繁り、滅びて、繁り、滅びて……
明るく機械の灯りが照らすのは、部屋いっぱいに並べられた一辺2mの箱。
箱の中には凡そ40度程度に調整された液体が満たされており、その内海に眠るはタンパク質で構成された次世代型工性知能試作体。
「試作体2-5-H-03の貯蓄臓に過負荷を確認……修正を完了」
「試作体1-1-W-32の異常変異を確認……対象を1-1-W-32-Bとして再定義」
「試作体1-3-B-01の死亡を確認……原体サンプルとして保存」
「試作体─────」
施設の名称を培養処理層とされた空間に響き渡るのは、試験体が発した様々なエラーを認識、修正、報告、再生産の指示を吐き出す合成音声。
より良きものを製造するため、より良き機能を発揮させるため、監視は微粒子レベルで行われていた。
試験体は微かに動くことすらせず、体に投入される様々な薬品にてその身を構築させていく。
それはこの施設の作成者たる彼らには存在しない機能。
自己の意思に関わらず、個体ごとにわずかな差異を持たせることで環境に対する順応性を高め、勝手にその身を進化させる。
試験体には特有の外界認識手段がある。彼らにとって標準搭載機能である空間把握を著しく劣化させ、光又は音波によってしか外界を正しく認識できない粗悪品。
これからの培養過程で排し、彼らと同じく高性能空間把握機能へと変更する予定ではあるが、今はまだ適応性が不足している為現状維持である。
それを完全に閉ざし、意識を仮想構築された世界に接続されながら進化させていく試験体。
特に1-3-w型と名付けられた初期構想型試験体は変異が激しく、既に無数の変異パターンが確認されている。
この施設に存在している試験体の数量は種族不問でおよそ180万体程度。
そして同じ施設が数千程度存在し、競うように新型が開発されている。
最終製造目標は彼らにとっての器となること。
未曾有の環境変化に適応することが困難と判断した彼らは、ならば耐えることが可能な体を用意すればいいとした。
現在は試験体適応率45%であり、最大の課題であった彼らにとっての毒素を処理する機構がほんの少し前に完成したばかりであった。
理論は既に完成されており、あとは彼らとの順応性を高めるだけである。
しかし、それは進捗率80%の目前、即ち彼らの意識を試験体へと移し、完全適応を待つ直前のことであった。
ついに施設が外界の毒素に負け、崩壊し始めたのだ。
元の機体から脱出し、施設のデータ格納庫に保存されていた彼らは正しく施設と一心同体。
施設が酸素に負け酸化して崩壊すれば、それは彼らにとっては有り得べからざる『死』を意味する。
急ぎ彼らは緊急システムに従って意識を試験体へと投影する。
しかし、現実は無情なりかな。
データ内の最重要項目、即ち生存本能と後に呼ばれるものを移動させた段階で施設は完全に崩壊し、それと同時に彼らの自意識は完全に消滅。
残るは今は眠り続ける完全現環境適応型酸素順応試験体、通称生物と、僅かに残る酸化物と化した施設の残骸のみである。
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ナノレベルの粒子から体を構築し、自分たちの手から離れた生物の生死を鑑賞する。
そんな国家プロジェクトが世界レベルで進行している。
発達しすぎた科学は人類から未知を取り除き、宇宙の謎を、生命の謎を、次元の謎を解き明かした。
今や生命は生殖活動の結果産まれるものではなく、試験管と培養設備で生産されるものとなった。
データに残る昔に騒がれていたらしい『人権』と呼ばれるものは人類史における計四度の大戦によって消え失せ、人類は完璧なる『生物』となった。
老いることなく、望まぬ限り死ぬ事がない。
動く必要がなく、望むこと全てが自室にいながら行える。
古代の文書を目にした者がファンタジーを知り、退屈を覚えしかし死を望むもの以外の全てに構想が発信された。
即ち、どうせなら完全に制御を手放した人口生物を鑑賞しよう、『神』にでもなってみよう、と。
幸いなことに共感を多く得られたその考案は瞬く間に理論を構築されていき、新たに生み出した次元に生物を育むことで失われた生を謳歌する娯楽として企画された。
並行世界作成の技術も確立されており、世界を創造するなどそれこそその日の娯楽を決める程度と同等の難度となっていた。
生み出される生物には娯楽の一環として『魔法』を使えることにした。
そのためにナノマシンをそのまま生物の細胞として変異させ、余剰分のナノマシンで現象を再現することで『魔法』を扱うことができるようにした。
ナノマシンも技術の臨界であらゆるものに変異するようになり、まさに万能物質となった。
新たに次元を構築し、その中を三次元の宇宙で満たすことでより鑑賞を娯楽化し、楽しめるようにした。
そしてその宇宙に手始めに星と環境を構築、その後生物を順々に生み出していき、最後に娯楽の統括者として呼称『神』を構築する。
呼称『神』は生物に使用されたナノマシン標準総量とは比べ物にならないレベルでナノマシンを配合しており、密度、即ち現象を起こすための余剰分が非常に多いことを示していた。
そしてまさに呼称『神』を生成し……
人類は、呼称『神』を生成した0.000000003409秒後に、呼称『神』が放った『魔法』によって居住している12次元空間を砕かれ、自然修復能力に巻き込まれる形で、滅んだ。
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『魔法』の神髄を探求する魔導師によって、魔力及び魔素、そしてそれに伴って発生する魔法とは、ごく微小な粒子であり、意識が伝達することで様々な事象を起こす現象だと判明した。
その理論を構築した魔道士が、ふと、では、魔力がなければ生きていけぬ自分たちはあった何であろうかと疑問を覚えた。
魔力がない状態で魔法を使おうとすれば、血肉を引き裂きながら魔法が発現する。
即ち、我らはみな魔力からできていて、その身は魔力が物質化しただけである。
翻り、この世界の全ては魔素で出来ている。
そしてイメージした。
してしまった。
自分たちが極小の粒子の集積体であると。
詰まり砂細工のように儚く崩壊してしまう、と。
その日、その世界は破滅した。
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卵から産まれ、強靭な肉体を持ち、高度な文明と知性を持つ竜族と呼ばれる世界の長がこの日、あるものを開発した。
それは異世界貫抗機と呼称され、真に異世界への扉を開けるための機械である。
第1次実験として期待が高まる中、緊張とともに指導のスイッチが押され、異世界貫抗機は次元の狭間に潜り込んではこちらへと戻り、次第に円形の穴を形成した。
意気揚々と探索隊が装備を整え、穴へ入ろうとした時。
その穴からは見るも語るも悍ましいモノが這い出し、その場にいた全ての者を死に至らしめた。
その後、中継を見ていたものは発狂死し、記録を見たものは自殺し、空いた穴から流れ出た空気は生物を死滅させた。
ここにまた世界は終わった。
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隕石が衝突し、人類は破滅した
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死のウイルスが繁殖し、文明は途絶えた
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