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【貴方を幸せに導いてみせるっ!】

「うっーー……ぁぁぁあああーー……」


エンドロールを見るまでは諦めたくなかった。


「何故……何故……? どうして……っ!」


それは、彼以上の推しがいなかったからだし。彼の幸せだけを胸に、生きてきたからだ。


「許すまじヒロイン……! 許すまじ……っ!」


最後の最後の、このトゥルーエンドに賭けていたのに。なんでよ。どうして貴女は彼を選ばなかったの? 私の選択肢は完璧だったのに。なんで他の人ばかり選ぶの?


「この世界に入れればなぁ……。雉丸様(きじまるさま)をこんな目に遭わせないのにっ! 死にたいぐらい悔しい……っ。彼が幸せになる姿が見たい……っ。彼を……幸せに……したい……」


泣き疲れて私は眠ってしまった。

何百時間プレイしたかわからない。

私は、とある乙女ゲーム『(ゆめ)憂鬱姫(ゆううつひめ)』の登場人物、雉丸(きじまる)(しん)様が大好きで。なんとか彼とヒロインをくっつけようと、隠しエンディングに期待して攻略を繰り返していた。

しかし、彼はいわゆるモブキャラ位置。

攻略対象ではなかったのだ。

しかしそんなはずはない……!(と、思いたい)

彼は何度もヒロインの窮地を救うし、彼のイベントだって何個もある。暗い過去もあるし、それに何よりヒロインのことを愛してる!!

なのになんで、なんで攻略対象じゃないの!?

ヒロインが小さい頃から彼は恋に落ちているから!?

そんな馬鹿な、ほとんどの攻略対象が幼いヒロインと恋がはじまっているのだ!!

なのにどうして彼は除外されたの!?

彼とのハッピーエンドはどうしてないの!?

ヘラヘラしててチャラく見えるから!? 馬鹿な。そこも彼の良いところなのに……!!


信じない。


私が変えてやる。彼とヒロインだけが幸せになる道を創ってやる。

なんとしてでも……!


ーーと、寝ながら息巻いていた。気がする。

意思が強すぎた?

そのせいなのか。私は、起きたら異世界にて目が覚めてしまった。


「大丈夫か……?」


私の冷たい手をぎゅっと握り締めながら、心配そうに。

寝ている私に声を掛け続けてくれていたのはーー。


「熱あるみてぇだな……」


間違いない。

彼ーー雉丸(きじまる) (しん)様だった。

間違えるはずがない。

そのオレンジの髪、その金模様が入ってる白衣、とか、声、とかーー。

絶対絶対本人だ。そう、『本人だ』。


その場所が見知らぬ草原だったとか、まわりを飛んでいる沢山の宝石とか、可愛いサイズのユニコーンの群れとか、空に何個も月が浮かんでるとか……そんな不可思議な世界に居ることすら気付かなかった。


「っぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁ!?!?」

「!? お、おいっ! そっちはっ……!」


彼の存在に驚きすぎて起き転がり後ずさりしまくった。ら、真後ろにあった崖に気付かなかった……!


「ーーっ!? ひっ……!」

「あぶねっ……!」


間一髪の所で、彼が私の腕を掴んだ。

絶対落ちるって思ったけど、なんとか彼が私を引っ張りあげてくれて。


「す、すみませんっ……! ひぃいっ!?」

「なんでこんなトコで? 知らねぇのか? ココはーー」

「うぇっ!? こ、ここどこ!? わ、私っ……! ここここれわ、もしかして!? い、異世界転生……!? もしやヒロインに!? そ、それか悪役令嬢!? とかに……っ!? いやいやいやいや……!」


たまたま転がっていた手鏡を拾い上げ、覗き込むと……。


「なぁんだ、ってぇ私のままかよ!! なんだよぉ期待させてぇ!!」


私のまま異世界転移した、ってことか!

って……冷めた視線に気付き、ササッと髪を手櫛で整える。

服はーー。な、なんでパジャマのままなの!? 気をきかせてこの間買ったパーティー用のドレスとかにしてよ神様っ!!

折角、雉丸様に会えたのに……。ってか、本当に本物の雉丸様、なの?


