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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
2章 黎明前夜
30/54

 たとえ間違っていても、取り戻したいものがある。




 ◇




 下ろした黒のロングヘアーを揺らしながら、ダブルはアカツキに淡々と答えた。


「この世界で最も賑やかで、楽しい場所だと言われている所だ」


 エレガリオル。狐の耳とモフモフの尻尾を持つ種族。尾のビークスのフェリオンが作った国であり、6つの大貴族による議会によって運営される国家。フェリオンが主だって打ち立てたため、国内人口の種族はフェリオンに大きく片寄っている。


 ダブルとアカツキは、その国家を構成する6つの大貴族の内、ヤトメイズという貴族が治める大都市、ヤトメイズ・リアルトゥーベという都市にいた。


 この大都市は世界で最も騒がしく、奇妙で、荒唐無稽で、訪れた者の評価がハッキリと二分される不思議な都市だ。


 好評をした者は、何度も何度も繰り返し訪れては、好きなように楽しんで名残惜しそうに帰っていく。


 逆に批評した者はどうかと言うと、不思議なことに、好評した者たちと同じように何度も何度もこの都市へ足を運んで、そしてレベルの高いツンデレのように、悪態をつきながらも、決して都市やそこで楽しんでいる他の人々迷惑を掛けずに帰っていくのだ。


 評価はハッキリ二分されるが、しかしどちらともこの都市から離れることが出来なくなってしまっている。耐え難い魔力を持った都市。人食いの都市。


 ヤトメイズ・リアルトゥーベの所属はエレガリオルあるが、連合王国の首都と引けをとらぬほどに、様々な種族が入り交じっている。そして純然たる事実として、この1都市だけでエレガリオルの種族分布を大きく書き換えている。


 フェリオンではないが、エレガリオルを生まれ故郷であるとする者の10人中9人がこの都市の出身だと断言できる。


 移住に際して当然のように厳しい条件が敷かれているが、それでもこの都市に根を下ろすことを望むものは増加の一途を辿っている。


 そんな話をダブルはアカツキへ話して聞かせた。


「ほーん? ま、どーりでお土産屋さん的なのが多いわけだ」


 都市の中核へ続く大通りをダブル達は歩いているが、どこへ目を向けても観光目的と思われる人々が目に映った。


「あの変なスマホ見てーなのはなんだ?」


「すまほ?」


「あの、ピカピカ光る四角い板だよ」


 アカツキが言いたいものは直ぐに見つかった。


 それはピカピカ光る四角い板抱えたピンク色の狐に近い可愛らしいモンスター。


「あぁ。マスコットだ。たしか名前は……忘れた」


「忘れんなよ!」


「仕方ないだろう。私も初めて来たのだ」


「え? あんなに自信満々だったのに?」


 アカツキが少し驚いたような声音を発した。


「今まで出会ったほとんどの人物が、この世で最も賑やかな場所だと言っていた。きっと期待に答えてくれるはずだ」


「他人の評価を鵜呑みにして。さも行ったことありますよって顔してんじゃねーよ!」


 ダブルが、アカツキの楽しい場所に連れていけ、という要望に自信満々で答えた結果が、このヤトメイズ・リアルトゥーベという都市だった。


「私が観光都市などに興味を示すと思うか?」


「ですよねぇ…。ま、クチコミ評価はやたら高いらしいし、せいぜい期待しようかな」


 ごちゃごちゃと話していると、やがてダブル達の前には目的の建物があった。


「でっけー。宮殿だろ。巨人でも居るのか?」


 ダブルは目の前の宮殿の扉を見上げた。高さ800メートル。気圧されるほどに巨大な門扉は、しかし排他的といえる雰囲気とは無縁であり、荘厳な佇まいは歴史の重さを感じさせつつも、人の往来に対しての圧力は微塵もない。


