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二人の出逢い

「わたし、ぜったい……ぜーったい、メイのお嫁さんになるのっ!」


 身長が私のおへそぐらいまでの小さな女の子が、日光に照らされ光を反射して煌めく金髪よりも強く目をキラキラと輝かせながら、上目遣いで私……メイにそう告白する。

 ……私も女の子なのに。


「サリア! サリアは将来パパと結婚するんじゃなかっ……むぐっ!?」

「あなた、うるさいですよ。せっかくの雰囲気が台無しです」


 後ろでは女の子の父親がそう叫び、母親に口を氷で塞がれて言葉を紡ぐのを強制的に中断させられている。

 ……この世界では魔法が使える人がいて、母親は水・氷魔法の使い手なのだ。


「し、しかしだな……」


 父親の口を覆っていた氷は炎で溶かされ、更に父親が反論しようとする。

 そう、父親は炎魔法の使い手で、分厚い氷も融かすほどの能力の持ち主だ。


「あなた、サリアの意志を尊重してあげなさい。先日7才になって物心もついてきてるのですよ」

「む、むぅ……」


 ここで私が「一時期にたまにある年上へのあこがれみたいなものですよ」とでも言えたらよかったんだけど。


 でも、畏れ多すぎて言えなかった。


 だって、彼女たちは……この国のロイヤルファミリーなのだから――。




**********




 私の名前はメイ。

 いつの間にかこの世界に転生していた、元女子高校生だ。

 転生とはいっても、記憶だけそのままで何か特別なスキルを持っているとかはなかった。


 そのため、特に大きなことは成せてはいないのだけど、教育水準は日本よりも低くて、算術……いわゆる算数とか数学の分野ができる人はこの世界では貴重らしく、塾の講師みたいな仕事に就いていた。

 人に何かを教えるのは得意とまでは言えなかったけど、私が教えることでこどもたちの能力が花開いていくのを見るのはすごく嬉しい。

 12歳からその仕事を始め、最初は1人や2人だった生徒も、2年経った今では10人を超えるほどになっていた。


 そんなある日――。


「メイさん、ですね? よろしければ私の娘の勉強を見て頂きたいのですが――」


 突然、身なりの綺麗な……まるで貴族のような貴婦人が私の塾を訪ねてきた。

 その娘さんも塾に通わせては、と対応したのだが、どうもマンツーマンでの指導を希望しているらしい。


「もちろん、ここでの授業が終わったあとで構いませんので……」

「分かりました、それではお昼過ぎには終わりますので、家を教えて頂ければ……」

「いえ、その時刻にこちらからお迎えにあがります。それではまたお会いしましょう」

「分かりました、ありがとうございます」


 貴婦人はそう言うと馬車に乗り込み、町中へと消えて行った。

 うーん、向かった先はお城の方向で、あっちは豪商の人などが住む高級住宅街だったはず。

 やっぱり身分が高いか、お金持ちの人なのかな。

 それなら謝礼も弾んでくれるかも……そしたらこっちの世界のお父さんやお母さんに楽をさせてあげられるかも?

 そんな淡い期待を抱きながら、私は朝の講義の準備を始めるのだった。




 ――そして時間は経ち、お昼過ぎ。


「メイさん、今よろしかったですか?」

「はい、ちょうど準備が終わったところです」


 今朝の貴婦人が予定通りの時刻に尋ねてくる。

 お昼ご飯も食べ、教材を準備し終えたので本当にぴったりだ。


「それではこちらの馬車へ」

「お邪魔させていただきます」


 実はこちらの世界に来てからは城下町から外に出ることがなく、買い物なども近場で済ませているので馬車に乗るのは初めてだった。

 少しウキウキしながら乗り込むと、御者の人が馬車を出発させる。

 目的地は高級住宅街かな?

 そう思いながら、貴婦人と世間話をしながら馬車に揺られていると……。


 あ、あれ?

 高級住宅街を通り過ぎた?

 え? どういうこと?

 この先にあるのって……。


「あ、あの……この馬車はどちらに向かわれているのでしょうか……?」

「私の家ですよ」


 私の家。

 この先にあるのは……お城。

 まさか……まさか!?


