表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

異変

「そうか、魔法書は無事に交易品となったか。ご苦労だったな」

「いえ、私はほとんど何もしていなくて……ルナーリア王女のおかげです」


 翌日、私は魔法書の結果について陛下の元へと報告にきていた。

 実際、私は魔法は使えないんだし、使い方を軽く教えるぐらいしかできなかった。

 実演はルナーリア王女しかできないし、そう考えたらルナーリア王女の手柄だろう。


「そう謙遜するでない。サリアが魔法を使えるようになったのは――」

「へ、陛下! 大変です!」

「何事だ」


 急に軽装の兵士が駆け込んでくると、跪いて陛下に報告を始める。

 汗だくになっているのを見るに、ここまで相当急いできたのだろう。


「き、北の山にあるダンジョンから魔物が溢れ、こちらへと侵攻してきています! その数、およそ数千はくだらないかと……」

「戦況は?」

「北の砦で食い止めておりますが、数はなおも増え続け、門が破られるのも時間の問題です!」

「……馬を持て、儂が出よう」

「はっ!」


 陛下は玉座から立ち上がり、兵士へと指示を出す。

 確かにミノタウロスをも楽々倒す陛下の魔法なら、数千どころか数万でも問題ないように思えるな。


「討ち漏らすことが無いよう、騎馬隊も準備をせよ! 輸送部隊はポーションとマジックポーション、食料の輸送を始めろ!」

「はっ、ただちに!」


 兵士たちは指示と同時に駆け出し、すぐに準備にとりかかる。


「儂が不在の間はスィーズ、お前に指揮を任せる。頼んだぞ」

「ええ、最近は南が不穏ですからね。隙のないようにしましょう」

「うむ」


 南というのはつい最近国ができた地方で、サリア王女の誘拐を企んでいるのもこの国だとの噂がある。

 ちなみにルナーリア王女の国はここから西、東にはここから数日の距離に海が広がっている。


「ごめんなさいね、メイさん。続きはまた後日にしましょう」

「はい、大変な時ですしね……何事もなければいいのですが」

「まあ、あの人が本気を出せば魔物程度、半日もかからずに制圧できるでしょう」

「す、数千や数万を半日で……ですか……」


 そう聞くと陛下って凄い人なんだなと改めて思う。

 普段見ているのはサリア王女を溺愛している姿だからギャップが凄い。


「念のため、今日からメイさんとサリアにはソシファを護衛に付けておくわ」

「ありがとうございます。それでは私はサリア王女の勉強を手伝いますね」

「ええ、よろしくね」


 こうして、私は謁見の間からサリア王女の元へと戻る事になったのだった。




**********




「メイさん、ごめんなさい。私も出陣しなければならないみたい」

「えっ……!? 陛下が苦戦されているのですか?」

「いえ、今度は南から軍が侵攻してきたの」

「南というと……サリア王女を誘拐しようとしている……」

「ええ、まさか実力行使に出るとは思っていなかったわ」


 それもそうだろう。

 この国にはミノタウロスをも軽々倒す国王と、魔法で山をも破壊する王妃がいるのだ。

 そう簡単には攻めてこようなどとは思わないはず。


「それで、ちょっと痛い目に遭わさないと分からないようだし、私が出ることになったの」


 すごい笑顔で物騒なことを言っている。

 ちょっとどころじゃない痛い目を見るだろうな……。


「私が不在の間に万が一何かが起こった場合は、ソシファにあなたたちをルナーリア王女の所に逃がしてもらえるように頼んであるわ。だから安心して」

「分かりました、お気遣い痛み入ります。それではお気を付けて」

「ふふ、久しぶりの実戦で腕が鳴るわぁ……それじゃ、気をつけてね」


 王妃様はそう言うと駆け足で去って行った。

 ……腕が鳴る、かあ。

 相手の人もかわいそうだ。いや、武力侵攻してるんだから当然の報いとも言えるんだろうけど。

 山すら抉り取る威力の魔法を受けることになるとは思ってないんじゃないかな……。


「メイおねーちゃん?」

「あ、サリア王女。すみません、お勉強の途中でしたね」