「聞いた話によると、このホテルは壁の役割も兼ねているらしい」


「ホテルウォール? あったま悪そー」


 このヤトメイズ・リアルトゥーベの最も特徴的な点は、都市の中心を大きなホテルがドーナツ型に囲っていることだ。


 ホテルの名前は、エデン。この都市の魔力を漏らさないための鳥籠。


「あ、つか、待って! 荷物検査でカツアゲされたらどーしよう。俺剣なんだけど!」


 観光都市にとって事件はご法度だ。事実この国は犯罪者に恐ろしく厳しい。軽い窃盗で処刑されたりするほどだ。


「そうなったら帰ればいい」


「は!? 俺らお土産眺めに来ただけ?」


「最悪そうなる」


「バカがよ!」


 ダブルにとって、別にここに来る必要はなかった。ただ、アカツキが楽しい場所に行きたいというから来ただけで、都市の魔力とやらには興味を持っていない。つまり、アカツキが入場できないのならば即座に帰れる。


「なに、剣ぐらいならば持ち込んでも問題はないだろう。護身用だと言っておけばいい」


「それで許されるのかぁ?」


「この都市の中央。ヤトメイズ家が自らの魔法を元に作り上げた空想拡張現実世界(ジャンクエデン)では、なにが起こっても死ぬことはないそうだ」


「なにそれ?」


 胡散臭いと思いつつも、ダブルは聞いた話をそのまま伝えた。


「なんでも、死という現象を空想だったとして処理するそうだ」


「は!? 辞めな!? 死人は居ません。計算しませんから。みたいなこと言うの辞めな!」


「いや、そういうのではない。なんというか……死に瀕すると別の場所に転移して、その時の傷や痛みの全てを消し去るらしい」


「なにその…最強のセーフティーシステムなに? どーやってんの?」


「ヤトメイズの魔法らしい。古代から存在し続けている大貴族らしくデタラメな力だ」


 アカツキは呆れ果てたような言葉を吐き出した。


「はぁ…なんてこった。魔法があまりにも魔法過ぎる。そりゃ魔道具を魔法扱いしない理由も分かりますわ。火を起こすだけだもんな。ヤトメイズ様の魔法は死すら無効化するんだからな。は~…たわけ」


「貴族といっても、その身に宿す魔法の力には差がある。例外だと思っておけ」


「絶対その『例外』って奴はうじゃうじゃ転がってるだろ…」


「なぜそう思う?」


「だって貴族ってのが、そもそも例外って奴の別名だろ」


 ダブルはアカツキの言い分に感心した。


「相変わらず面白いな」


「おい~。人を珍獣みたいに言うの辞めな?」


 アカツキの言い分にダブルは首をかしげた。


「そもそもアカツキは人でもなければ動物でもないだろう?」


「おい~! 本気で言ってたらぶっとばすぞ!」


「冗談だ」


「カス人間が!」


(しかし人間を自認する剣という現実は変わらない…)


 だがしかし本人が人だと言うのだから人として接するべきだろうと考えて、ダブルは友人として謝罪した。


「悪かった」


「魚を食え」


「それは断る」


「どうして…」


 謝りはするが要求は聞かない。というよりもなぜ、アカツキがそこまでして魚を食べさせようとするのか、ダブルには全く理解できなかった。


「ほら、もうそろそろ黙ってくれ」


「なぜ? 盗人とかおらんやろ。それに盗んだ道具が自分から盗まれたと喋り出すとか…盗むには適さなすぎるだろ。盗まれねーって」


 これだ。とダブルは思った。


 アカツキは自分を人間だと何度も何度も口にしているが、しかし時折自分のことを物、道具として扱うのだ。


(ダブルスタンダードにもほどがあるな。自覚があるのか?)


