第17話 未熟な精霊術師(4)
「未夢さん急にどうしたんですの? 体が少し震えているじゃありませんか」
「実はその……」
未夢さんの様子に違和感を感じたのか、私と蓮也との遣り取りを観察していたクリスが心配そうに声をかける。
「なんだ? 俺に出来ることなら相談にのるぞ」
さすがの蓮也も未夢さんの様子が気になったのか、先程までの態度を一変させ、真面目な表情で話しかける。
やがて何かを決意したのか、未夢さんが……
「こんなことを話すのは変なのかもしれませんが、結城家って精霊の力を借りて、妖魔退治をされているんですよね」
「「「「!?」」」」
その言葉を聞いた時、この場にいる未夢さん以外の全員が即座に反応する。
蓮也は未夢さんに悟られない様、周辺を警戒し。私は風華に頼み、周りに声が漏れないよう薄く小さな結界を周囲に貼る。
「未夢さん、突然どうされたんです? それにその……精霊や妖魔というのはなんなのですか?」
全員に結界を貼ったことを視線だけで合図をし、まずは一番親しいであろうクリスが、それとなく探りを入れるよう話しかける。
「聞いたんです。私たちの知らないところで精霊や妖魔が沢山いて、結城家はその妖魔を精霊の力を借りて退治しているんだって」
未夢さんが語った内容は、多少の語弊はあるものの、的確にその事実を当てていた。
確かに政府関係や大企業のご令嬢たちが通う学校に在籍しているので、親や親しい友人達からそれとなく聞かされているとい可能性は否定できない。だけどこの事実にはマスコミすら硬く口を閉ざすと言われるほど、機密保持が徹底されている。たとえこの事実を聞かされていたとしても、当然誰にも話すなと教えられているのだ。
もし今のこの世の中で、妖魔と呼ばれる存在が事件や災害などを起こしていると知れば……、その妖魔達が人間の心に寄生すると知れば、人々は当然大パニックを起こしてしまう事だろう。
ただでさえ人の心は弱いのだ、例え嫌がらせのつもりで『あいつは妖魔に取り憑かれている』といえば騒ぎになるし、出来もしない除霊を謳い文句に、宗教団体が誕生する可能性もある。
しかもそれが日本だけに留まらず、世界各地で起こっているとしれば、それはもう地球全土を巻き込んだカオスな世界へと変化してしまう。
だからこそ、この事実は世界共通で隠蔽しなければいけないのだ。
「すまんがそんな話は聞いたことがないな」
「私も聞いたことがありませんね。もしかしてSNSか何かで騒がれているんですか?」
本人である蓮也が否定をし、その言葉に追い打ちをかけるよう凪咲ちゃんが付け加える。
今じゃSNSが普及してしまった事で、ちらほら妖魔絡みの事が出ているのは事実。大概の場合は都市伝説かオカルトの類で、騒ぐだけ騒いでいつの間にか沈静したりしているのだが、私たち術者にとってはいい迷惑。
だからといって世界中の目撃者全員の口を封じる事も出来ず、火消しに回れば逆に油を注ぐようなものなので、そっと見守る事しか出来ないのが現状なのだ。
凪咲ちゃんもおそらくそちら方面に回避しようとでも考えているのだろう。
「そう……ですか、そうですよね。はは、私ったらなに変な事をいってるんだろう」
二人から完全否定をされ、はははと笑って誤魔化す未夢さんだが、その表情からは何かを隠しているようにも感じられる。
それはどうやらクリスも感じたようで。
「ねぇ未夢さん。どうしてそのような話が出てきたのかしら? 心配ごとがあるようでしら、何でも相談に乗りますわよ」
「そうね、私も相談に乗るわよ」
「あ、ありがとうございます。でも、ホントに何もないんです」
彼女にしてみれば一世一代の告白だったのだろう。その真意までは確かめられないのだが、親友であるクリスにも話せないとなれば、私や蓮也ではどうする事も出来ない。
せめて内に隠している事を話してもらえれば、こちらの事情も説明できる場合もあるのだが、今のこの情報だけでは打ち明ける事は出来ない。
クリスは私たち以上に未夢さんとは親しいから、歯がゆい心境なのではないだろうか。
「未夢さん、私たちに話せない内容だったら、ご両親や警察の方へ相談してみてはどうかしら?」
「そうですわ。意外と警察の方が力になってくださる事もございましてよ」
もともと妖魔退治の依頼の大半は、警察の方から入ってくる方が多く、大きな都市なんかは専門の窓口があったりと、意外と充実したりもしているのだ。
その事をそっと提案するも。
「二人ともありがとう、でもホントに大丈夫なんです。私その……そろそろ帰らないといけないので、ここで失礼しますね」
「あっ、未夢さんまって!」
それだけ言い残すと、クリスが止める間もなく未夢さんは走るように立ち去る。テーブルにはいつの間に用意されたのか多めのお金だけを残して。
「一体未夢さんはどうされたのかしら。相談してもらえない事がこれほど歯がゆいとは思いませんでしたわ」
「そうね。だからと言ってこちらから打ち明ける事もできないから」
未夢さんが立ち去った後、やはり様子が気になるという話になり、場所を変えてゆっくりと話せる場所へと移動する。
「……ねぇ、クリス。一つ確認なんだけど、未夢さんは術者ではないわよね?」
ふと前々から気になっていた事があり、クリスに尋ねる。
