幸せな日々
「うーん……メイー、ここむずかしいー」
「確かに……わたくしもまだ解くのが難しいですわ」
サリアとルナーリア王女が苦戦しているのはかけ算。
九九自体はできるようになったけど、2桁のかけ算はまだまだ難しいようだ。
「26×15、ですね。2桁のかけ算は以前お教えした筆算でやるのが基本的ですが、別のやり方もありますよ」
「えっ、他にやり方があるの!?」
驚きで目を丸くするサリアとルナーリア王女。
私はそんな二人をかわいらしいな、と思いながら微笑むと、説明を続ける。
「かけ算は順序を変えても、結果は変わらないのですが……それを使います」
「でも、順序を変えても15×26で、難しいままではないでしょうか、おねえさま」
「うんうん」
ふふふ、最初はそう思っちゃうよね。
「そうですね、それでは説明していきます。サリア、九九の中で結果が15になるのはどれでしょう?」
「えーっと……3×5と、5×3……」
「そうですね。ではそれを踏まえて、式を分解してみましょう」
私は二人に見えるように、紙に式を書いていく。
「26×15は……26×5×3に置き換えることができますね」
「あっ、ホントだ!」
「そして順番に計算していきましょうか。ルナーリア王女、お願いします」
「ええと……26×5で130、それに3をかけると……390ですわね」
「すごーい! おもしろい!」
ルナーリア王女が筆算ですらすら解いていくと、サリアが食い入るようにそれを見ている。
どうやら口でも言った通り、面白いと感じてくれたようだ。
「正解です。他にもこんな解き方もありますよ」
「えっ、まだあるの!?」
「ど、どんなものですの!?」
ふふ、興味津々みたい。
楽しんでくれるとこちらとしても嬉しいな。
「同じように分解するんですけど……15は10×1.5に置き換えられるんですね」
「小数点……前習ったやつ!」
「なるほど、10倍するなら桁を増やすだけなので簡単ですわね」
小数点は最初教えた時に???って顔をしてたけど、ちゃんと覚えててくれたみたい。
「これで26×10×1.5で順に計算して行って、260×1.5……このまま計算してもいいのですが、更に260×(1+0.5)に置き換えることもできますね」
「ええと……()でくくられている場合、確か全部にかけるんでしたわね……」
「んー……260×1+260×0.5……? 1はそのままだから……260+260×0.5で……」
「0.5ということは260を半分にして130ですわね、それに260を足すと……」
「「390!」」
「正解、よくできました」
二人とも目をキラキラと輝かせながら『勉強って楽しい!』って顔をしてる。
教える側としても、楽しんでくれるならこれ以上嬉しいことはない。
「す……すごいです、メイ先生……!」
横から見学していた少女……先日の結婚式で声をかけてくれた、リーン侯爵の末女であるアーティちゃん……が感激の声をあげる。
年齢はサリアやルナーリア王女の一つ下だから教える範囲が違うので、今はサリアとルナーリア王女の授業を見学してもらって、その後サリアとルナーリア王女と私で勉強を教えている。
最初はサリアと私だけだったんだけど、ルナーリア王女も教えることに興味があるそうで、今では一緒に授業をしているのだ。
……なんだけど、アーティちゃんは飲み込みが早く、すぐにでも二人に追いつきそうなぐらいだ。
「えへへー、メイはすごいでしょ! サリアの自慢のおねえちゃ……じゃなくて、お嫁さんだもん!」
私が褒められたのが嬉しいのか、サリアがニコニコしながら私の腕に抱きついてくる。
ちなみに、私はサリアのお嫁さんであり、サリアは私のお嫁さん……つまり、お互い妻同士と言う事になっている。ちょっとややこしいけどまあ前例がないしね。
「ふふふ、そしてわたくしも将来のおねえさまのお嫁さんですわ!」
それに対抗心を燃やしてか、ルナーリア王女もちっちゃな胸を存分に張って自慢する。
式を挙げるのはまだ先だし公表されてはいないけど、ルナーリア王女の言葉通り、ルナーリア王女とも結婚することになったのだ。……私の第二夫人として。
「……いいなあ……」
アーティちゃんが私たちの方を見ながらぼそっと呟く。
その言葉に反応して私がアーティちゃんの方を見ると、アーティちゃんは「しまった」という顔をして、両手で口を塞ぐ。
「アーティちゃんもメイのこと好きなの?」
「え、あ、あの……」
「分かりますわ。おねえさまはとっっっっても魅力的ですもの。でも、第二夫人の座は譲りませんわよ。……第三夫人ということなら大丈夫ですけど……」
あ、あれ?
私のいないところでどんどん話が進んでるんですけど?
