眠り姫
「サリア王女、起きてください。朝ですよ」
「……」
「サリア王女……?」
「すぅ……すぅ……」
布団をめくるとそこには目を閉じたサリア王女。
そして……うん、寝息じゃなくて寝たふりだこれ。
……やっぱりアレが原因かな……。
「起きてくださいー、お着替えして朝食の時間ですよー」
「……」
頑なに起きようとしないサリア王女。
どうしたものかと思っていたら、ふと後ろの扉が開く。
「あらあら、サリアはまだ寝ているのね。お寝坊さんだわ」
入ってきたのは王妃様。
目を閉じているサリア王女を見て寝ていると思っているようだ。
「いえ、たぶん寝たふりだと思います」
「あら、どうしたのかしら?」
「おそらく昨日の夜にお話した物語のせいだと思います……すみません、私のミスです」
「いったい何をお話したの? 気になるから聞かせてちょうだい」
「それはですね……」
**********
「――そして、お姫様は毒入りのリンゴを食べて眠ってしまいました」
「お姫様かわいそう……」
昨晩私が話していたのは『白雪姫』をアレンジしたストーリー。
アレンジと言っても本筋は変えず、登場人物の名前をこの世界の人の名前にしたぐらいなんだけど。
「――そこに王子様が通りかかり…………」
「……メイおねえちゃん?」
そしてサリア王女にどんどん続きを話して行き、後半で言葉に詰まった。
というのも。
(これ、王子様のキスで目を覚ますから、もしかしたら……)
そう、サリア王女を朝起こしにきたら、この物語に倣って『キスじゃないと起きない!』とか言いだしそうで。
「おねえちゃん……?」
「あ、す、すみません。ちょっと考え事をしてまして……では続きですね」
その後、最後まで物語を読み終えると、サリア王女は寝息を立てていた。
……朝起きて、忘れててくれてればいいんだけど……今までの物語、全部覚えてるのよね……。
まあもう話しちゃった以上はしょうがない。何事もないことを祈りつつ、私も部屋に戻って休むことにしたのだった。
**********
「――ということで、現状こうなっていまして……」
「あらあら、それはメイさんが悪いわね。責任取ってキスで起こしてあげなきゃ」
「か、簡単に言われますが……」
この世界でのキスは前世同様に、基本的には恋人同士や親子などで行う。
しかしそういう間柄ではない者同士がした場合、事故を除き責任を取るという風潮がある。
つまり。
「あの……それをしたら私、責任を取らなくてはならないのですが」
「ええ、メイさんがサリアの伴侶だったら私は歓迎よ?」
「いえいえいえいえ?! そういうわけには?!」
つかみどころのない人だとは分かってはいるけど、どこまで本気なのか本当に分からない。
困っている私を見て楽しんでいるのは間違いないのだけど。
「…………あっ、そうだ」
「あら、何か閃いたかしら?」
「はい、少々お待ちください……」
私はサリア王女の寝ているベッドに向かうと、跪いてサリア王女の手を取る。
そして、そっと手の甲に口付けをする。
「サリア王女、どうかお目覚めください」
「…………はーい。んー……ホントはちゅーして欲しかったんだけどなあ……」
サリア王女はむくりと起き上がり、少々不満はあるものの、キスという行為として認めてくれたようだ。
「なるほど、騎士の誓いという感じにしたのね。確かにキスで間違いはないし、よく考えたわね」
「え、ええ……ちょっと苦し紛れではあるんですけど」
「えへへー、メイおねえちゃんにキスしてもらったって、パパに自慢しよー」
「え゛っ。……そ、それだけはおやめください!」
思わず『え』に濁点を付けてしまう。
薬指に指輪だけで卒倒した陛下だ、そんなことを聞いたらまた卒倒どころか天に召されかねない。
「ダメよサリア。こういうのは秘密にしなきゃ。……それから機をみてパパに一番ダメージが入る時に話すの」
「王妃様?」
「ふふふ、冗談よ」
冗談に聞こえないんだよね。めちゃくちゃ真顔で言ってたし。
まあでも、サリア王女は母親……王妃様の言うことなら素直に聞いてくれるし、これでお口にチャックできるかな。
そういう意味だと助け船を出してくれたのだろう。ということにしておく。
しかし、パパ以外には話した……つまりルナーリア王女には話したというわけで……。
ルナーリア王女も似たことをして、キスをおねだりしてきたのは言うまでもない。
**********
「ふぅ、今日も疲れたなあ……」
私は自室に戻ると、ベッドに倒れ込む。
今日もサリア王女とルナーリア王女のお勉強や魔法の実践補助など、色々なことをした。
そして、日に日に二人からのアプローチも強くなっている。
「結婚、かあ」
正直、生きるのに精一杯で、前世も今世も恋愛というものはあまり考えたことはなかった。
前世ではちょっと気になる人はいたけど、特に想いを伝えることもなく、卒業して会う機会は全くなくなったんだよね。
サリア王女みたいに、自分の気持ちを素直に伝えられたなら、また違った人生になっていたのだろうか?
「サリア王女も……ルナーリア王女も強いよね」
こどもだからというのもあるだろうけど、二人とも自分の気持ちを直球ど真ん中で投げつけてくる。
サリア王女の好きは恋愛という意味での好きとは違うかもしれないけど。
ルナーリア王女の方は……愛人とか側室とかいう言葉も出てたから、恋愛という意味なんだろう。たぶん。
でも、二人とも王族だし、子を残すことが望まれているだろう。
その年齢が来たら、政略結婚もあるかもしれない。
それに、お二人も成長すれば同年代の男の子に興味を持ち始めるはず。
「……だから、今はのらりくらりとかわして、二人の精神が成熟するのを待てば……時間が解決してくれるはず」
でも。
もしその時がきても、二人がまだ私を好きだったら?
「……ないない。そもそもお二人とも7才だし、私は14歳。年齢が離れすぎてるよ」
なんなら、私の前世の年齢も足したら30超え。二回りぐらい違う。
……ああもう、やめやめ。
考えても仕方ないし、早く寝て明日に備えなきゃ。
私は目を閉じ、眠る準備をする。
それでも、浮かんでくるのは私に『好き』と言ってくれる二人の笑顔。
……はぁ。果たしてこの先どうなるのやら。
その夜私が見た夢は、成長した二人と楽しく過ごすものだった。
そして、二人にキスを迫られたところで目が覚め……。
その後の一日は、いつも以上に二人を意識してしまうことになったのは言うまでもない。