海とおっぱいとプロローグ
「絶景だ……」
「ああ…絶景だ……」
八月。
灼熱の太陽が放つ日光から逃げるように、多くの観光客が由比ガ浜海水浴場に訪れていた。
それは地元民の拓馬と響も例外ではなく、海、太陽、おっぱいという絶景を全力で楽しんでいた。
「なにみてんの!」
殴打。
あまりの痛みに拓馬は頭を抑えながらしゃがみこんだ。
「なにすんだよ!」
拓馬は文句を言ってやろうと雫を見上げて、口を閉じた。
短く切り揃えられた髪、健康的な小麦色の肌は水着の青と白を際立たせている。
拓馬はこの女性が保育所からずっと一緒にいる橘雫だとはどうしても思えなかった。
そして響がぼそっと「86点」と言ったのを聞き逃さなかった。
「なによー」
拓馬の視線に雫が気づく。
急に雫に見つめられて拓馬は思わず目をそらした。
「別に…」
頬を赤らめた拓馬をじっと見た後、雫は勝ち誇ったような顔で言った。
「今かわいいって思ったでしょ!」
「思ってねえ!昔のほうがまだかわいげあったわ!」
そんなことを言いながら取っ組み合う。
年頃の男女とは思えないその姿は、まさに仲のよい幼なじみそのものだった。
「相変わらずなかよしだね」
美由紀の声のする方を、雫を引き離しながら拓馬は爆速で振り向いた。
姫野美由紀は長谷高校のマドンナである。
長く艶やか髪、整った顔、透き通るような真っ白な肌はまさに大和撫子である。
そして巨乳。今は残念ながらラッシュガードの下に隠れているが。
拓馬と響は同時に「99点」と言った。
殴打。
次は響が頭を抑えながらしゃがみこんだ。
「こら!美由紀ちゃんにそんなこといっちゃ駄目でしょ!」
「雫ちゃん、いいんだよそれくらい」
セクハラされた美由紀よりも雫のほうが怒っているという謎の状況。
これが拓馬達の平常運転だった。
「あんたらほんと子供ね」
棘のような鋭い言葉が聞こえてきた。
今度は四人同時に振り向く。
拓馬は最初、そこに立っている女の子を気取った小学生かと思ったがすぐに柏木千鶴だと理解した。
長くカールされた髪。身長180cmの響の腰ほどしかない背丈。
彼女を知らない人が見れば中学生と勘違いしてしまうほどの童顔。
それが柏木千鶴。
もちろん胸は…ない。
「40点」
二人の悲鳴が、由比ガ浜中に響き渡った。
***
夏。
海で水をかけあう男女達。だがそんな彼らに高校二年生らしい甘酸っぱい空気は微塵も流れてなかった。
「どりゃあああああ!!」
響が渾身の叫び声とともに千鶴に次々と水をかける。
千鶴は涼しい顔でよけ、そのうちの一発が拓馬の顔面にヒットした。
「ぎゃあああああああ目があああ!!」
「ぎゃはははははははは!!」
苦しむ拓馬を見て爆笑する響。
高2というよりは中2である。
そんなバカ共を、雫は砂浜から少し緊張した面持ちで見つめていた。
「いつ伝えるの?」
突然横から聞こえた美由紀の声に、雫は驚いて肩をふるわせた。
近くに来る美由紀にも気づかないほど、雫は一生懸命見ていたらしい。
「やっ、やっぱり無理だよ」
雫は両手に抱えた浮き輪をぎゅっと抱きしめながら、うつむきがちに言った。
その顔はいつもの褐色とは違い、耳まで真っ赤だ。
「ほんとにそれでいいの?」
「いいんだよ。拓馬はうちのことなんか、女だと思ってないし。
それに、今の関係だって、十分幸せで楽しいから」
美由紀は少し雫を見つめて、それからにこっと笑いかけた。
「でも、それで我慢できなくなったから告白しようと思ったんじゃないの?」
雫の顔がさらに赤くなる。そしてひとしきりもじもじした後、小さく頷いた。
「みんなー!海の家でかき氷たべよー!」
「えっ!」
美由紀が手を振りながら三人を呼ぶ。
雫は急なことに驚いて情けない声を出してしまった。
そんな雫にむかって、美由紀はウィンクしながら笑いかける。
「がんばってね」
雫はもう一度浮き輪を抱き直して、次は大きく頷いた。
「っしゃーー!!食おうぜーー!!」
意気揚々と三人が帰ってくる。
ぼろぼろで疲れ果て、目が真っ赤の拓馬とは裏腹に響と千鶴はピンピンしている。
あんなに暴れていたのに恐るべき体力だ。
とぼとぼと二人の後をついて行く拓馬。
「ちょっといい?」
後ろに振った右手が不意に引かれる。
その手は少し震えていて、力強く痛いくらいだった。
***
「はー、響はぜってえ許さねえ」
響の連続潮水攻撃により、拓馬の目はしわしわで真っ赤っか。
そのやつれ具合は正直、告白を考え直すレベルだ。
「それで、話ってなんだよ」
そんな雫の気持ちはつゆしらず、拓馬は呑気に目をかきながら聞いてきた。
「う、うん。えっと…」
一瞬の沈黙。
遠くから聞こえるセミの声、波のさざめきが二人だけの空間を作り上げていく。
雫は着てきたラッシュガードの袖をぎゅっと握った。