「せ、先生ぇ……あの、わた、わたし……」
アーティちゃんは軽くパニックになって、泣きそうな顔になっている。
私は落ち着かせてあげようと、アーティちゃんの両手をぎゅっと握ってあげる。
「……落ち着くまで、こうしてますね」
「先生……」
しばらく手を握っていると気持ちが落ち着いたのか、ぽつぽつとアーティちゃんが言葉を紡ぎ始めた。
「じ、実は……」
……どうやら、アーティちゃんは結婚式で私のことを見て、一目惚れしたらしい。
でも、アーティちゃんは侯爵の娘だし、私は既に王女であるサリアと結婚しているから、その恋は叶わないと思った。
それでも諦めきれず、少しでも一緒にいられるならと思って、勇気を出して勉強を教えて欲しいとあの場で声をかけてくれたのだ。
ちなみに勉強が苦手なのは事実で、成績を上げたいというのも本音だそう。
「あらあら、もう第三夫人のお話? メイも隅に置けないわねぇ」
「お、王妃様!?」
「もぉ……メイったら、私のことはお母さんかママって呼んでって言ったのに……」
「ご、ごめんなさいお義母様……」
家族になったのだからそう呼ばないといけないのは分かってるけど、すぐにすぐ慣れるわけでもないから、ついつい王妃様と呼んでしまうのはしょうがないと思う。
徐々に慣れていかないととは思ってるんだけどね。
それはそうと、いつから話を聞いていたんだろう……。神出鬼没だなあ。
「話を戻すけど、私としてはアーティちゃんも歓迎よ。もちろん、リーン侯爵とメイが許可を出せば、だけど」
「ほ、本当ですか……!?」
アーティちゃんが期待のまなざしで私の方を見てくる。
アーティちゃんはサリアやルナーリア王女と違っておとなしいけど、頑張り屋さんだしとてもいい子だと思う。
魔法の授業もやってるけど、魔法も二人と並ぶか、もしくはそれ以上の才能を秘めていると感じられるぐらい優秀だ。
……だからこそ、私にはもったいないような気がするんだけど。
それでも、私に熱い視線を向けてくるアーティちゃん。
気弱そうに見えるけど、実は芯の通った強い子なのかも。
「……アーティちゃんは、本当に私でもいいの?」
「も、もちろんです……! というか、先生じゃないとダメなんです……!」
「分かりました。順番としてはルナーリア王女の後になるけど、それでもよければ……」
「……はっ、はい! よ、よろしくお願いします、メイ先生……!」
……『おねえちゃん』や『おねえさま』と呼んで慕ってくれるサリアやルナーリア王女もだけど、『先生』と呼んでくれる子とまで結婚しちゃうなんて……なんだか背徳的過ぎるような。
しかも全員女の子かつちっちゃい子。神様、私に何かいたずらしてませんか?
「ふふふ、おめでとう。メイ、アーティちゃん。……そういえばメイ、ヴィルトがあなたを呼んでたわよ。後から話がしたいって」
「私に、ですか? 分かりました、授業が終わったらすぐに伺います」
陛下から直々に……なんだろう?
その後、サリアたちの授業を終え、ソシファさんの魔法訓練に向かうのを見送ると、私は陛下の元へと足を運んだ。
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「……新しい学校、ですか?」
「ああ、確かメイのいた世界ではこどもは皆、さまざまな事を学んでいるのだろう?」
「はい、義務教育という形ですね」
「この世界では、教育というのは貴族や豪商のこどもといった、一部の者しか受けられなくてな。計算や文字を書くことができない者も多い」
確かに『読み』はできるけど『書き』ができない人は結構多い。私のこの世界での両親もそうだ。
計算も苦手で、小さい額ならともかく、大きい額だと間違えることもある。
「そこで、だ。できるだけ安く授業が受けられる学校を作りたいのだが、案が欲しくてな」
「公費で補助するにも限界がありますしね……」
「皆に等しく教育を、とは思っているのだが、なかなかな……」
「……そうだ! 陛下、こういうのはいかがでしょうか?」
私が元を作った魔導書の絵。
これが今では各国に輸出される交易品となっているのだけど、売り上げの一部は私に入ってくるようになっている。
それを運営費に充てるというものだ。
「なるほどな……しかし良いのか?」
「はい、私としても教育が行き届いて国民の皆が幸せになって欲しいと思っています。私もサリアの妻であり、このソレイラス家の一員なのですから」
「……そうか、そうだったな。それではその言葉に甘えるとしよう」
「そして、もう一つご提案が……」
その学校で使う『教科書』を私が作りたいと申し出た。
文字の読み書きができるようにいわゆる『国語』と、計算ができるように『算術』の二つをまずは作る予定だ。
もちろん、この教科書も魔導書同様に交易品として他の国に売れば、収入にもなるだろう。
先生は私だけじゃ足りないから、サリアやルナーリア王女、それに今までの私の教え子たちにも協力してもらって……。
そうすれば、教え子たちの安定した職業にもなるだろう。
「ふむ、確かにそれなら運営は可能だろうが……無理をしないようにな、メイ」
「ありがとうございます、陛下……いえ、お義父様。それでは早速、教科書の案出しをしてきます」
こうして、私はこの国の教育を任されることになるのだった。