それから
「せんせー、さよーならー!」
「さようなら。みんな、気をつけて帰ってね」
私が学校を設立して一年と少しが経った。
この学校では生活に必要な文字の読み書きと算術を教えており、だいたい一年での卒業となる。
日本にいたころとは違い、理科や社会や英語などがないから、その二つを徹底的に教えられるためだ。
いずれは農業とか技術……仕事に直接役立ちたいことも教えたいけど、今はまだ知識も人も足りていない。
「あの、先生……じゃなくて……メイ様……」
「あ、ここでは先生でいいよ。卒業しても私が先生であることに変わりはないもの」
みんなを見送っていると、卒業生の子に声をかけられる。
ここでは生徒と先生の関係だからそういう接し方をして欲しいと入学時に伝えているのだけど、卒業後は私に対して接し方を変えてくれようとする子もいる。
でも、先生は先生だから今まで通りにして欲しいことを伝える。
「あの、それじゃ先生……これ、少しだけなんですけど……」
卒業生の子が私にお金を渡してくる。
「先生のおかげでお仕事が決まって……それとこの学校、先生のおかげで無料で開放されてるって聞いて……だから、少しでも先生にお返しがしたくて……」
この子だけでなく、今までもこういう子は少なからずいた。
初めての給料をほぼ全額寄付しようとしてくれた子もいたし……さすがにそこまでは受け取れないので、ご両親のために使ってあげてと大半は返したけど、気持ちはとても嬉しかった。
「……それじゃ、あなたの後輩のためにありがたく使わせてもらうね」
「はいっ!」
私がお金を渡すために差し出してくれた手を握ってそう言うと、嬉しそうに返事をしてくれる。
自分が後輩のために役立てたんだという、いい表情をしている。
「メイおねえちゃーん!」
「メイおねえさま、授業が終わりましたわ……あら、確かその子は……」
「サリア先生とルナ先生!」
サリアとルナが授業を終わらせて、私の所へとやってきた。
二人は飛び級で魔法学園に入学したあと、一年でそのまま卒業してしまった。
どうやら、私が先のことを教えすぎていたのと、魔法は宮廷魔術師長のソシファさんに教えられていたのもあって、学園で教えられることはもうないと判断されたからだ。
……できればもう少し通って、友達をたくさん作って欲しかったのはあるけど、当の本人たちは『メイと一緒の時間が増えた!』って大喜びしてたから、まあいいのかな……?
「なるほど、算術で優秀だったから商会に入ったと……おめでとうございますわ」
「すっごくがんばってたもんね、おめでとー!」
「あ、ありがとうございます……そ、それでですね……」
卒業生の子がサリアの方をじっと見る。
そういえば確かあの子、サリアの魔法が好きだった子だ。
「見たいの? サリアの魔法」
「は、はい! サリア先生の魔法、すっごく綺麗で……近くでもう一回見たいなって……」
「え、なになに? サリア先生の魔法が見られるの?」
「僕も先生の魔法好き! キラキラしてて楽しいもん」
下校の時間なのに、噂を聞きつけてどんどん人が増えていく。
それだけサリアの魔法が人気なのが分かる。
「おねえさま……わたくしも人気が出る魔法が欲しいですわ……」
「確かにルナの魔法の閃光花火は日中だとちょっと見づらいもんね。考えておくね」
「おねえさま……! はぁ……やっぱりおねえさまはとてもお優しい理想の女性ですわ……」
ルナがうっとりした表情で私の顔を見る。
そのかわいさに思わず抱きしめそうになったけど、生徒たちの前である以上、自分を抑えた。
「きゃーっ!」
と、そんなことを考えていたら、女子生徒たちの歓声が上がる。
サリアの方を見ると、ダイヤモンドダストの魔法を発動させ、サリアの周りがキラキラと輝いている。
生徒たちから見たら、神々しささえ感じるぐらいかも。
ちなみにサリアもこの魔法を使い始めてからだいぶ経つので、最初の時よりも広範囲にダイヤモンドダストを発生させることができるようになった。
その分、魔力消費も多くなったんだけどね。
「え、なになに? 先生の魔法が見られるの?」
「わぁ……サリア先生キレイ……」
歓声に引き寄せられて、下校途中だったこどもたちも集まってくる。
そして、もう一回見たいとアンコールがかかる。
さすがに教室内だと手狭になるので、校庭に出るように促すことに。
「ねー、おねえちゃん?」
「どうしたの、サリア」
「魔力ちょうだい?」
校庭に移動した後、サリアがそんなことを言う。
確かにこの規模で魔法を発動させるなら、魔力を補充した方がいいのだけれど。
……みんなに見られてるんだよね。
サリアの方を見ると、目を閉じて唇を少し離し、背伸びをしてもう準備は万端だ。
本当は触れるだけで魔力の譲渡はできるんだけど……最初に口付けでサリアの魔力枯渇を救ったあの出来事のせいで、サリアは私の魔力を受け取る時はキスじゃないとやだと言うのだ。
「おねえさま、皆が待ってますわよ」
「うぅ……皆の前だとちょっと恥ずかしいけど……」
皆を待たせるわけにもいかず、意を決して皆の前でサリアにキスをして魔力を渡す。
「きゃーっ!!」
今度は女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。
しかも、ダイヤモンドダストの時以上の。
「やっぱりメイ先生とサリア先生、お似合いだよね」
「ルナ先生としてるとこも見たいなあ……」
「わ、私もメイ先生としたい……」
「そういえば、アーティ先生とも今度結婚するんだって」
などなど、様々な声が聞こえる。
まあ好意的に見てくれるならいいんだけど。
その後、大規模なダイヤモンドダストを生徒たちに披露し、大歓声でその日の幕を閉じたのだった。
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「メイ先生、ちょっといいですか?」
「アーティちゃん、結婚式のこと?」
「ええと、それもあるんですけど、これ……」
アーティちゃんが差し出してきたのは、文章が書かれた紙。
書いているのは、私が聞かせてあげた元いた世界のお話をこの世界風にアレンジしたもの。
アーティちゃんはルナに勧められて小説を読み始めたんだけど、いつしかその面白さにどっぷりと浸かり、今では自作の小説を書くまでになった。
最初は書くのに苦労していたので、アイデアになるかもと私の世界のお話を聞かせてあげてたんだけど、その甲斐もあってか今ではたくさんの小説を書き上げている。
「どれどれ……」
今回のお話の内容は、『異世界から召喚された勇者が、異世界の知識や道具で仲間を増やして魔王を討伐する』というもの。
たぶん、桃太郎のアレンジかな。きびだんごを知識や道具に置き換えた感じの。
「うん、いい感じだと思うよ」
「それでは、少数だけ複製して学校で配っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。アーティちゃんのお話を待ってる生徒も多いし、ちょっと多めに作るといいかも」
「そ、そうなんですか? えへへ……これも先生のおかげですね。……あ、それと……」
アーティちゃんが一瞬言葉を途切れさせたけど、私の耳に顔を近づけて耳打ちする。
「──というお話を、次に書きたいんですけど……」
「な、なるほど……実話に沿ったお話……」
「それで、先生の許可が必要だと思って、相談に来たんです」
「私は大丈夫。あとはサリアとルナにも許可を取らないとね」
あの二人なら二つ返事をすると思うけどね。
「分かりました! がんばりますね!」
アーティちゃんの書くお話はどんな感じになるんだろうかなと、今から楽しみに思うのだった。




