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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
32/54

 自己紹介を受けて、改めてダブルは目の前の少女を凝視した。


 身長は160より小さめ、青と緑の境のような美しい毛並みを除けば、そこにいる少女は、どこにでもはいないが、探せば見つかる美人といったものだ。特別な気配はない。


「なぁダブル。今からでもキャンセル可能?」


 アカツキが弱々しい態度を見せた。貴族と知って萎縮したのだろう。


「なにを今更言っている? やると決めたならやるべきだ」


「意思が固いよ!」


 アカツキの泣き言を黙らせてから、ダブルはレリーズに向き直った。


「失礼。まさか貴族様だとは思わなかった」


「ここは観光都市ですよ。貴族様なんていうのはやめて、ただのレリーズとしてお話しませんか?」


「それが許されないならば、私はあなたの案内をキャンセルしている」


 ダブルの態度は貴族に向けるものではない。一般的な貴族ならば不快感を覚えずにはいられないはずだ。


 しかしレリーズは立場を明確にするための傲慢な言葉を口にせず、ただダブルの言動を嬉しげに受け取っていた。


「それじゃ、私もそうするね」


 レリーズはすぐに丁寧語を取り払い。子供のように無邪気に笑った。それから、コホンと息を整えて言った。


「改めましてようこそ、空想拡張現実世界(ジャンクエデン)へ。ここでは想像だにしない現実が飽和していて、その上、その空想は増え続けています。きっと飽きる暇なんて一欠片もありませんよ」


「それはなんとも、目が回りそうだ」


「大丈夫。任せて。私は案内人の中で最もこの都市を知り尽くしているわ。でも気を付けて、この都市のことを1つを知ったとき、知らないことが2つ増えることが良く起こりますから」


 屈託ない笑顔を見たからか、怯えていたはずのアカツキが案内人に疑問を投げた。


「レリーズさん。そんな時はどーすんの?」


 するとレリーズは指を3本立てて言った。


「3つ知ればいい!」


「なんつーパワープレイだ!」


 自信満々なレリーズを見たからか、アカツキの調子が戻ってきた。


「はは、アカツキさんは力ずくは嫌い?」


「マジカルみたいな都市の攻略法がフィジカルだとは思わなかったよ。あと『さん』はいらない。アカツキでいいよ」


「そう? なら私もレリーズでいい。ダブルもそれでいい?」


 流れるようにレリーズはダブルとの距離を詰めた。


「いいや。私は断る」


「いや、おい!」


 ダブルはアカツキの怒りを素知らぬ顔で聞き流す。


「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしすぎましたね」  


 レリーズは明るい雰囲気を一転させて、少しだけ悲しそうに距離をおいた。


「すまないが、私にはあまり近づかない方がいい。私は異能力者(スキルホルダー)で、人と親密になるとその人に不幸を呼ぶ。案内ならアカツキに話してやってくれ。ここに来たがっていたのはコイツだ」