「何をおっしゃっているのですか? 未夢さんが術者の筈がありませんわ」
「だよね。じゃ最近琥珀を呼び出したのはいつ?」
「えっ、琥珀ですか?」
クリスにしてみれば、未夢さんの話から急に自分が契約している精霊の話をされ、さぞ戸惑っていることだろう。
だけど私だって意味もなく話を振っているわけではなく、少し確認したい事があっての問いかけ。
クリスは私の真剣な様子に、多少戸惑いながらも答えてくれる。
「そうですわね。一ヶ月ほど前……といったところでしょうか?」
「一ヶ月前? 随分と呼び出していないのね」
別に妖魔退治をしていないのだから、精霊を長期間呼び出さない事は不思議ではない。
だけど琥珀は白銀や風華と違い人の言葉は喋れないため、呼び出した上で感情を読み取らなければ意思疎通は測れない。
私ならば二人が姿を見せないままで話しかけたりできるのだが、クリスと琥珀の間では難しいだろう。
「以前……なんですが、ある方に注意されまして……」
「ある方?」
それはまだクリスが幼少時代だった頃、琥珀と一緒に公園で遊んでいた事があったのだという。
「私は未熟な術者……いいえ、それ以下の存在。自分は疎か琥珀すら守れない事件があったんですの」
一瞬クリスの視線が蓮也の方へと向けられるも、すぐにその視線は下へと向く。聞けば偶然現れた妖魔に、琥珀が取り込まれそうな事態が起こったらしい。
力の強い精霊ならば独自で妖魔を払えるのだろうが、生憎と術者としては未熟で、精霊としても弱い琥珀には妖魔を退けるほどの力がなく、たまたま通りかかった同年代の男の子がいなければ、今ごろ琥珀は食べられていたのだと、クリスは語った。
「精霊を呼び出すなら最後まで責任を持て。弱い霊力では妖魔の餌になるだけだと、叱られたんですの」
あぁ、そういう事か。
私たち精霊術者は未熟な幼少期には大人たちに守られ、成長した今では自ら戦う術を身につけている。だけど未熟なまま一族から離れたクリスは、妖魔にとっては恰好の餌にでも見えたのだろう。
精霊を呼び出し続ければその分リスクを伴う。呼び出さない期間が長ければお互いの絆は薄れていく。そしてクリスは琥珀を守る為、後者を選択したのだという。
「ごめんなさい。何も知らなくて」
クリスにとって琥珀は大切な家族のようなもの。呼び出せない苦悩と共に過ごしたい葛藤とが、今も彼女の中で居続けている。
それでもお互い契約を破棄しないという事は、二人の中では絆が完全に切れていないという証拠なのだろう。
「構いませんわ。いずれ説明しないといけないとは思っておりましたので」
先ほどからクリスがチラチラと蓮也の様子が気になっているようだが、もしかしてその幼少時代に出会ったという少年が、蓮也だったのかもしれない。
当の本人はまるっきし他人事のように聞いているんだけれど。
「それで、琥珀の事を聞いてどうなさいますの?」
「あぁ、それはね」
少し遠回りになってしまったが、私は前々から時折感じていた精霊の話を伝える。
「精霊の気配ですの?」
「えぇ、私はてっきり琥珀のものだと思っていたのだけれど、呼び出したのが一ヶ月も前となれば、少しおかしいわね」
これが頻繁に呼び出していたなら、私が感じていた理由も説明できるのだが、一ヶ月もの期間が空いていたとなれば話は変わる。
それに琥珀がそんな危険な目にあったのならば、クリスも気を付けているはずなので、私が時折感じる精霊の気配は別の精霊だと考える方が妥当であろう。
「ねぇ、クリス。琥珀って今呼び出せたりできる?」
「もちろん呼び出す事は出来ますけど、さすがにここでというわけには」
「あぁ、そうね」
場所を移動したとは言え、ここはまだ一般人が大勢歩く街の中。人目が少ない場所を選んでいるとはいえ、いきなり珍しい動物を連れていれば目立つ事だろう。
「じゃこれから少し時間はある?」
「えぇ、問題ございませんわ」
「だったら私の家にいらっしゃい、そこでならゆっくりと話せるから。蓮也と凪咲ちゃんもいいわよね」
なにぶん私と胡桃の二人じゃ大きすぎる家。そこならば気兼ねなく話す事も出来るし、何かあれば紫乃さんにも相談できる。
そう思い提案したのだけれど。
「ささ、沙姫さんのご自宅ですか!? う、伺ってもいいのでしょうか?」
「ん? 別に構わないわよ」
何故か動揺するクリスに疑問がわく。
「もしかして嫌だった?」
「そそ、そんな事はございませんわ。わ、私し、その……お友達のお家にお伺いするのが初めででして……」
あぁ、ただ照れていただけなのね。
ご自宅への招待となれば、よほど親しい友人同士でないと起こらないイベント。私たちが通う学園は言わばお嬢様学校なので、ご自宅訪問イベントは滅多に発生しない。そのてん私は胡桃と二人暮らしなのだし、お手伝いさんや使用人といった類は雇っていないので、来たい人がいればウェルカムの状態。
もちろん招くといっても親しい間柄でないと呼ばないが、クリスなら別段気にする事でもないだろう。
「じゃokって事でいいわね」
「え、えぇ、お邪魔させていただきますわ」
蓮也と凪咲ちゃん、そして胡桃の了解を得て、改めてゆっくり話せる場所を求めて移動する。
途中、近くのコンビニに立ち寄りお菓子や飲み物の類を買い込み、目的地でもある我が家へとたどり着いた。