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ダブルテイル・ブラックウルフ  作者: 甘味感
1章 迷い狼
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 荒野の緑地から距離を取り、完全に見張りから見えなくなった所でダブルテイルは魔動車を停止させた。


「ん? どうした?」


「いや、今日はここで車中泊だ」


「はぁ? こんな荒野のど真ん中で?」


「慣れている問題はない」


 魔動車の全ての窓をほんの少しだけ開き、外の音と気配を拾えるようにした。


「いやいやいや。風呂は?」


「1日程度なら別に」


「1日? 嘘つけ! 昨日、俺と初めて会った日も風呂に入ってなかったろ!」


「ん? あぁ。一応奴らの拠点だったのでシャワールームはあったぞ」


「え、あぁそう。……じゃなくてさ、風呂に入れよ。つーか街で一泊すれば良かったじゃないか」


 正論ではあるが、効率的ではない。


「時間の無駄だ」


「風呂キャンセル界隈!? なんてこった、異世界でも…いや、異世界だからこそか? いや、時間の無駄と言ったな。性質的に風呂キャンセル人間だな、環境のせいじゃないな」


 いつものようにブツブツとわけの分からないことを独りごちるアカツキを目にしつつ、ダブルテイルは当然の疑問を口にする。


「アカツキ。普通は食事が寝床についての質問が先になると思うんだが…それらを差し置いて風呂のほうが大事なのか?」


 アカツキは黙った。それから愕然とした様子で呟いた。


「………俺、人間じゃ……マジか…」


 なにか悪いことを言ったような気分になり、ダブルテイルは謝罪の言葉をアカツキにかけたが、アカツキは問題はないと力なく笑うだけだった。


 諦観。


 それはダブルテイルにとって馴染み深く、忌々しく、理解できるものだ。


 あぁ。そうか、別の世界の人も同じなのか。


「生きづらいな」


 無意識にそう口にでた。そしてすかさず、その無意識にアカツキは同調して笑った。


 剣と仲良くなるなど想像にもしなかった。




 ◇




「またそれか? ダブルって偏食なのか」


 ダブルテイルは昼に食べた物と同じもの、つまり白シチューを口にしていた。


「今回は野菜を混ぜたが?」


 今回はジャガイモではない野菜類を混ぜた。その野菜は意図的に乾燥させられており、食べ物としては最悪と言わざるを得ない。こんなものを食べるのは余程の変人か、野菜不足による栄養失調をおこしかけたバカぐらいのものだ。だが、その乾燥してパリパリした食感もシチューに混ぜてしまえば生き返る。いや、余分な水分がないためシチューの味に影響を及ぼさないという点を鑑みると、もはやこの為だけに存在していると断言してもいい。


