ライバル登場!?
「メイおねえさま……どうかわたくしの専属メイドになってくださいませ……」
サリア王女と同年齢の、赤色の髪をした女の子が私の右腕をぎゅーっと抱きしめる。
風でふわっと巻き上げられた髪からは、香水のような甘い匂いが感じられる。
「だめー! メイおねえちゃんはわたしのーっ!」
そして、反対側の左腕はサリア王女が負けじとぎゅーっと抱きついてくる。
傍から見ればかわいらしい光景なんだろうけど……これ、下手をすれば国家間の戦争になっちゃうやつなんだよね……。
ええと、なんでこんな幼女ハーレムみたいなことになってるんだっけ……。
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事の発端は一週間前に遡る――。
「サリア、あなたはメイさんに充分というほど教えられたから、きっとあなたならできるわ」
「王女様、緊張せずいつも通りです。そうすれば結果はついてきます」
「……うんっ! ぜったいいい点を取って、メイおねえちゃんのこと自慢するもん!」
私がサリア王女の家庭教師兼メイド……いやメイド兼家庭教師かな? になって、初めての模擬試験が行われる。
この模擬試験は年4回行われ、この結果によってサリア王女が来年入学する学園でのクラス分けが決まるのだ。
私が来る前の模擬試験の結果は……どうも下から数えた方が早いらしい。というか、ワースト5に入るとか……。
しかし、それも昔の話。
今のサリア王女は勉強にとても意欲的で、私が作ったテストでも9割以上の正答率を誇っている。
更に魔法を使えるようになったことでも自分に自信がつき、それもプラスに働いている。
「あのね、メイおねえちゃん。もしいい点取れたら……」
あっ、これなんかフラグを立てようとしてる?
……なんて思ったけど、今のサリア王女なら大丈夫だろう。
「ママみたいに頭なでなでして欲しいし、一緒にお風呂も入りたいし、それから、それから……」
「私にできることであれば……もちろん、王妃様の許可が得られれば、ですが……」
「いいわよ」
即答!?
しかも内容も聞かずに!?
「あのね、お布団で一緒に寝転んで、お話聞かせて欲しいの」
「分かりました、それでよろしければ」
最近、私は夜サリア王女の寝室で、サリア王女が眠りにつくまでお話を聞かせてあげている。
それは桃太郎だとかかぐや姫だとか、日本でよく聞く昔話をこちらの世界観にアレンジしたもの。
これがかなり好評で、毎日のようにせがまれている。
「やったーっ! それじゃがんばる! いってきまーす!」
「あ、サリア王女、筆記用具とかの確認は……って、もう行ってしまいましたか……」
「あの子は思いこんだら一直線ですからね、そこがいい所でもあるのですが」
「一応、出かける前にチェックはしたので大丈夫とは思いますが……良い結果になることをお祈りします」
「ええ、それでは私たちは待っている間にお城でお菓子作りをしましょ。まさかメイさんがあんなにお上手だなんて……」
そう、サリア王女へのご褒美にクッキーを焼いてあげてたんだけど、それをサリア王女がおいしいからと王妃様に一枚分けたのが始まりだった。
趣味でクッキーを作っている王妃様にとってその味が衝撃的だったらしく、それからは私も参加してのお菓子作りの時間が設けられるようになった。
しかも、参加してアドバイスするだけでお給金まで出してくれる至れり尽くせりな内容だ。
前世の学生時代、趣味を兼ねて料理研究同好会に入ってたのがここで役に立つなんて。人生、どこで何が役に立つのか分からないものなんだなあ。
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「サリア、凄いじゃない! まさか1位なんて……」
「えへへー……いっぱいいっぱいメイおねえちゃんの自慢できる!」
後日採点結果の掲示を見に行くと、結果はなんと満点での1位だった。
前回ワースト5のサリア王女が1位を取ったことで周囲のざわめきは凄かった。
中にはお金で点数を買ったんじゃないかと噂する子もいたが、それだったら前回のワースト5はなんだったんだということになる。
これは間違いなくサリア王女の実力が付いてきている証拠。
「そ、そんな……」
掲示を見て一喜一憂する人が多い中、特にショックを受けている子が目に入ってきた。
夕日のように鮮やかな色をしている髪色が特に目を引く。
「あ、ルナちゃーん!」
えっ、知り合いなの!?
それにルナってことは……あの子、もしかして2位のルナーリアちゃん……?
