズの言った通りに部屋の鍵の提出を求められた。
「お喋りな通信機についての説明はお聞きになられますか?」
鍵の提出後、少し待ち時間があるらしく、その間にダブルはお喋りな通信機の説明を受けた。結果、レリーズの言ったことに間違いはなかった。ただ、それの詳細を知れただけ。
お喋りな通信機に現金を食わせると、その食わせた現金がお喋りな通信機の中で保存される。そして買い物にその保存された現金を使うということだった。当然、保存された現金は使えば減る。
ダブルは現金を数字として保存する仕組みは、教会が作った預金システムに近いと感じた。ただ、教会の預金システムとは異なり、その数字での支払いが可能ということと、教会が発行している神託共通貨幣以外も食わせることが出来るということだ。
(知るほどに便利なものだが…食わせた金はどこへ行くのだ?)
受け付けの女性は、その数字は空想拡張現実世界の中でしか使用できないことと、もし数字が残ったまま空想拡張現実世界を後にする場合、ホテルのチェックアウトの時にその残った数字のお金が返ってくることを説明した。
「鍵を失くされますと、お客様が使用したお喋りな通信機が特定できなくなるため、決して失くされませんようにお気を付けてください」
空想拡張現実世界においての鍵の重要性を強く感じた所で、ようやくお喋りな通信機本体と提出した鍵が返ってきた。
ダブルはホテルの鍵をコートの内ポケットに仕舞い。お喋りな通信機を持ってレリーズたちの元へ戻った。
「アカツキ。ダブルさんが帰ってきたよ」
「おー。早くそれを見せろ」
ダブルは光らない黒い板をアカツキへ見せた。
「なんだが、見た目が違うような気がするが…」
板にくっついているのは、ピンク色の狐に近い可愛らしいモンスターではなく、黒みがかった性悪そうな笑みを浮かべた狐だった。
それを見て声を上げたのはレリーズだった。
「あ、それは! ダブルさん運が良いですね! それはジャンクウォーカーです。空想拡張現実世界で3体しかいない特別なお喋りな通信機ですよ!」
「ほう。レアなのか。試しに起動してみるか」
ダブルが魔力を流すとほとんど同時に、レリーズが、「あっ」となにか言いかかけた。一抹の不安を感じとるも、時既に遅く、お喋りな通信機は光を灯した。
「ぎゃはははは! 喜べ、幸運な快楽中毒者のジャンキー! 俺様は飛びっきりの案内人だぜ! お上品なエデンウォーカーじゃあ絶対に案内しない場所へ連れていってやるよ! ぎゃはははは!」
高音のダミ声が響いた。
「うっさ!」
「これが…レア?」
レリーズが頭痛を堪えるように頭を抱えた。
「ジャンクウォーカーは初めましてのお客様には絶対に向かないんですよね…」
「あーー。普通に飽きるほどに、この空想拡張現実世界を浴びすぎた人間には、逆に変なのが刺さっているのか…?」
アカツキの言葉に、レリーズは曖昧な笑みを浮かべた。
「ダブルさん。もし耳障りでしたら、取り替えることが可能ですよ」
「絶対にそれ、ジャンクウォーカーのことが嫌いなやついるじゃん」
「いや、遠慮しておこう。折角のレアだ。取り替えるのは惜しい。それに黙らせることは出来るのだろう? 持っておくとする」
「そうですか…もし、もし気が変わったら、お喋りな通信機を起動して、サポートセンターへ電話をしてくださいね。すぐにスタッフがダブルさんの元までやってきますので」
「サポート手厚っ! 絶対になんか事件あっただろ」
アカツキの言動をレリーズは黙殺していた。
「あぁ分かった。それと…いい加減にあの腹ペコドラゴンを探しに行かないか?」
「えぇ、そうですね。安心してください。トランプカーペットはすぐそこですから」
「都合の良い耳をしてるなぁ…」
それから歩いて3分ほどで、巨大なトランプカードの束が縦に並んだショップに着いた。
「さて、ダブルさん。1枚引いてみてください」
「引く? 人間が持てる大きさではないが?」
「ああ。手を触れれば良いんですよ」
「なるほど」
ダブルは巨大なトランプの前に立ち、それを見上げた。
(もし倒れてきたらと考えずにはいられないな)
支えもなく直立している巨大な紙束の前に立つと、どうしても不安に駆られる。
そんな気持ちに首を振り、ダブルはトランプに触れた。すると、トランプの束の中から1枚、上へ飛び立った。やがて空からそのトランプが降りてきて、ダブルの目の前で横に倒れた。
「ハートの7か、まぁ普通だな」
「さ、乗りましょう」
「トランプに乗ってドラゴンに会いに行くってファンタジー感あるな。サイコー」
ダブルとレリーズがそのトランプカーペットの上に乗ると、トランプカーペットはゆっくりと地面から浮かび上がった。
「ダブル。乗り心地どんなもん?」
「フローリングの上に敷いた布団のようだ。柔らかさの中に硬さがあって、トランプカードの見た目をしているが薄っぺらな感覚はしない」
「不安定じゃないのか? 風とか危なくないか?」
