よき競争相手
「ではこの問題が分かる人は……」
「はいはいはーいっ! サリアがやるっ!」
元気よく手を挙げて、自分がやりたいとアピールするサリア王女。
ルナーリア王女は自信がないのか、ちょっと目を逸らし気味だ。
「それではサリア王女、この問題の答えは……」
「えっとね……ここをこうして……できたっ!」
「はい、正解です。サリア王女は足し算がお得意ですね」
「えへへー……」
サリア王女は足す数字が4つぐらいになって繰り上がりがあっても、正答率がかなり高い。
逆に、引き算は繰り下がりがあると正答率が落ちてくる。
「では次の問題は……」
「それはわたくしがやらせて頂きますわ」
今度はその繰り下がりがある引き算の問題。
こちらはルナーリア王女が自信を持って解答し、正解する。
「ルナちゃんすごーい!」
「ふふ……と言いたいところですが、わたくしは複数の足し算が苦手でして……」
「えっとね、それはここをこうするといいんだよー」
「なるほど……ではサリアさん、引き算はこう考えれば……」
「すごーい! こうやってすればいいんだ!」
……うん、いい循環だな。
自分と実力が近い相手がいると競争心が刺激されて、いい感じになるかなと思ってたけどその通りみたいね。
それに、相手に教えるということは、それを理解した上で説明できないといけないから、理解がより深まっていくわけで。
ライバルっていい関係だなと思う。私も前世ではともだちとテストの点で競い合ったなあ……。
……しかし、ライバルがいれば全部が全部いい方向に行くかというと、そうでもない時もある。
「メイさん、そろそろ時間ですし、今日のお勉強はこの辺にしませんか?」
サリア王女の家庭教師の人がそう言うと、まってましたと言わんばかりにサリア王女とルナーリア王女が私に向かって来る。
「メイおねえちゃん、今日はサリアと遊んで欲しいの!」
「サリアさんは今までたくさん遊んできたでしょう? わたくしは来たばかりなので、もっとメイおねえさまのことを深く知りたいのです……」
そして、二人とも私の腕に抱きつきながら私を誘う。
そう、私を取り合っているライバル同士でもあるのだ。
……勉強だけでなく、そこまで競わないで欲しいんだけどなあ。
「あらあら、メイさんはモテモテねえ。サリア、ルナちゃん、クッキーを焼いてきたから、まずはこれを食べましょ」
「クッキー! やったーっ!」
「わたくし、スィーズ様のクッキーが大好物です。まさか毎日食べられる日が来るなんて……わたくしは幸せ者ですわ」
よかった、二人の注意がクッキーに向かった……。
しかし毎日こんな感じだとなかなか心が休まらない。
ってあれ……? クッキーの枚数がいつもより少ないような?
「あれれ? ママ、いつもより少なくない?」
どうやらサリア王女も気づいたようで、首を傾げながら王妃様の方を見る。
「ええ、今日はパパがいいものを持って帰ってきてくれるから、お腹を膨らませ過ぎたら損だからよ」
「パパが!? なんだろう……?」
そういえば陛下はここ数日遠征で不在だったっけ。
何か遠征お土産があるのかな?
