第13話 過去への払拭(5)
「作戦開始は今から10分後で間に合うかしら?」
「問題ございません」
配置決めされていた術者さんたちに声をかけ、作戦の開始時間を提示する。
いかに後方支援の術者とはいえ、自身の身体強化程度は使えるはずなので、走ったり飛んだりすれば短時間での移動は可能だろう。
「システィーナ様、こちらを」
「これは……インカム?」
後方支援の指揮を取っておられる術者さんが、耳に掛けるタイプの通信機を貸してくださる。
「特別な術を施した近代型の通信機です。盗聴の類いは保証いたしますのでご安心ください」
「へぇー、結城家ってこんなものまで使っているのね」
少なくとも実家の北条家にいた時には、近代文明を現場に使うなんて話は聞いた事がなかった。
よくよく考えればスマホという便利な連絡手段があるのだから、こうした近代文明を多く取り入れた方が効率はいいに決まっている。
「これで配置が完了したら連絡を入れさせていただきます」
「助かるわ」
私と蓮也は差し出されたインカムを受け取り、早速それぞれの耳へと装着する。
うん、簡単に外れるようなちゃちな作りではないようだし、戦闘に支障を来すほど邪魔にもならない。
念のための顔を振ったり飛び跳ねたりするも、別段問題はなさそうだ。
「蓮也、勝つわよ」
「あぁ、あのクソ野郎に思い知らせてやれ」
これは北条家 VS 結城家というより、私が過去を払拭するためのある種の儀式。
だから負けはゆるされない。
結城家の術者さんたちが所定の位置へと向かわれて約6分後、インカムを通して配置完了の報告を受ける。
思っていた以上に早かったわね。
私は改めて蓮也と顔を突き合わせ……
「作戦を開始します」
インカムを通して作戦の開始を告げる。
「いくわよ白銀、『移し!』」
「心得た」
何もない空間に、真っ白な毛並みに黒い縦縞模様の虎が現れたかと思うと、次の瞬間には私の両手にその姿を移す。
精霊術師が扱う精霊転化の術の一つ、『移し』。精霊転化の中では初級中の初級なのだが、契約している精霊の力をダイレクトに扱うことができ、その一撃の威力は時に中級の『転身』をも凌ぐとさえ言われている。
私は白銀の力が宿った両腕を胸の前で合わせ、呼吸を整えながら力を集中する。
やがて私の中で白銀の霊力が満ち溢れて来るのを感じると、一気にその力を解き放つ。
「解放!!」
ドゴォー。
この言葉自体には何の意味のないのだが、内に蓄えていた霊力が私を中心におよそ3m四方に大きく広がる。
「風華、お願い!」
「お任せください。風よ!」
私の合図と共に風華が風を操り、私の周辺に溢れ出した霊力を風に乗せて周辺へと拡散させていく。
(どこ? どこに潜んでいる?)
私は意識を更に集中させ、周辺の妖気を探るべく深く、より深くへと意識を沈みこませる。そして風華が風を操り出しておよそ20秒……
「見つけた! 北北西、距離にして約2キロ地点、市街地よ!」
私がインカムを通し、術者さん達に報告を入れたわずか数秒後、「発見しました。結界を展開します」近くにに居たと思われる術者の人から報告が上がる。
「蓮也!」
「任せろ!」
私が支持を出すまでもなく、召喚した烈火の背に乗り、私が指差す方向へと一直線に飛びだって行く。
「風華、蓮也の姿を地上から見えないように出来たりする? それと北条家がどの辺りにいるかの至急捜索をお願い」
妖魔の討滅は結界の中で出来るとはいえ、移動に関して蓮也の精霊は目立ちすぎる。これでまだ日が昇っている明るい時ならいいのだが、今は暗闇が支配する真夜中に近い時間。
この時間帯は人気が少ないことでは都合がいいが、蓮也の精霊はその暗闇を照らす炎そのもの。ぶっちゃけ暗闇の中では目立ちすぎるのだ。
「少し漏れますが、雲を作って光を屈折させておきますね」
「それで十分よ」
大気中には湿気が多く漂っている。おそらく風華は一時的に湿気と気温を操り、蓮也と地上との間に反射板の役目をはたす雲を挟み込んだのだろう。
相変わらず私の無茶振りにもよく対応してくれるものだ。
「いました。北西の河川敷、約1.5キロ先。どうやら彼方も妖魔の気配には気づいたようですが、出現場所まではおよそ1キロほどありますね」
「勝ったわね」
風華からの報告を受け、改めて勝利を確信する。
蓮也がD級妖魔ごときに遅れをとるとは思えないし、1キロも離れていれば北条家の術者がたどり着いた頃には全てが終わっているはず。