「ふっふー、安全性に気を遣っているから大丈夫だよ。実は目に見えない壁があって空を飛んでいる間は、トランプカーペットから落ちないようになってるんだ。だから立ってても平気」
「らしいぞ」
「へー。心配ご無用ってことか。にしても、いいなぁ! 都市を丸々1つ使った超巨大テーマパークの夜景を、上から見下ろすのは最高だ!」
トランプの下では、色とりどりのカラフルな明かりがそれは楽しそうに動き回っていた。遠くのほうで、手足の生えた自販機がブレイクダンスを踊っており、別の場所では1つ目の巨人が花束を抱えて地上を闊歩している。
「お、ピックアップいる!」
「気になる物を探しましょう。ダブルさん」
食欲をそそる看板の数々は、ダブルをそう易々と離そうとしない。3人は看板ドラゴンの周りをトランプカーペットに乗ったままグルグルと回遊する。
「お、アイスあるじゃん」
「嫌だぞ。夕食がアイスというのは」
「わかってるよ。デザートだって」
アカツキの自分も食べるような物言いに、レリーズが首をかしげた。
「?アカツキは食べられるの?」
「無理だけど? ダブルが俺の代わりに食べるんだ。あれは? レインボーカラーゲー!」
「人の食事を勝手に選ぶな」
「だって決めるの遅いし……決められないならレリーズのオススメを聞こう」
「あー。私は…その、バーガーフルスロットがオススメかな」
貴族もハンバーガーを食べる。しかし、どこかレリーズは恥ずかしそうにしていた。
「バーガーか悪くない。それにしよう」
「貴族もハンバーガーを食べる! レリーズってジャンクフード好きなのか?」
「なんでも好きだけど…まあまあね」
「絶対好きだろ」
都合の良い耳をしているレリーズには、アカツキの言葉は届かなかった。
それから空の上で風に当たりながら、ダブルたちはそのハンバーガー屋を目指した。そして空の旅は快適で、なんの障害もなくバーガーフルスロットの看板の前に着いた。
「なに…このパチンコ感」
「…店を間違えたか?」
ダブルとアカツキはただひたすらに困惑していた。なぜなら店内の様子があまりにも飲食店とはかけはなれていたいたからだ。
店内に入ると一番初めに目に飛び込んできたのは、向かい合ったスロットマシンだ。そしてそのスロットマシンの先にテーブル席が見えた。
「ここであってるよ。やっばり初めてくるとそうなるよね」
ダブルとアカツキの反応をレリーズは笑い。それから説明を始めた。
「この店では食べるハンバーガーを自分で選ぶことが出来ないよ。スロットマシンを回して出たメニューを食べるしかない」
「なんじゃそりゃ」
「完全にランダムなのか?」
「それは大丈夫。ここにあるスロットマシンは、1台1台出るメニューが決まっているから、食べたいメニューが固まっているスロットマシンを回せばいいよ。ちなみに、日替わりもあるし、数量限定も存在している。その上裏メニューまであるから、私もまだすべてのバーガーを食べたことはないの」
「なかなか面白い」
ダブルはスロットマシンの群れに踏み行った。それから気分じゃないバーガーが存在しないスロットマシンを発見した。
お喋りな通信機での決済方法をレリーズから学び、ダブルはスロットマシンのレバーを引いた。
3つのバーがくるくると回り出す。ボタンを押して止めるようだが、目押しなどしたことない。それでもダブルは持ち前の反射神経を駆使し、7を揃えることができた。
「え? 凄い! 7は基本的に揃わないのに!」
「そうなのか?」
スロットマシンの仕組みをレリーズから教わったダブルは、自分の幸運に感謝した。
「たまたま当たるタイミングだったのか。それでこの券はなんだ? メニューが書かれていないぞ?」
「それは…なんだろう。私も知らない」
「そうか、いるか?」
「自分で揃えるから良いの!」
好意からそう申し出たが、レリーズは意地を張り、自分でスロットマシンに手を掛けた。そして見事に項垂れた。
テーブル席で向かい合ったダブルとレリーズはお互いに自分のバーガーを口に運んだ。
「なんというか、唐揚げバーガー? とでも言えば良いのか? 揚げた肉の食感がザクザクしていて、とてもハンバーガーを食べているとは思えない。ソースも酸味とコクがあるのに、ドロドロしておらずしつこくない」
ダブルはアカツキに伝えるために食事の感想を普段と同じように口にした。しかし反応を返したのはレリーズだった。
「へぇ…興味がわくなぁ……そのうち私も当てよ」
どこまでも前向きだと感心すると、アカツキが口を開く。
「にしても、今日のダブル運が強くないか? ジャンクウォーカーもそうだし、レリーズと遭遇したのもさ。明日振り返しがありそうで怖え」
「まあ大丈夫だろう。気を付けていれば問題など起こらない」
「じゃせいぜい気を付けてくれよ。巻き込まれたら目も当てられねー。俺はこの空想拡張現実世界を何事もなく普通に楽しみたいんだ」
「ここでの普通は外から見たら異常だぞ」
「屁理屈を言うなっ! 早く食え!」