「うん、続きやろー?」

「そうですね、それでは次の問題なのですが……」


 こういう時だからこそいつも通りにして、サリア王女には心配をかけないようにしなきゃ。

 万が一の時も宮廷魔術師長のソシファさんがいるから大丈夫だろう。


 そう思いながら、私は授業を再開するのだった。




**********




「た、大変です!」


 急にドアが開いたかと思うと、ソシファさんが息を切らせながら私たちの方を見る。


「どうされましたか?」

「城内に敵が侵入したのか、兵士が同士討ちを始めたのです!」

「魔法か何かでしょうか……?」

「分かりません……ですが、このままだとここまで戦闘に巻き込まれてしまいます。馬車を用意してありますので、一旦お逃げください」


 まさか一日の間にこんなに事件が連続するなんて……王妃様に言われた通り、ソシファさんに従って脱出しなきゃ。


「おねえちゃん?」

「サリア王女、ここは危険ですので、私とソシファさんと一緒にルナーリア王女の所へ避難しましょう」

「……うん、メイおねえちゃんと一緒ならいいよ」

「それでは急いで行きましょう。ソシファさん、馬車の場所はどちらですか?」

「こちらです、お急ぎください」


 私はソシファさんに連れられて、サリア王女を抱き抱えて馬車を目指す。

 所々で剣戟の音が響いていて、戦闘が起こっていると肌で感じることになる。


「準備はできていますか?」

「ええ、食料も積み込んでいて、いつでも発車できます」

「それではお二人とも、お乗りください」


 私とサリア王女、ソシファさんは馬車へ乗り込むと、すぐに馬が走り出した。

 まさか帰ってきてすぐにこんなことになるなんて思っていなかったけど……ソシファさんがいるから心強い。



 しばらく時が経ち、門を通り抜けて国外へ。

 見渡す限り草原が広がり、周りには敵影はない。


「ここまでくれば一安心ですね」

「ええ、そうですね。……ここまでくれば、誰も手出しはできないからなあ?」

「ソシファ……さん……?」


 急にソシファさんの口調が変わったと思うと、ソシファさんの姿が溶け出し、男の姿へと変貌を遂げた。


「だ、誰……!?」

「はっ、まだわかんねえか。王女サマを浚ってくるように依頼されたモンだよ」

「サリア王女を……? ということはあなたは南の国の……」

「ご名答。王女サマだけでよかったんだが、まさかお付きのメイドまでついてくるとはなあ」


 男は私を睨みつけながらそう言う。


「そ、ソシファさんは……!? まさか……」

「残念ながら俺のスキル『変身』は対象が生きていないと発動しないからな……ま、眠らせておいたから数日は起きねえだろうよ」


 そっか、ソシファさんは命までは取られていないんだ……よかった。

 でも、数日起きないならこの状況は……どうすれば……?


「……そうだ、女。こっちへ来い。王女サマに傷を負わせたくなかったらな」

「さ、サリア王女に……?」

「ああ、別に王女が生きてればどれだけ傷つけようが構わないらしいからな。で、どうする?」

「わ、分かりました……」


 私はサリア王女をなだめながら馬車の奥に座らせ、落ち着かせる。

 そして男の元へと歩み寄る。


「座れ」


 私は言われた通りに男の前に座ると、男はナイフを取り出した。


「動くなよ? 大事な肌に傷を付けたくなかったらな」


 すると男は私の服の胸の部分にスッとナイフを差し込み、切れ込みを入れる。

 そして、ナイフをしまい、切れ込みに指をかけ……。


「いやぁっ!?」


 私の服を左右に引き千切る。


「おねえちゃん!」


 サリア王女が今にも泣きだしそうな声を出す。

 こんな小さい子の前でこんな非道なことができるなんて……。


「はっ、いい目をしてるじゃねえか。でもいいのか? 抵抗したら……」


 男はちらりとサリア王女の方を見て、ナイフの刀身を少しだけ私に見せる。


「……分かりました、サリア王女には手を出さないでください」

「ははっ、物分かりがいいことで」


 ……誰か、助けて……。

 陛下……王妃様……ルナーリア王女……!