 視線が少し下へ落ちたレリーズへ、ダブルはアカツキを鞘ごと渡した。


「え?」


 困惑した様子で、レリーズはアカツキとダブルを交互に見た。


「どうした?」


「その…アカツキはとても貴重ですよ? 私に預けるのは───」


 貴族からしても、喋る魔剣という物は見たことがないようだったが、しかしダブルの意思は固い。


「せめてもの誠意だ。受け取ってくれ」


「ごめんねー。どんな異能力なのかは言えないけど、人と仲良くなりすぎたら不味いことになっちまうんだ」


 しばらく迷った後、レリーズはアカツキを受け取った。


 それから一同は、アカツキの出発の掛け声と共に歩きだした。


「俺って重くない? 大丈夫?」


「全然平気。というか少しだけワクワクしてる。剣をもつことなんてあまりないから」


「まー確かにレリーズは荒事とは無縁そうだ。俺もそうなんだよね」


「傭兵の仲間が荒事と無縁だ、なんて白々しいよ」


「ほんとほんと。ん? あれはなんだ? 看板ドラゴン?」


 ダブルは視界を回し、やがて自分の頭上、空の上にアカツキがレリーズに訊ねた存在を発見した。


 それはアカツキの言ったまんま、飲食店の広告看板の集合体で作られたドラゴンだ。


「あれは広告龍ピックアップ。13000ものお店の広告が日替わりで切り替わるの。ファンは広告龍を見て、その日の食べ物を決めたりするよ」


「超贅沢な日替わり定食か? 結構いいじゃん。俺はかなり好き」


 アカツキがそう言うと、レリーズがどや顔で言った。


「あのドラゴンを作ったのは私。6歳の時にお兄様と作ったの」


「は? 凄っ! 6歳で宣伝広告について理解してるとか天才過ぎるだろ」


 ダブルも言葉にはしないが、アカツキの意見に同調した。


 するとレリーズは、空を泳ぐ天才的なドラゴンの詳細について語り始めた。


「まぁ実はその時、私の食い意地が強くて、飲食店の広告を見ることが好きだったの。それを写真にして集めていたのだけれど、ある時、お兄様の部屋で大きなドラゴンの模型が目に止まって、当時の私は、お兄様の好きなものと私の好きなものを一緒にしたら2人で楽しめると考えたのよ。それがあの広告龍。あのドラゴンは私の食い意地から生まれたの」


 頬を書きながらレリーズは恥ずかしさと笑顔を同居させていた。


 アカツキに笑った。きっと口があったなら、大口を開けていたに違いない。そう思わせるほど豪快に笑った。


「最高過ぎるだろ! あのドラゴンがもっと好きになっちまったじゃねーか! なぁダブル! お前の飯はあの食い意地から選ぶのはどうよ!」


「悪くない…むしろ良い。しかし遠すぎるぞ、どうやって空まで行く?」


「大丈夫ですよダブルさん! トランプカーペットに乗りましょう!」


 ダブルはトランプカーペットという物の名前は初めて聞いたが、しかしなんの名前かはすぐに分かった。


「あれは乗るでいいのか? 運ばれているという方が正しいのではないか?」


「半分はそう。でも行き先を選ぶのは乗り手。あのトランプカーペットにマニュアル操作は似合わないでしょう?」


「アレにハンドルついてたら嫌だな」


「まぁそれもあるけど、手動で操縦して事故でも起こされたら、観光都市としてはとても困っちゃうからというのもあるけどね」


 レリーズは屈託もなく笑って、自分に着いてくるようにとダブル言った。


 先を歩くレリーズが、いったいどこへ向かうのかはわからないが、少なくともトランプカーペットに乗るという目的はハッキリしているため、ダブルは特に危機感も抱かずにレリーズの隣に並んだ。


「ん? レリーズ、あれはなんだ? あの楽器人間」


 広間の中心にある台地のような舞台上に、タキシード姿の執事然とした人物がいた。


 首から上がギターの人間。それを人と言うには少し無理があるとダブルは思ったが、楽器と言うにはあまりにも人間過ぎる。


 そんなギター人間が、舞台上の中空に浮かぶピアノなどの楽器と共に、それは大層透き通った声で儚げな歌を歌っていた。


(ギターのくせに、嫌に優しい歌だな)


「あれはエレクトロ=ニックスさん。普段は落ち着いた優しい歌を歌うけど、極々まれに、自分を弾いて激しいロックを歌い始めるよ」


「なにそれ見たい!」


 自分を弾きながら歌を歌う。ダブルはその姿を全くこれっぽっちも想像できず、アカツキと同じように強い興味をそそられた。


「想像できないな。腕が届くようには見えない」


 ダブルがそう口にすると、レリーズは少し驚いた顔をしてダブルを見つめた。そしてそれから少しだけ含みを持たせた笑みを浮かべた。


「少し待っててね」


「ん? なにしようとしてる? なぁ、なにをしようとしてる?」


 アカツキが何かを察したように怯え始めた。


「ん~? 大丈夫だよ。ちょっとニックスさんとお話してくるだけだから」


 優しく宥めるようにレリーズはアカツキへ微笑んだ。


「ダブルさんはここで少し待っていてくださいね。すぐに戻りますから」


 ダブルはレリーズが貴族の力を使うのだと察して、この場に留まることを約束した。


 それから舞台に近付いていくレリーズの後ろ姿を眺めていると、やがてあのギター人間、エレクトロ=ニックスがレリーズの方へ歩み寄っていった。


 遠くからでは何を話しているのかは分からない。そのため表情から想像するしかないが、残念ながらダブルには顔がギターの友人などいない。そのためエレクトロ=ニックスからは、顔がギターであるということしか読み取れずにいた。そしてレリーズは背を向けているためその表情を窺い知れない。


