流星群の見える夜に起こった不思議なできごと
「よいしょ、よいしょ。ああ、大変だわ。大変でとっても怖い。簡単そうに見えたけれど、暗くて高くて、なんて危険なんでしょう」
「ふぁーあ。ああ、よく寝た。でもまだまだ眠い」
「ここに足をかけたらどうかしら。ここの手がかりは丈夫よね」
「ん? なんだなんだ、妙な音がするぞ? んー……、どうやらあっちの方だ。ちょっと覗いてみよう」
「きゃあ! ビックリしたわ。あなたはなんで屋根の上にいるの?」
「やあやあこんばんは、お嬢さん。ぼくは屋根の上で眠るのが趣味なんだ。風がふくとフワフワ心地で気持ちいいよ、一緒にいかが?」
「それは素敵ね。けれど眠るのは遠慮しておくわ。わたし、夜のお空を見たいのよ。朝になってしまったらいけないわ」
「屋根の上から夜空を? それはいい、邪魔なもののない視界いっぱいの星空なんて、最高にキレイに決まってる。いいな、ぼくもご一緒していいかい?」
「かまわないわ。すぐに登るからちょっと待っていてちょうだい。よいしょ、よいしょ」
「すごいすごい。こんな高いところによく登れたね、ステキな巻き毛のお嬢さん」
「あら、この髪を褒められたのは初めてだわ。いつもバカにされるのに」
「なんで? フワフワでやわらかそうで、とっても気持ちよさそうなのに」
「フフ、変なの。あなたも素敵だわ。真っ白なツバ広帽子なんてとってもオシャレ」
「ありがとうありがとう、このツバ広は自慢なんだ。きみは見る目が一級品だね!」
「さあさ、夜空を眺めましょう。満天の星空を眺めましょう。今日は流れ星を探したいの。あなたと一緒ならきっと見つかるわ。おとなりにどうぞ、オシャレな帽子さん」
「これはどうも。やあ、いい夜空だね。静かで、星がきれいで、三日月がにこりと笑っているようだ。これならほうき星もきっと見つかるよ」
「ええ、ええ。そうね。そうしたら願いごとを言わなければいけないわ。流れ星が消えてしまう前に三回、ちゃんと繰り返さないと」
「願いごと? ああ、ああ、そういうことか。きみはほうき星にお願いがあるんだね。でも、ううん……それは残念だけれど、ちょっとオススメできないな」
「あら、どうして?」
「ほうき星たちは、願いごとを叶えるつもりなんてないからさ」
「ええ? それは嘘よ。流れ星に願いを言えたら叶うって、みんな言っているわ。だれでも知っていることよ」
「嘘なんて言わないさ。言ったらこの夜といっしょに消えちゃうよ! いいかい、ほうき星に願いごと三回言えば叶うってのは本当だ。けれど、三回っていうのがムズかしい。ほうき星はパッと現れて、シュンッって消えちゃうからね。とてもじゃないけれど言い終わらないんだ」
「それは……そうね。言いきるのはむずかしいかもしれないわ」
「あいつらはダメなやつなんだ。願いごとを叶えてあげる、なんていいヤツのふりして、でもほんとうは働きたくないからすぐ逃げる。ほうき星は見るだけにしておきなよ。やりたくもないお願いをされるより、キレイだねって褒められる方が、ほうき星だってうれしいだろうからね!」
「そう……流れ星ってとってもなまけ者なのね。でもわたし、やっぱりお願いしてみたいわ。流れ星はわたしを待たずに消えてしまうかもしれないけれど、もしかしたら気まぐれをおこして、最後まで聞いてくれるかもしれないもの。最初からあきらめるなんてできないわ」
「うーん……そうかい? まあ失敗しても損はしないからね」
「そうね。そのとおりよ。それに今日は流れ星が多い日だって聞いたもの。何度もお願いしていれば、もしかしたら興味を持って最後まで聞いてくれるかもしれないわ」
「あ、ほうき星!」
「え、どこ?」
「消えてしまった。あのいっとう輝く星のすぐそばを流れたんだけれどね」
「ほんとうにすぐ消えてしまうのね。でも諦めないわ」
「そうだね、こうなったらぼくも応援するよ」
「あっ」
「お、見つけたかい?」
「ええ、流れ星ってとっても綺麗なのね。わたし、初めて見たのかもしれないわ。……でもお願いごとを言うまえに隠れてしまったの。ほんとうにシュンッていなくなってしまう。もしかして恥ずかしがりやさんなのかしら」
「そうかもしれないね」
「あ、また! ああ……」
「うーん……」
「ほんのちょっぴりの短いあいだ、夜の空にキラリと線を描いて、なにもなかったかのように消えていくわ。まるでイタズラッ子みたいに駆け抜けていく。流れ星が姿を見せている間に三回言いきるなら、もっと短い言葉にした方がいいのかしら。……いいえ、やっぱりダメ。それでは意味がないもの」
「まだやるのかい?」
「ええ。星が出ているあいだは。夜が眠くなって、よいやみが朝を連れてくるまで」
「……そうか。お嬢さん。そんなに叶えたい願いごとがあるのなら、ぼくにいい考えがあるよ」
「いい考え?」
「そう、とてもいい考え。ほうき星はなまけ者で恥ずかしがりやだから、君が見てるとすぐに隠れちゃうでしょ?」
「そうね、ほんとうにちょっとの時間しか姿を見せてくれないわ」
「だから―――ぼくをきみの頭にのせるのさ」
「あなたを? それはダメよ。あなたはとってもオシャレだけれど、すごくツバ広だもの。あなたが頭にのっていたら空が見えないわ」
「そう、それがいいんだ。きみがぼくをかぶっていれば、じぶんを探しているなんてほうき星は思わない。そしたらきっと油断して、夜空を飛び回ってダンスでも始めるはずさ」
「まあ、それはステキね! 見てみたいわ!」
「それは我慢してあげて。そんなところを見つかったら、ほうき星は恥ずかしくって何日も閉じこもっちゃうかもしれないからね」
「ああ、ああ……そうね。ひっそり楽しんでるところをおじゃまするのはいけないわ」
「けれど、その隙にこっそり願いごとを言うのは大丈夫。だってそれはもともと、ほうき星の仕事なんだから!」
「フフ、それはそう」
「さあさあ、作戦はいいねお嬢さん。はやくそのフワフワな巻き毛にぼくをのせるんだ。ほうき星が出たら、すかさずぼくがおしえてあげるよ!」
「わかったわ。お願いね、オシャレな帽子さん。……どう? これでいいかしら」
「もっと目深に。ほうき星がちゃんと安心しきってしまうように。そう、そのくらいがいい。じゃあ、ぼくが合図したら三回、願いごとを唱えるんだよ」
「ええ、ええ。しっかり三回、ちゃんとかまないように言わなきゃね」
「そうそう、間違って伝わったら大変だしね。ほうき星は油断するだろうから、ゆっくり唱えても大丈夫。じゃあ、集中して」
「…………」
「まだだよ……」
「…………」
「まだまだ」
「…………」
「まだ」
「…………」
「今!」
「っ! 流れ星さん、お願いです―――」
「―――……夢?」
「不思議な夢をみていたわ。このやわらかな毛布よりも、窓から朝を告げる日差しよりも、コマドリたちのごきげんな声よりもあたたかい、不思議な夢。けれど、どうしてかしら。もうぜんぜん思い出せないの」
「ああ、今日はいい天気ね。雲一つない、とても綺麗な青空。あら……なにかしら? ベランダになにかあるわ」
「真っ白で、ツバ広でとってもオシャレな帽子―――」