「ご苦労様、皆さん。門を開けてくださるかしら?」

「はっ! ……そちらの方は?」

「娘……サリアの教師候補です。失礼のないように」

「分かりました! 皆に伝えておきます!」


 ……娘……サリア……って確かこの国の一番下の王女様の名前……。

 ははは……まさか、ね……。


 その後、心ここにあらずな私は馬車を降り、城内を歩き、とある一室へと案内される。

 ほ、本当に私こんなところにいて大丈夫なの……? ドッキリじゃないよね?


「さ、メイさん。こちらです」

「は、はい……」

「緊張しているのかしら? 普段通りで大丈夫ですよ」


 お、王妃様に道案内までさせてしまって……いいのかな……。

 私が内心申し訳なく思っているとはつゆ知らず、王妃様はドアを開ける。

 その中では一人の女の子と、家庭教師と思われる女性が授業をしていた。


「?」


 ドアが開いた音で少女はこちらへと振り返り、私の方をじっと見る。


「ママ、その人だれー?」

「サリア、あなたのお勉強を手伝ってくれる人よ。今日は主に見学をしてもらうのだけど」

「ふーん?」

「さ、少し後ろで見学をしましょう」

「は、はい……」


 私は王妃様と一緒に、後ろで王女様の勉強をしているところを見学し始めた。

 今やっているのは算術らしく、1桁の足し算と引き算を主にやっているようだ。

 最初は王女様も真面目に授業を受けていたのだけど、途中から飽きてきたのか落書きを始める。


「……娘は勉強が嫌いなのか、ああやって講師を困らせるのですよ」


 王妃様が王女様に聞こえないように、私に耳打ちをする。

 確かに小さい子は飽きやすい子もいるし、集中力が続かない子もいる。

 私が教えてきた子たちは勉強意欲がある子たちばかりで、こういうタイプは初めてかも。

 王女だから、という理由でいやーな勉強を強いられているからかな?


「もし何か気づいたことありましたら私までお願いしますね。では私は用事があるのでまた後ほど……」

「分かりました、できる限りのことはさせて頂きます」


 王妃様が退室した後も、私は授業をずっと見ていた。

 やっぱり集中力の問題なのかな、王女様はよく授業そっちのけで落書きをしたり、周りをきょろきょろしたりすることが多い。

 でも、授業のやり方にも問題があるのかも。

 計算結果を丸暗記させるようなやり方で、特にこれといった面白みがないのが原因かもしれない。


 そんな事を考えていると、コンコンとドアがノックされる。


「はい、今開けます……って王妃様……?」

「ふふ、ちょっと休憩をと思って、クッキーを持ってきたわ」

「クッキー!? やったーっ!」


 クッキーという単語に反応して、王女様がこちらへと駆け寄ってくる。

 やっぱり小さい女の子、お菓子が好きなんだな……とほっこりしてしまう。


「それでは机に置いておくから、みんな……メイさんもご一緒にどうぞ」

「よ、よろしいのですか?」

「ええ、今日のはうまく作れたからぜひどうぞ」


 えっ、これ王妃様の手作りなの!?

 ということはさっき言ってた用事って……。


「それじゃサリア、()()()()()()()食べてね」

「うんっ!」


 王妃様はそう言うと今度は公務があるのか、急いで部屋を出て行った。

 クッキーかあ……実はこの世界だと高級だからあんまり口にできないんだよね。

 さて、言われた通りにみんなで分けて食べ……みんなで分ける……そうだ!