「? どしたー? 魂抜けたー?」


「あ、あぁ。少し考えごとをしていた。そうだな。アカツキが黙りたくないのならば、好きにしろ」


「ウェーイ。俺のアイデンティティー。唯一の取り柄を守ることに成功したな」


「唯一の取り柄?」


「お喋り!」


 自信満々なアカツキにダブルは困惑した。


「誰でもできるぞ?」


「俺は剣だぞ!」


 勢いよくそう言い放ったアカツキに、ダブルの思考と口が一体化した。


「人じゃなかったのか…?」


「人間だ!」


「…どちらかにしろ」


「必ず片方を選ばないといけないんですか!」


「普通の人間には剣である選択肢はない」


「そんな…っ! 俺が特別ってコト…?」


「…へし折りたいな」


 ケラケラと笑うアカツキを見て、人なのか剣なのかと真面目に考えることが馬鹿馬鹿しくなってきたダブルは考えることを辞めた。


 そして開かれた大きな門扉を越えて、壁と錯覚するほどの宮殿へ足を踏み入れた。


「中も広っ!」


 アカツキのシンプルな感想の通りに、そのホテルの内部は広かった。


 天井は見上げると首が疲れるほどに高く、壁面には様々な絵画が掛けられている。


 しかしその絵画たちは悪い意味で目を引いた。そこには統一性など微塵もなく、写実派、印象派、抽象派など、絵のタッチからして異なる物が適当に乱雑に並んでいた。当然のようにジャンルが違う物も一纏めにされており、空想上のバケモノの絵の隣に、花のように可憐な少女の絵があったり、砂漠の絵の隣に、魚の魚拓のような絵が並んでいたりした。


「絵についてあんまわかんねーけどさ、なんというか……めちゃくちゃだな」


「私も絵画について知らないが、一つ一つに金が掛かっていることは分かる」


「絵画好きが見たら発狂するんじゃないの?」


「それは分からないが、少なくとも私はあまり見ていたくない」


「同意するわ。あ、でもあれはいいな。枯れ木のバケモノ」


 アカツキが口にした絵画を見つけることは容易かった。それは混沌とした世界に相応しいバケモノだったからだ。


 黒く枯れた大樹に黒と灰色のツタが絡み合っている。服を着た人間を模したようで、うねった枝は今にも動きだす迫力と不気味さがあった。しかしその絵画の最も目を引く点は、1つの黄金のリンゴだ。そのリンゴは黒と灰色の世界の中で、唯一色彩が鮮やかだ。しかしその鮮やかさが逆に恐ろしい。なぜなら、その黄金のリンゴから真っ赤な液体が滴っているからだ。


「失敗作の楽園。観光都市でそんな名前の絵画を展示するセンスには舌を巻くな」


「展示場なら悪くないんだろうけど、楽しい場所には不釣り合いだなぁコレ。ワクワク感が減衰するよ」


 ダブルとアカツキがバケモノへの感想を口にしているとき、不意にダブルの隣に1人の男が並んだ。


「そうかな? 明るい世界には影が必要だと思うけれど?」


 金色の髪に金色の瞳。金を基調とした豪華な服装に身をつつみ、腕には同じく黄金の輝きを放つ時計が巻かれている。男は絢爛豪華の具現化とも言える存在だった。だからこそ、男の被るキャスケット帽が目立つ。


 その帽子は豪華さとは無縁であり、それどころか豪華さの対極に位置するとまで思えるほどに貧相でボロボロな帽子だった。


「…影に惹かれる存在は、このような都市に足を踏み入れたりしない」


 ダブルは男への質問はせずに、絵画について意見を述べた。


「いいえ。そんなことはありません。みんな心の何処かで自分を滅茶苦茶にしてくれる存在を望んでいるはずです。光が光として存在できるのは、光によって産み出される闇…影が存在しているから。決して光だけが全てではありません」


「海に憧れる鳥には、その海に抱かれる運命しかない」


「そうですね。ですが夢を望んだ果てなのだから、きっと間違いではないはずです」


「だがこの影は夢とは言い難い。黄金のリンゴは既に死んでいる」


「それでも、それがほしい人も居るのですよ。君もそうなのでは?」


 男が初めてダブルを窺うように顔を向けた。


「口には合わなかった」


「そうですか…。名前をお伺いしても?」


「ダブル」


「そうですか、初めてましてダブルさん。私は…エルドリアです。以後お見知りおきを」


 エルドリアは踵を返してホテルの内部へ消えていった。その後ろ姿を目にして、初めてダブルは男が黄金の爬虫類の尻尾と鳥の羽を持っていることに気付いた。


「なぁ。ダブル。あのエルドリアさんって種族なに?」


「…分からない。蛇と翼。もしかしたら希少種族の生き残りかもしれない」


「ふーん。それにしても、目に眩しい人だったな」


 ダブルはアカツキに、そうだな。と返事をしつつも、その眩しさに何処か頼りない印象を受けた。


「まぁ…いい。私たちは私たちの目的を果たそう」


「イエーイ!観光!観光!観光!」


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