練習の成果
「うぉーたーあろー!」
「フレイムアロー!」
しばらくの弓の練習期間を経て再び魔法演習。
サリア王女とルナーリア王女の二人は再び魔法を唱える。
今までとの違いは、矢だけでなく弓も魔法で創りだしたこと。
そして矢を弓の弦につがえ……もちろん、本当に弦みたいにしなるわけではないけど、魔法はイメージが重要。
弓から矢を放つように、魔力で創りだした矢を発射する。
すると……。
「やったーっ! すっごく飛んだーっ!」
「まるで本物の矢のようですわ……!」
今までほとんど飛ばなかったのが嘘のよう。
20メートルほど飛んだ魔法の矢は、失速して地面に落下した。
「短期間でここまでできるようになるとはな……スィーズ、これも彼女が?」
「ええ、メイさんのおかげです」
「ねえねえ、パパも見てた!?」
「ああ、パパも嬉しいぞ。ルナーリア王女も、国に帰ったらあいつが大喜びするだろう」
「ええ、一番にお見せしますわ」
今日はサリア王女のパパ……要するに陛下も見学に来られていた。
緊張はしただろうけど、しっかり練習の成果を見せられてサリア王女も嬉しいだろうな。
「ソシファ、これも魔法学校の教育に取り入れられないだろうか」
「そうですね、試験的に運用してからとなりますが……間違いなく前回の絵と同様に採用されるでしょう」
「うむ。これで魔法が使える者が増えれば我が国にとっての利益にもなる。……ところでメイよ」
「は、はいっ」
突然私に話が飛んできて、慌てて返事をする。
いったい何なのだろう……?
「儂がここに来たのは魔法を見るだけでなく、以前の絵の報酬のことも話そうと思ってな。……ソシファ」
「はい。メイさん、こちらが支払いの内訳になります」
「は、はい……って……これは……?」
差し出された紙を受け取り、その金額を見ると……なんと、私のメイドとしての給料の1年分を優に超える金額が書かれていた。
「……桁を間違えられてませんか?」
「いえ、それが正当な金額です。大量に複製してそれを販売していますからね。更に、これから他国への輸出も考えておりますので、更に金額は多くなるでしょう」
う、嘘でしょ?
これから更に増えるなんて……宝くじにでも当たったような気分なんだけど。
でも、一気に大金を手にしたら噂になり、狙われる可能性も増えてしまう。
この国は比較的治安はいいけど、人の出入りも多いし、他国からの流入者もいる。
私としては今でも充分生活できているし、リスクは避けたいところなんだけど……。
「あの、その売り上げを匿名で孤児院に寄付することはできますか?」
「可能ですが、どうしてまた……?」
私は今思っていることをそのままぶつけた。
「それに、孤児院の子たちにも魔法の才能を持っている子がいるでしょうし、その子たちに魔法の絵を配れば生活の支援だけでなく、国力の増加にもつながると思います」
「しかし、よいのか? 今後しばらく生活に困らないほどのお金が手に入るというに」
「はい、今の教師としての生活も気に入っていますし、身の丈に合った収入さえあれば充分です」
「……そうか、ではありがたく使わせてもらおう」
更に、魔法の絵は私が描いたことも伏せてもらえないか頼んだ。
変に有名になっちゃうと、狙われるかもしれないしね。
「ねえママー、お話難しくてサリアわかんない」
「ふふ、メイさんがとても優しい人だということをお話してるのよ」
「うん! それはサリアも知ってる!」
「ええ、わたくしももちろん存じ上げておりますわ」
そんな会話が隣から聞こえてきて、ちょっと嬉しくも恥ずかしくもなる。
「メイおねえちゃんはね、すっごく優しくてサリアも大好き!」
「あらあら、将来結婚しちゃいそうなぐらいの勢いね」
「結婚……」
サリア王女はそう呟くと、私の方に駆け寄って抱きついてくる。
そして私を上目遣いで見ながらそっと口を開く。
「わたし、ぜったい……ぜーったい、メイおねえちゃんのお嫁さんになるのっ!」
その瞳は光を反射した綺麗な金髪よりもキラキラと輝いていて、空よりも澄んだ蒼色が私を映す。
「サリア! サリアは将来パパと結婚するんじゃなかっ……むぐっ!?」
「あなた、うるさいですよ。せっかくの雰囲気が台無しです」
大声で異論を唱える陛下に、王妃様が容赦なく氷で口を塞ぐ。しかも割とでっかいので。
しかしその氷も、陛下の強力な火魔法によって溶かされる。
「し、しかしだな……」
「あなた、サリアの意志を尊重してあげなさい。もう7才になって物心もついてきてるのですよ」
「む、むぅ……」
王妃様の容赦ない攻勢に反論できなくなる陛下。
まあ親娘で結婚というのは冗談にしても、7才ならまだまだかわいいかわいい幼少期だ。
自分が娘の一番でいたいと思うのは不思議ではない。
「あの……メイおねえさま……」
私に抱きついているサリア王女の後ろから、ルナーリア王女が不安そうな目でこちらを見ている。
……なんか嫌な予感しかしないんだけど。
「わたくしもメイおねえさまの妻になりたいのですが……サリア王女がいるなら諦めます……。で、ですが愛人とか側室としてなら大丈夫ですわよね……?」
愛人!? 側室!?