「ううっ……まさかあなたに負けるなんて……いったいどんな手を使ったのですか!?」
「えっと……メイおねえちゃんとがんばって勉強したの!」
サリア王女はそう言って私の方に目をやると、ルナと呼ばれた子も私の方をじっと見る。
そして、こちらへと歩いてきて、私の目を見てこう言った。
「あり得ませんわ……下から2番目だったサリアさんが1位になるなんて……メイと言いましたね、いったいどんな手を……」
「ふふ、それならルナちゃんも一緒にメイさんの授業を受けてみるといいわ」
「えっ」
突然の王妃様の申し出。
確かに今日はこれから授業があるけど……。
「よろしいのですか? では是非お願い致しますわ」
「ええ、それなら私もがんばってクッキーを焼いちゃおうかしら。最近メイさんのおかげでかなり上達したのよ」
「実はわたくし、一度頂いてからというもの、王妃様のクッキーに目が無くて……」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。さ、それじゃ行きましょう」
……ということで、ルナちゃんも一緒に授業をすることになったのだった。
後でルナちゃんは隣の国の王女様だと言うのを耳打ちされて、サリア王女に倣って「ルナちゃん」ってうっかり呼ばなくてよかったと思ったのだった。
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「これは紙で作ったお菓子……これを教材に使うなんて……」
「え……? ま、魔法が全然できなかったわたくしにも魔法が使えるように……!?」
「お菓子作り、初めてですけどメイさんとだと楽しいですわね……」
「……ルナちゃん、今日の一日はいかがだったかしら?」
「ええ、とても充実した一日でしたわ……確かに、この授業を毎日受けているサリアさんが1位を取るのはおかしくないでしょう」
どうやらルナーリア王女も認めてくれたようだ。
前回1位の子が認めてくれるなら、周囲の風評もそのうち無くなるだろう。
「ところでメイさん……いえ、メイおねえさまは……こちらのメイドとお聞きしたのですが……」
さんからおねえさまにランクアップしてる!?
なんだか嫌な予感がするんですけど!
「はい、サリア王女の専属メイドとして働いております」
「そうでしたか……でもわたくし、諦めきれません……!」
ルナーリア王女はそう言うと、私の右腕に抱きついてくる。
「メイおねえさま……どうかわたくしの専属メイドになってくださいませ……」
えっ!?
「だめー! メイおねえちゃんはわたしのーっ!」
私を取られると思ったのか、サリア王女はルナーリア王女に対抗して私の左腕に抱きついてくる。
「あらあら、メイさんはモテモテねえ」
「た、助けてくださいーっ!」
王妃様はくすくすと笑いながら、2人の様子を見ている。
「わたくし、メイおねえさまのお顔を見ると胸がドキドキして……」
「わたしも! わたしもーっ!」
サリア王女が凄い対抗心を燃やしている。
一緒に過ごしてきたけど、ここまで主張するのは初めてかも……。
「ふふ、こうなったらメイさんが決めるしかありませんね」
「そう、そうですわ! メイおねえさま……わたくしを選んでくださいますよね……?」
「メイおねえちゃん……サリアだよね……?」
……なんか、どう答えても事態はまずい方向に転がる気がする!
どちらも一国の王女様だし、取り合いになって国家間戦争……は流石にないにしても、険悪ムードになる恐れがあるし……。
……でも、どちらかを選ぶなら……。
「私は……サリア王女のメイドです。申し訳ありませんが……」
「あ…………、そう、やはり……そうですわよね……」
ルナーリア王女はうなだれ、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「でも……機会があればまたこうして3人でお勉強をしませんか? 専属にはなれませんが……一緒にさまざまなことを学ぶのには反対致しませんので……」
「……!」
ルナーリア王女は目を見開くと、「その手があったか」というような顔をする。
「分かりました。確かに付き合いはサリアさんの方が有利ですわね。……ですので、わたくし、こちらに移住することにします。それならわたくしも毎日メイおねえさまと一緒にいられ……そうすれば、メイおねえさまも心変わりされるかもしれませんし……」
「あらあら、そうするにはまずお父様とお母様を説得しないとね」
「大丈夫ですわ。お父様もお母様もわたくしの言うことには反対しませんし」
んん???
なんか思ったより違う方向に話が進んでるような……。
「わたしもルナちゃんと一緒なら楽しそう!」
同い年の子とは身分が違い過ぎて遊べないからか、サリア王女もルナーリア王女がいると嬉しいのだろう、特に反対もしない。私が心変わりとか言ってたのに。
「決まりですわね! ではわたくし、急いで帰国して準備してきますわ!」
「気をつけてね、ルナちゃん」
なんだか……嵐のような子だなあ……。最初はよくいるお嬢様みたいな子だと思ってたんだけど……。
後日。
両親を説得したルナーリア王女は、私の宿舎の近くに家を借り、住み込みのメイドや護衛たちと暮らすことになった。
こうして。
毎日サリア王女とルナーリア王女で私の争奪戦が起きることになるんだけど……。
まあ、賑やかになるのはサリア王女にとってもプラスになる……のかな?