「そういうわけだから、今日はちょっと我慢してね」
「はーいっ」
「分かりましたわ、今日はゆっくりと噛みしめながら頂くことにします」
その後はクッキーの数をこの人数なら何個ずつ分けられるか……要するに、割り算の問題を出しながらクッキーを堪能した。
割り算は二人にはちょっと早いもしれないけど、知っておいて損はないし、サリア王女はもうかけ算も始めてるからちょうどいい頃合いだと思う。
そして、陛下が帰ってくる時間になり――。
**********
「ま、まさかミノタウロスのお肉を持ち帰るなんて……」
そう、陛下が持ち帰ったのは、この世界では高級肉として有名なミノタウロス。
この辺では出現しないような強いモンスターなんだけど、ダンジョンで狩ってきたらしい。
元々はダンジョンには立ち寄らない予定だったんだけど、王妃様がサリア王女が模擬試験で1位を取ったことを早馬で知らせたら、それのお祝いをするためにダンジョンに潜ってきたのだとか。
「おめでたいからいい店でお祝いの品買って帰るわ!」みたいなノリで狩れるようなモンスターじゃないはずなんだけどなあ。
それはさておき。
ミノタウロスのお肉はサリア王女や王妃様だけでなく、城のお世話係……私も含めたメイドや執事たちにも振舞われた。
高級肉だけあってミノタウロスのお肉はとても美味しく、なんなら前世で食べたどのお肉よりも美味しかったほどだ。こちらには調味料もそんなにないのに。
宴は夜遅くまで続いたのだが、サリア王女はおねむの時間らしく、一足先にベッドに入った。
ルナーリア王女も先に借家へと帰り、私も明日の仕事があるので宿舎へと戻ったのだが……。
「……なんで布団が膨らんでるんだろう?」
カギはかけたはず。確かにさっきカギを使ってドアを開けたし。
なのになぜか布団に人が入っているかのようにぽこりと膨らんでいる。
「……」
私が布団をそっとめくると、そこにはスースーと寝息を立てているルナーリア王女がいた。
「!?!?!?」
突然の出来事に私が挙動不審になって部屋中をきょろきょろしていると、突然ルナーリア王女の影が伸び、そこから女性が現れる。
「メイ様、驚かせてしまい申し訳ありません。私はルナーリア王女の護衛である『影』です」
「今……影から出て……」
「はい、これは我が一族が発現しやすいスキルで……影に潜り込めるものです」
なるほど、誰かの影に入ることができるなら、護衛にはうってつけの能力なのかも。
「実は、ルナーリア王女がサリア王女から、『就寝前にメイ様が物語を聞かせてくれる』ということをお聞きしまして……自分も物語を聞きたいと、こちらでこっそりとお待ちしておりました」
あー……なるほど、サリア王女が羨ましかったんだなあ。
でも聞きたいからって私の宿舎まで忍び込まなくても。
「ですが、本日の宴で満腹になったのもあり、こちらについてしばらくして睡魔に負けてしまい……メイ様のベッドをお借りしました。申し訳ございません」
「いえ、そのままでしたら風邪をひかれるかもしれませんし……大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ですが、このままだとメイ様がお休みになれないので、ルナーリア王女を家まで……」
「それなら私がおんぶしてお送りしますよ」
そう言って私はベッドの近くでしゃがむ。
「よろしいのですか? メイ様もお疲れでは……」
「ええ、せっかくここまで来られたのにお話もできませんでしたし、せめて家まで送り届けるぐらいはさせてください」
それに、もしかしたらおんぶすることでルナーリア王女がいい夢が見られるかもしれないし。
……というのは流石に言わなかった。
「分かりました、お心遣い感謝いたします」
「ところで、えーと……『影』さん? でいいのでしょうか?」
「私たちは王家を影から支える存在。ゆえに名前はありません」
「そうなのですか……」
ただただ王家のためだけに生きる存在、かあ……。
私だったら絶対に嫌だけど、ここはそういう人生観もあるのかな。前世の記憶を持った私がイレギュラーなだけで。
「では行きましょうか。道案内をお願いします」
「分かりました、こちらです」
私はルナーリア王女をおんぶすると、ゆっくりと歩き出す。
途中で「おねえさま……」と語尾にハートを付けたような声で寝言を言うので、どうやらいい夢が見られているようだ。
それにしても、物語を聞きたいがために私の部屋まで来るなんて。
そこまで気にしているのなら、今度からはルナーリア王女にも物語を聞かせてあげなきゃ。
ちょっと背伸びをした発言をする子だけど、やっぱりまだまだ物語を聞きたいこどもなんだな。
背中にこども特有のちょっと暖かい体温を感じながら、そう思うのだった。
……後日、「とてもいい夢が見られましたわ! またメイおねえさまにおんぶされたまま眠りたいですわ!」というルナーリア王女の発言で、サリア王女にもおんぶをせがまれることになるのだった……。