どうやら彼方はローラー作戦でも仕掛けていたのか、術者達が一塊で動いているようだし、例え移動に特化した術者がいたとしても、アタッカーである正木茂を連れて行かなければ意味がない。
それに既に妖魔は結城家の術者が展開した結界の中なので、一発逆転は無いと考えても差し支えはないだろう。
しばらくして、インカムを通して蓮也が妖魔を倒したという報告が入って来た。
「おぅ! 随分のんびりしていたな」
私が現場に到着すると、分かれた時と全く同じ様子で蓮也が迎えてくれる。
「まぁね」
のんびりしていたと言われても、それは私達術者の感覚で、実際には作戦開始から私が現場に到着するまで、20分もかかっていない。
「ふむ、トイレか?」
「違うわ!」
この男は乙女に向かって、なにデリカシーのない言葉を言ってくるのだ。
少しでも心配した私の気持ちを返してくれと言いたい。
「走ったり飛んだりしちゃうと、その……下着が見えるのよ……ごにょごにょ」
戦闘中ならいざ知らず、ただの移動ともなればやはり乙女心が勝ってしまう。
あの後、現場に残ってしまった霊力を消し去り、近くの警官隊の方にお願いしてパトカーで送って頂いたのだ。
ただマスクを付け怪しさ全開の姿をしていたため、分かって頂くのに少々時間がかかってしまった。結局最後は付けていたインカムを通して説明していただいたのだが、なんだかんだと少し時間がかかってしまった。
まぁ、わざと時間を遅らせたという事実も多少あるのだが、なにかこう術者だと分かるような証明書みたいなものが欲しいわよね。
「それで北条家の方はどうなったか聞いている?」
「あぁ、それか。彼奴らならさっき帰ったぜ」
「やっぱり来ていたのね」
私がワザと到着時間を少し遅らせたのは、実はこれも目的だったりする。
ただでさえあの男の顔を見るだけでも嫌悪感を抱くのだ、悔しがる姿を見れなかったのは少し残念だが、下手に接触を増やして素性を怪しまれる事は避けたいし、嫌味を言われたら今度こそグーパンチが飛び出さないとも限らないので、敢えて顔を合わせないと言う選択を選ばせていただいた。
おそらく蓮也も薄々は気づいている筈なのに、わざと私の気を紛らわそうとう怒らせる言葉を選んだのだろう。相変わらず不器用な優しさしか出来ないんだから。
「蓮也様、システィーナ様、後は我らが受け持ちますので、お二人はどうぞ先にご帰宅ください」
私と蓮也が漫才まがいの会話をしていると、先ほどインカムを貸してくださった術者の方がやって来られる。
恥ずかしながら、私も蓮也もここから先はほとんど役には立たないし、前衛の術者は休息も仕事の内とされているので、お言葉に甘え二人で先に帰還することとさせてもらう。
「あー、お腹空いた」
「俺も腹が減った。急いで出て来たから晩飯食ってねぇんだよな」
「私もよ。学校から帰ったらすぐに着替えて駆け付けちゃったから、ご飯を食べそこなったのよね」
せっかく胡桃が腕によりをかけて晩御飯を作ってくれると言っていたのに。
思い出すと余計にお腹が減ってきたわ。
「なぁ、どっか飯でも食っていかねぇか?」
「いいわね。って言いたいところだけど、胡桃がご馳走を作って待ってくれているのよ」
「なに、ご馳走だと!?」
「ふふふ、いいでしょ。今日はお肉なのよ、それも胡桃特製のスペシャルすき焼き。胡桃が作るすき焼きはもうホント絶品なんだから!」
考えただけでお腹がグーってなりそうだわ。
「さぁ、早く帰りましょう」
「おい待て、俺にも食わせろ」
「嫌よ、私の分が減るじゃない」
「そこまで煽っておいてそれはないだろう?」
「ふふ、それじゃ今度なにか奢りなさいよ。あっ、ファーストフードや回転するお寿司はダメよ?」
「俺を破産させる気か? お前のように金は持ってねぇんだよ」
「いいじゃない、破産大いに結構」
「相変わらずヒデェな」
「ふふ、蓮也だけ特別よ。早く来なさい、置いていくわよ」
「おい、待てって」
楽しい。北条家に囚われていた頃には味わえなかった自由が今ここにはある。
優しくていつも側にいてくれる胡桃、傷つき行き場のなかった私を温かく迎えて下さった紫乃さんや結城家の方々、そして傍らには不器用で口が悪いくせに、私を大切に思い、代わりに怒ってくれる相棒が居てくれる。
まるで皆が、私にここに居てもいいんだよと言っているように。