「う、うちな」
髪を耳にかける。汗か海水か分からないものが首筋を流れていった。
「うち、拓馬のこ…」
「うわっ!!」
絶叫。
あまりの声量に雫は耳を押さえる。
「な、なに!」
緊張もあいまってか雫は少し涙目になった。
拓馬はそんな雫に見向きもせずに、海の岩場に全速力で駆け出していく。
拓馬につられるように雫もかけ出した。
岩場の陰からなにかきらきらと輝いているものが見える。
「ねえ!ちょっと!」
拓馬の手を引く。
走っていた勢いで拓馬が振り向き、目が合った。
その目は同様と恐怖で揺れている。
雫はその時、今まで拓馬の背中で見えなかった岩場の奥を見た。
そこにいたのはくらげに囲まれた、金髪の天使だった。
***
雫の手を振り切る。
目の前の少女を助けるため、拓馬は岩場へ走った。
岩を乗り越え少女の全貌を見て、拓馬は息を呑む。
黄金の海に浮かぶ彼女は女神そのものだった。
一糸まとわぬ純白の体。長く繊細なまつげ、薄桃色のくちびる。
金色の長髪は水中で踊り回り、周りを囲むくらげ達さえしゃぼん玉のように見える。
「拓馬!」
雫の声で我に返る。
潮水をまき散らしながら、拓馬は乱暴に楽園へと踏み込んでいった。
水に両手を突っ込み、彼女の首筋と腰に手を回す。
魔王から姫を守る騎士のようにくらげ達が容赦なく手足を刺してきた。
「雫!!引き上げるの手伝ってくれ!!」
痛みに顔をしかめながら雫とともに砂浜に引っ張り上げる。
「どうかしたのー?」
二人のようすを不審がった美由紀が遠くから声をかけてきた。
拓馬は少女の乳房の間に両手を重ね、力いっぱい押し込む。
だが手応えはまったくなく、押し返された。明らかに力不足だ。
「どけっ!!」
異変に気づき走ってきた響が拓馬を押しのけ、かわりに心肺蘇生を始める。
「拓馬!!お前は人工呼吸しろ!!」
「分かった!!」
タイミングを見計らう。
15回。
響が手を休めた瞬間に肺いっぱいに空気を入れ、唇と唇を重ねる。
柔らかく、しっとりとした唇を感じながら、思いきり空気を吹き込む。
口の中で自分と、彼女の唾液が混ざり合うのが分かった。
空気を出し切り、口を離して思わず咳き込む。
それを見た響が再び手を動かし始める。
一瞬。
少女のまぶたが動いた。
「う、動いた!動いたぞ!」
「よっしゃあああああ!!」
響がさらに押し込む速度を上げる。
反動で少女の体が大きく揺れる。
「がんばれ!!」
「がんばれ!!」
「がんばって!!」
いつのまにかそばに来ていた美由紀や千鶴も、声援を送っている。
そしてその声援に混じって、
「かはっ」
少女の呼吸音が聞こえた。
拓馬の額を汗が流れていく。
響が手を止め、美由紀達は思わず口を閉じた。
五人は同時に少女を見る。
「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」
「「やったあああああああ!!!!」」
五人はガッツポーズを作り、歓声を上げた。
雫と美由紀は抱き合い、響は千鶴に飛びついたがするりと避けられ砂浜とハグしている。
「よ、よかった…」
拓馬は緊張が抜け、砂浜にへたり込んだ。
垂れてくる汗を拭うために前髪を掻き上げ、前を向く。
眼前には金髪と、蒼い瞳の天使がいた。
「うわっ!」
拓馬は思わずしりもちをつく。
そんな拓馬を見て、少女は無邪気に笑った。
目の前の少女は今の今まで気絶していた人とは思えないほど可憐で華やかな笑顔を振りまいている。
「あっ!服服!」
雫は自分が着ていたラッシュガードを脱いで、急いで少女に着せる。
少女はラッシュガードを見るのは初めてのようで、ひっぱてみたり、匂いを嗅いだりしている。
ちなみに、拓馬と響はすでに我に返り両穴から鼻血を垂れ流していた。
呆然としている拓馬に少女は顔を近づける。
なびかせた髪から女性特有の甘い香りが拓馬の鼻をかすめた。
そして少女はゆっくりと右手を持ち上げると、拓馬の唇にそっと人差し指を添えた。
他の四人は何がおきるのか、固唾を呑んで見まもっている。
拓馬は顔を真っ赤にしてその手を払いのけた。
少し乱暴すぎたかと心配したが、そんな拓馬を見てまた少女はくすくすと笑っていた。
「な、なんなんだよお前は」
拓馬が声を絞り出す。
少女は笑うのやめて、拓馬のほうを振り向いた。
そしてもう一度にこっと笑うと、鈴のような声でしゃべりだした。
「コンニチハ。契約は完了だよ。これからよろしくね、拓馬」
これが拓馬とくらげ、やり直せる青春の始まりだった。
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続きは近日公開予定。
あと、私事ですがにじさんじが好きです。
とくに社畜と錬金術師。