 でも、こんな大草原で移動している馬車なんて、誰も見つけては……。


「……だめ……」


 サリア王女がぽつりと呟く。


「あ、なんだ? 王女サマが相手をしてくれるのか? だがあいにく俺はそういう趣味じゃないんでね」


 男は一瞬だけサリア王女の方へと振り返る。

 しかしすぐに私の方に向き直ると、破れた服から見える胸へと手を伸ばし……。


「……メイを……いじめちゃ……」



「ダメーーーーーーーっっっ!!!!!!」


 突然、私の目の前をとてつもない速さの水の塊が通り過ぎる。

 男と御者はそれに巻き込まれ、遥か上空へと連れ去られ、暫くの後、地面へと叩きつけられた。


「さ、サリア王女……?」


 私は水の出所へと視線を動かすと、そこにはぐったりとしたサリア王女がいた。

 ……私の記憶が確かなら、この魔法は……王妃様が最初にサリア王女に見せた「ウォーターサイクロン」。

 規模こそ小さいものの、あの魔法に酷似している。


 そして同時に思い出した。

 『使う魔力が多すぎて、あなただと重大な魔力枯渇に陥って、最悪死んでしまうもの……』という王妃様の言葉を。


 私はサリア王女に駆け寄ると、意識の有無や脈などを確かめる。

 意識こそないものの脈はあり、即死ではなかったようでそこは一安心だ。

 しかし、これが長く続けば身体に何かしら異変が起きてもおかしくはない。

 一刻も早くマジックポーションを飲ませてあげないと。

 私はそう思いながらサリア王女を抱き抱え、破れた服のことも忘れて町へと走り出した。





「おっと、そのガキをこちらに渡してもらおうか」


 走り出して数分、突然馬に乗った男たちに囲まれる。

 この辺では見ない身なり……サリア王女を狙っていることから考えると、おそらく先程の男の依頼者と関係している人たちだろう。


「嫌です」

「はぁ? この人数に囲まれてそんなことを言うとはなあ……気でも狂ったか?」

「私はサリア王女を助けないといけません。そこをどいてください」


 こんなことを言っても無駄だというのは分かっている。

 でも、私の頭の中はサリア王女を助けることでいっぱいになっているのだ。

 無理矢理馬の隙間を抜けて再び走り出そうとする。


「おいてめえら、女の足を狙……ぐわぁぁぁっ!?」


 突然、リーダー格と思しき男の悲鳴が上がる。

 振り向くと、そこには……。


「お待たせしましたわ、メイおねえさま」

「る……ルナーリア王女! どうしてここへ!?」

「説明は後ですわ! 影のみなさま、やっておしまいなさい!」

「御意!」




 数分後、そこには足の腱を斬られて動けなくなっている男が地面に転がっていた。


「さあおねえさま、馬車にお乗りくださいませ」

「あ、ありがとうございます……あの、マジックポーションはお持ちではないですか?」

「いえ、今はありませんが……どうされましたか?」


 私は今までの経緯をルナーリア王女に説明する。


「なるほど……それは一刻を争いますわね。馬車を急がせましょう。……それから、おねえさまはこれを羽織っていてください」

「ありがとうございます……」


 私はサリア王女を馬車に寝かせると、ルナーリア王女から受け取った布を羽織る。

 この世界にはブラジャーなんていうものがないため、動くたびに破れた服から零れ出そうだったので助かった。


「おねえさま、大丈夫ですわ。わたくしと影がついていますから泣かないでくださいませ」

「え……? あ……」


 言われて私は涙を流しているのに気が付いた。

 安心したからだろうか、それとも……。

 しかし、止めようとしても止まらず、それどころか今までよりもあふれ出してくる。


「おねえさま、もうすぐ町につきますから、大丈夫です……わっ!?」


 突然、馬車が急停止する。

 何が起きたのかと外を覗くと、そこには100人を超す騎馬兵がいた。


「最終警告だ! 今すぐに王女を渡せ! さもなくば……」

「あ、あの人数は……影を多く連れてきたとはいえ……」


 まさかまだ戦力があったなんて……。

 いや、あの陛下や王妃様から王女を奪おうというんだ。これぐらいが普通なのかもしれない。


「あと5秒だけ待ってやる……結論を出せ! 5……」


 どうする……どうする!?