「いや、シチューから離れろって」


「なぜだ? 栄養も量も満足度も高く、創意工夫する余地も多い。なにより効率的だ」


「ロボットじゃないんだからさ。人間性は食事から始まるって知らないのか?」


「豊かな食事が心を満たすということか? 悪いが私はこれで満足している」


 ダブルテイルはそう言いつつ、乾パンの代わりに用意した干し肉を口のなかに放り込む。干されてるため食感は固いがしっかりと肉の味を感じさせてくれる。


「見てて困るんだよな」


「なにがだ」


「健康栄養食とか、エネルギーを補給する目的としての食事って感じで面白くない」


「食事などそんなものだろう?」


「俺はもう食べれないから、代わりに美味しいものを食べてくれって言っていいか?」


「今食べている」


 端的に事実を述べたが、アカツキは納得がいかないらしく草臥れたように言った。


「頼むから誰が見てもが美味しそうだと思うものを食ってくれよ…」


「なぜそんなことをしなくてはならない。私の口に入るものは私が選ぶ。第一、誰が見ても美味しそうなものを食べたからと言って何になる」


「俺の気分が良くなる」


「一考する価値もないな」


 アカツキの言葉を一蹴するとダブルテイルは最後の1口を飲み込んだ。


 それから食事の後片付けをうだうだとうるさいアカツキを適当にあしらいながら終わらせて言った。


「寝る。静かにしろ」


 ダブルテイルは運転席を後ろに倒し、アカツキを左手で掴んだ。


「え? なに? 添い寝? 枕がないと眠れないよ~的な?」


「寝起きで武器を振るえない状況は避けたいだけだ」


「ふーん? とりあえず俺も毛布に入れてよ」


「静かにしろ。外に放り投げるぞ」


 お腹辺りに薄手の毛布を被り、目を閉じる。


 しばらくの間アカツキがなにかを言ってきたが、ダブルテイルが目を開けることも口を開くこともしなかったためか、すぐに静かになった。


 思えば久しぶりの静寂だと気付いた。


 たった2日、久しぶりというにはあまりにも期間が短いが、しかしそう思ってしまうほどにアカツキはうるさく、時間の流れは早かったように思えて仕方がなかった。


 それはきっと、このアカツキとの会話を楽しいと思っていることの表れで、ダブルテイルが今まで溜め込んできた言葉の重みなのだ。


 許されたいという醜い心が内側から這い出てくる。


 何度も何度も、会話をしているふとした瞬間に、この感情が顔を出してはダブルテイルを蝕んでいく。


 楽しいという気持ちに後ろめたさを感じる。


 現実と悪夢がない交ぜになる。夢と現の明確なはずの境界線が揺らいでは、やるせなく溶けていく。


 それが崩れていく音を子守唄にして、更に深く沈んで、真っ暗闇の中でやがて何も考えられなくなって──────。


【【おかあさん】】


 ─────その果てで、捨てられない残骸が笑顔を向けていた。


 本当に悪夢なのはどちらなのか。


 答えが分からないままに、ダブルテイルはゆっくりと目を開いた。


 まだ荒野には闇が広がっている。冷たい空気がわずかに開かれた窓から滑り込んでくると、その風の中に微かな気配を感じた。


 予感と言っても良い。根拠のない確信。


 それを頼りにしてダブルテイルは身を起こす。


「どした?」


「外にでるぞ」


 困惑するアカツキの声を聞きながらダブルテイルは夜の荒野に立つ。そしてまだ先も見通せぬ闇に目を凝らす。


 それから流れるようにアカツキを腰のベルトに固定し、その柄を右手で軽くにぎる。


 冷たい空気が鋭利さを纏った。


 聞きたいこともあるだろうが、アカツキは一切口を開かない。こういう察しの良さは美徳だ。


 集中力を削がれずに予感に対峙する。


(なんだ……敵意はない。なら、この感覚は? 誰が向かってきている?)


 自らの直感を元に考察して、予想を立てていく。


 思考の中で答えがでると、それより一回り小さな背丈が闇の中で輪郭を現した。


「誰だ」


 ダブルテイルは声をかけて反応を窺う。


 するとそこで初めてその人物がダブルテイルの方向を向いた。そしてひと言口にした。


「助けて…」


 涙の気配を感じた。それと同時に、血の匂いも。


 ダブルテイルはその子供へ歩み寄る。


 女の子。猫の耳。カノークス。身に付ける衣服にはいっさい飾り気がなく、布を着れるように仕立てたという風体だ。


 その布には濁った赤が染み付いており、あちらこちら切り口が入っている。そこからシミが下へ伸びている。


 小さな背丈の女の子が怪我をして涙を流し、夜の荒野を1人で歩いていた。


 どこからやってきたか。最も確率の高い物を考えつつ。ダブルテイルはその子に視線を合わせるために屈んだ。


「どうしたの?」


 優しく、とりわけ優しく。声をかける。


 その子供はくしゃくしゃの、泣き跡の残る顔に更に涙を重ねて助けを求めた。


 その子供の言葉から答えを得ることは望むべきではないことは分かった。本人にも良く分かっていないのだろう。


 だが、ただひと言。助けを求めたことだけは分かった。助けを求める出来事があったことは分かった。


 どこから来たのかなど考える必要もない。


 ダブルテイルはコートの内ポケットからハンカチを取り出し、その女の子の顔へ押し当てて言った。


「分かった。ついてきなさい」 


 魔動車にその子を乗せ、ダブルテイルはペダルを踏み込んだ。


 出来ることなら今すぐにその子を抱き締め、安心させてやりたいが、それは出来ないし、その子供のためを思うのならやるべきではない。


 慰めることも、顔を見ることも、顔を覚えることも、なに1つ行ってはならない。


 3年前に始まったこの忌々しい苦痛に、ダブルテイルは心臓に釘を打たれて固定され、逃げ場もなくただ嫌忌を内側へ吐き出し続けることしか出来ずにいた。


 ここは奈落と同じだ。


 なにを、どう足掻いても、ただ無力に下へ落ちていくだけ。重すぎる罪と長すぎる刑期を背負ったダブルテイルは、誰かに手を伸ばすことをやめた。


 流れに任せることしか出来ない。


「なぁ。大丈夫かい?」


 優しげで明るい。そんな声が聞こえた。


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