ちょっと待って、どこでそんな言葉覚えたの!? まだサリア王女と同年齢だよね!?
「あらあら、相変わらずメイさんはモテモテね。王女を二人も侍らすなんて欲張りさんだわ」
「た、助けてください王妃様ぁ……」
幼い二人にもみくちゃにされる私、笑っている王妃様、落ち込んでいる陛下、そして情報が処理しきれずに思考停止してるソシファさん。
なんでこうなったのー!?
**********
「ママとメイおねえちゃんとルナちゃんとお風呂ー!」
「ああ……メイおねえさまの……眼福ですわ……」
「ふふ、二人とも、はしゃぎすぎないようにね」
魔法訓練後、なぜか4人でお風呂に入る事に。
いや、サリア王女がご褒美にって言って、それをルナーリア王女が羨ましがって、「なら4人で入りましょう」って王妃様が提案したからなんだけど。
「ルナちゃん、わたしが身体洗ってあげる!」
「ではわたくしはメイおねえさまの……」
「それなら私はメイさんに背中を流してもらいましょう」
えっ。
私が王妃様を!?
「し、失礼します……」
「ふふ、緊張しなくてもいいのよ。いつも通りサリアにやってるみたいにしてくれれば」
「は、はい……」
後ろでは幼い二人が他愛ない会話をしていて、ちょっとほっこりする。
魔法がうまく使えるようになったこと、凄く満足しているみたいだ。
「メイさんのおかげね。これで2人とももしもの備えができたわ」
「もしもの時……ですか?」
「ええ、サリアはヴィルト……父親に溺愛されているでしょう? だからサリアを攫ってあの人を脅そうと考えている人は多いの。元々冒険者もやってて、戦闘能力だけは高いから手駒にしようと考えてるんでしょうね」
いや、戦闘能力だけでなく政治力も高いと思うんですけど。
他の国だと治安も悪いみたいだし、陛下と王妃様のおかげでこの国はいい方向へ進んでいる。
「魔法を使えるようになれば、もしもの時に自衛もできるでしょう? だからできるだけ早く魔法を使えるようにしてあげたかったのだけど……メイさんのおかげで考えていたよりもずっと早く習得してくれたわ、ありがとう」
「い、いえ……サリア王女もルナーリア王女も素質があったからだと思いますよ。私がしたのはほんの一押しだけで……」
「謙遜しないの。その一押しがどれだけ大変か……教師をやってるあなたが一番分かると思うの」
そうかもしれない。
「できない」を「できる」にするのはどれだけ大変なことか。
「だから胸を張って。……これからも末永くサリアをよろしくね」
「は、はい」
末永く、というのがちょっと引っかかるけど。さっき結婚がどうのこうの言ってたのもあるし。
まあでも、信頼されているというのはとても嬉しい。
「ねーねールナちゃん、そろそろわたしも洗ってー」
「分かりましたわ。それではわたくしの背中は今度はメイおねえさまが……ああ、ドキドキしますわ」
「それなら私はメイさんの背中ね。……うっかり別なところも洗っちゃおうかしら」
「お、王妃様……」
「ず、ずるいですわ! わたくしもやっておけば……」
……そんな会話をしながら、いつもと違うお風呂タイムが過ぎていくのだった。