 サリア王女は渡したくない。そしてルナーリア王女も。

 どうにかして、二人とも無事に……。


「2……」


 ダメ、どうしても案が浮かばない……!


「時間切れだ。全軍、突撃せよ! 王女以外は殺しても構わぬ!」


「……炎よ、灼熱の波と成りて我が敵を灼け、ファイアウェーブ!」

「ぎゃああぁぁぁっ!?」


 騎馬兵の突撃の瞬間、私たちの前に炎の壁が発生し、騎馬兵を悉く飲み込んでいく。

 この魔法は……。


「すまない、遅くなった」

「へ……陛下……!」


 北に魔物の討伐に行ったはずの陛下だ。

 戻ってくるにしても半日はかかるはずなのに、どうして……?


「ルナーリア王女、我々の問題に巻き込んですまない。そして……」

「……?」


 陛下は私の方をちらりと見る。

 そしてマントを引き千切り、私の胸を隠すように身体を一周させて巻いてくれる。


「……あいつらに()の家族に手を出したこと、後悔させてくる」


 陛下はそう言うと、騎馬兵の前に出る。


「ひ、退けーッ! 紅蓮のヴィルトが相手では勝ち目がない!」

「俺がお前らを逃がすと思ったか? 骨すら残さず焼き尽くしてくれる!」


 騎馬兵が撤退を始めるが、それは叶わなかった。


「あらあら、私たちの娘に手を出しておきながら……それは覚悟が足りないのではなくて?」


 騎馬兵の退路に城壁よりも高い氷の壁が立ち塞がる。

 これは……王妃様の魔法。


「スィーズ、よくやった。……奴らは焼き尽くして構わんだろう?」

「待ってくださいあなた。私たちの娘に手を出しておきながら、一瞬で殺すのは与える苦しみが少なすぎますわ」

「……はっはっは、確かにそうだな。俺も頭に血が上っていたようだ。捕えて死んだ方がマシだというぐらいの苦痛を与えてやろうではないか。捕縛は任せたぞ、俺だと殺してしまいかねないのでな」

「ええ、任せてくださいな」


 ……なんだか、凄い会話をしているな……。

 でも、それだけ二人はサリア王女のことを溺愛しているので、若干理解できなくもない。


 ……そうだ、魔法を使う二人なら!


「あの、すみません陛下! 王妃様! マジックポーションはお持ちではないでしょうか!?」

「む? 確かに持ってはいるが……」


 私は経緯を説明して、二人をサリア王女の元へと案内する。


「サリア、どうかこれを飲んでくれ……!」


 陛下はマジックポーションの蓋を開けると、ゆっくりと傾けてサリア王女の口へと流し込んでいく。

 しかし……。


「もう……飲めないほど衰弱しているの……?」

「そん……な……」


 そんなのはダメ……。

 こんなにも二人に愛されてるのに。

 私だけ助かって、サリア王女だけこんなのはダメ……!


 どうにかしてサリア王女を助けたい。

 でも、どうすれば………………そうだ!


「すみません、マジックポーションをお貸しください!」


 私はマジックポーションを受け取ると、中身をできるだけ口に含む。

 そしてサリア王女の唇に私の唇を重ね、少しずつ、少しずつマジックポーションをサリア王女の口の中へと移していく。


 お願い……飲んで、サリア王女……!

 神様、私はどうなっても構いません。でも、この子だけは……サリアだけは……助けてあげてください!




 ……私の願いが通じたのか、サリアの喉が動いた。

 そう、少しずつではあるがマジックポーションを飲んでくれたのだ。


 ああ、よかった……これで、サリアは助かる……。


 そう安心して気が緩んだのか、緊張の糸がプツリと切れて、私の意識は次第に遠のいていった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