「王女様、よろしければ私の出す問題を解いてみませんか? 1つ正解するごとに私の分のクッキーを1枚差し上げま――」

「やる! やるっ!」


 私が全部を言い切る前にサリア王女の言葉が私の言葉を遮る。

 それほどまでにクッキーが1枚増えるのは魅力的なんだろう。

 私だって、小さい頃にそんな問題出されたら飛びつくもん。


「ふふ、それでは準備をしますので、少々お待ちください」

「うんっ!」


 私はまずクッキーの枚数を数え、私と王女様と家庭教師の3人で均等にお皿に分ける。

 1人5枚ずつか……これならちょうどいいね。


「それでは問題です。私と王女様のクッキーの合計は何枚ですか?」

「えっと……うーん……うーん……」


 王女様はまず自分のお皿のクッキーを右手の指で数え、次に私のお皿のクッキーの数を左手の指で数える。


「きゅーう……じゅう! 10枚!」

「正解です。私と王女様のお皿それぞれに5枚ずつあったので、5+5で10になりますね。それでは私のお皿から王女様のお皿に1枚移しましょう」

「やったーっ!」


 王女様が満面の笑みを浮かべる。私もそれに釣られて口元が緩んでしまう。

 こどもの屈託のない笑顔ってとても癒される。

 ……おっと、それよりも次の問題を出さなきゃ。


「では2問目です。1枚クッキーを移動させたので、それぞれのお皿にあるクッキーは何枚になりましたか?」

「えっと……わたしのお皿に5枚あったのが1枚増えて……」


 うん、いい感じ。

 これで5+1と5-1の計算をそれぞれしてもらうのだ。

 解かないといけない問題が2つに増えたのでちょっと時間はかかったものの、王女様はすぐに答えを導きだす。


「わたしのは6枚! それから、えっと……」

「私はメイと申します」

「メイ……メイのは4枚!」

「そうですね、王女様の方は5+1で6、私の方は5-1で4になります。それでは正解しましたので、また1枚差し上げますね」

「わーいっ!」


 私はクッキーを移動させると王女様に向き直り、最後の問題を出す。


「それでは最後の問題です。王女様と私のクッキーの差は何枚ですか?」

「えーっと……わたしのが7枚で……メイのが3枚だから……4枚!」


 王女様が問題を答えると同時に、ドアが開く音が聞こえた。


「あらあら、楽しそうな声が聞こえてきたからお邪魔しましたが……サリア、随分楽しそうですね」

「うんっ! メイおねえちゃんの問題が楽しいのっ!」

「問題が……? サリアがお勉強でそこまで楽しむなんて……メイさん、いったいどんな方法で……?」


 私は用紙上でただ単に数字だけの計算をするのではなく、クッキーという実物を使っての足し算や引き算の問題をしていたことを王妃様に伝える。

 更にこれを応用すれば王女様も楽しく勉強することができるのではないかと付け加える。


「サリア楽しいの好き! だからメイおねえちゃんも好き!」

「あらあら、随分と好かれましたね……サリアがここまで心を許すのは初めてです」

「えへへー」


 王女様が私に背中から抱きついてくる。

 ……下手なことしたら不敬罪とかなんとかでまずそうなので、ここはされるがままに……。


「それでは、よろしければ明日からもここに通ってサリアに勉強を……」

「あの、メイおねえちゃん……?」

「……? どうかされましたか?」

「あのね、サリア、もっとおねえちゃんと一緒にいたいの……」


 仔犬のような哀しそうな表情で、私を上目遣いで見てくる王女様。

 ……若干、庇護欲が掻き立てられてしまう。


「あらあら、ダメですよサリア。メイさんが困ってしまいます」

「でもー……」


 王女様が私の服の裾をぎゅっと握る。

 それを見て王妃様は観念したのか、申し訳なさそうに私の方を見る。


「……メイさん、よろしければなのですが……サリアのお付き……メイドとして、少しの間一緒にいてもらえませんか? もちろん、今までの仕事はそれまで通り行って頂いて構いませんし、その際には馬車での送迎もさせて頂きますし、メイドとしてのお給金もお支払いします」


 今までの仕事はそのままで、居住をこの近くに移して空いた時間をサリア王女と過ごす感じかな?

 でも、この辺りは家賃も高いし……。

 そういった疑問を王妃様にぶつけてみる。


「その辺りは大丈夫です。メイド専用の宿舎を用意していま……」

「わたし、メイおねえちゃんと一緒に寝たい!」


 えっ。

 流石に一般市民と同室は王族としてはまずいのでは?


「……まあ、同性であれば問題は起きないでしょうし、メイさんが問題なければよろしいですよ」

「やったーっ!」


 ええっ!?

 私の返事を待たずにサリア王女は大喜びする。

 い、いいのかな……他のメイドさんとか、王様の許可とか……。

 そして私を期待のまなざしで見てくる王女様の視線がすごい。これ断れないやつだ!


「……分かりました、私は大丈夫ですので……ですが事が事ですので陛下にも伝える必要があると思いますが……」

「夫には私から伝えておきますので、メイさんは何も心配なさらないでください」

「は、はい……」


 こうして。


 突然、王女様お付きのメイドになった私と、王家の末女であるサリア王女の同居生活が始まったのだった――。

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