(まぁ…圧力をかけていることには変わりがないか)


 時間にして5から6分ほど、それで話は終わったらしく、レリーズは満面の笑みを浮かべながら、ダブルの元まで戻ってきた。


「ヤバイ! ヤバイ! 貴族って怖い!」


 語彙力を喪失したアカツキを目にして、ダブルは自分の考えが外れていないことと、エレクトロ=ニックスのロックが聞けることを確信した。


「なにをしたのかは…聞かないでおく」


「なにやら勘違いされてるようですけれど違いますよ。ニックスさんの方からロックを聞いてほしいと仰ったんですからね」


「こわい!」


 同意見だった。


「そうか、楽しみだ」


 ダブルは諦めに近い感覚で気持ちを切り替えて、本心からそう口にした。


 するとレリーズは楽しそうな笑みを返した。


「新曲らしいので私も楽しみです」


「え? 俺だけ? もしかして俺だけ世界違う?」


「アカツキ、さっさと切り替えろ。自分でここに来ることを選んだのだろう? せめて良い案内人に出会えたことを喜べ、失礼だ」


 どんな形にせよ、誰かのために力を振るった者は讃えられるべきだ。


 ダブルにはそんな傭兵らしい考え方が根幹にあった。そのためアカツキへの言動には少しばかりの非難を含まれていた。


「うっ…それはとてもありがとう。ごちゃごちゃ言ってごめん」


「いいですよ。楽しみましょう? ここは楽しむ場所だから」


 それは実にこの都市の支配者らしい言動であり、ダブルは深い納得感を覚えた。


(あまり貴族らしくないと思っていたが……考えを改めるべきだな。彼女はなによりもこの都市の貴族だ)


 やがて舞台上でエレクトロ=ニックスが、自分の頭であるはずのギターを当たり前のように外し、肩に担いでからそれを激しく弾き始めた。


「いや、ギター外せるのかよ」


「ではないと手が届かないじゃない?」


「いや、その状況で歌えるのかよ。つか上手っ」

 

 その顔無しは、綺麗な歌声で先ほどの儚げな歌とはまるで正反対な力強い旋律を響かせ、見るもの全てを黙らせた。見た目の奇抜さ、異常さから無理やり意識を奪い取り曲を賞賛させる。その姿はまさにロックスターだった。


 ダブルはもちろん、アカツキもレリーズも、それ以外の観客全ても異議を唱えることはなく曲が終わった。


「ありがとう。今日、この時に、この新曲、エレガガーデンを弾けたことを僕も嬉しく思うよ。これからもよろしく!」


 なんの効果音もなく、買い物袋を持つような気軽さで頭にギターを戻したエレクトロ=ニックスは嬉しそうな様子で手を振った。その一瞬。エレクトロ=ニックスが自分たちへ目を向けたのをダブルは感じた。


 ダブルが顔のないエレクトロ=ニックスの視線を感じ取れたのはレリーズのお陰だ。なぜなら、そもそもその視線はダブルではなく、レリーズへ向けた筈だからだ。その視界の中にたまたまダブルも入っていただけだ。そして単純な先入観もあった。貴賓に対してそういう行動をするであろうという先入観が。


「有無を言わさず。だな」


「マジカルの攻略法がフィジカルだってことを強く感じた。楽しむことを深く考えたらいけねーんだな。力業を食らってよーく分かったよ」


 ダブルとアカツキは各々の感想を口にした。


「エレクトロ=ニックスさんには、ファンが増えたことを伝えなくてはいけませんね」


 レリーズは上機嫌に再び歩きだした。


「いきましょう。ダブルさん。私もお腹が空きました」


「あぁ。そうだな」


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