「あ、ははっ。あのー……。えっと、もしかしてもしかしなくてもあのーえーとっ……。貴方は、水星ウンディーネ皇国第三皇子の……キジュリュクーー。じゃ、なくって! 雉丸(きじまる) (しん)様……です、か!? そっくりさん!? いやっ違いますよね!?」

「なんで?」

「えっ!?」

「なんでオレの本名知ってる? あんたオレの患者? オレ、一回会った人間と動物は忘れねーんだけどな……」

「あっ!? も、もう動物病院を開業した後の時系列ですか!?」


どうしよう、つまりもうヒロインにばさっとフラれた後!?

混乱し過ぎてもー訳わからんんんんんん!!


「はぁ……?」

「っ!? え、あ、えーと……。違いますか?」

「……」


彼は、神妙な顔をして、じっと私を見詰めた。

ヤバいことを口走ってしまっただろうか。

今は、彼が何歳の時なんだろう?

彼のことは、ゲーム中の事ならほとんど知っている。ヒロインがどんな選択をしてどんな人生を歩んでも。彼が外科医を辞めて動物学者になり、そして動物医師の免許も取り仲間を集めて大きな動物医院を開業する、のはーー。絶対の未来なのだ。


「……アンタ、行くとこあんのか?」

「え? えっと……。ない、です。多分。私が住んでいたのは……日本、地球という星で……いつの間にか、ここに居て……」

「アースから? ……そっか」


しばらく彼は考え込んで、私に言い放った。


「とりあえずまぁ、行くとこねーんならうち来るか?」

「うっええっ!? いいんですか?」

「アースから来たってのも嘘じゃなさそーだし……。ってか、こんな自殺の名所でダラダラ話し込んでも、腹が減るだけだろっ?」


心臓が、止まるかと思った。

生で見たかった、彼のニッとした笑顔。

ずっと、ずっと。

2.5次元アイドルの舞台とか観ても、なにを見ても満たされなかったのは……。ほんとうの貴方にこうして会えるからだったんでしょうか……。


「雉丸様……」

「な、なんで泣いて……? お、おい、まさか本当に自殺するつもりだったんじゃねぇだろうな?」


いつの間にか、私の頬に涙が伝っていた。

また、心臓がうるさく鳴る。

彼のキレイな指が、私の涙をそっと拭ってくれた。


「こんな格好で自殺するヤツいます?」ぶはっと笑ってしまった。

「ふははっ。ベッドに乗って飛んできたとか?」

「まっさかー! 魔法使いじゃあるまいし!」

「お前、魔法使えないのか?」

「えっ、あっ!」


そうだ、この世界は少なからず全てのひとが魔法を使うことが出来る。その強弱は人それぞれだが、火をつけたり水を出したり……。


「……そっか、アース人は魔法が使えねぇんだったな」

「あ、は、はいっ……」

「オレは……」

「っ雉丸様の特技は、魔法で飛ぶこと! 飛ばすこと! あと、外科手術と! 好きなのは牧場ゲームと格闘ゲーム! っですよね!」

「……オレのこと、どこまで知ってんの?」

「えっ! あ……えーとーあのー、その、……。あっ! 実は、私っ雉丸先生に憧れてて、医療系の道を志したんですっ……! だ、だから雉丸先生が出てる雑誌とかよく買ってて……!」

「でもオレ、本名がキジュリュクだとか、本当は動物系の仕事をしてぇ、とかは……誰にも言ったことがねぇんだけど?」

「あー……。そ、そう、ですよね……」


ヤバい。目玉取れそう。冷や汗止まんないっ!


「……まぁいーよ。とりあえず、アンタ困ってそーだし。行こ」

「あ、ありが……っ」


その時突然私の腹が鳴りまくった。


「っ!!?!?」

「ぷっ……やっぱな」

「きっ聞かなかったことにして下さいっ!」

「はいはい。まーとりあえず腹ごしらえしてから、色々聞くよ」


彼は、自身の愛馬を指笛で呼ぶ。すると、遠くを優雅に飛んでいた一匹のペガサスが、彼の前にやってくる。雉丸様はペガサスをそっと撫で、私を先に乗せてくれた。


ああ……。本当に優しいな。

こんな格好でこんな場所にいたこんな私を……。

……ん? あれ?


「あのっ! 雉丸様は、どうしてこんな所に来たんですか?」

「ん?」

「だってさっき、自殺の名所だって……」

「ああ、ここうちの裏なんだよ。たまたま散歩で通りかかったら、アンタが倒れてたから」

「あ、そ、そうだったんです、ね……?」


まさかね。彼が自殺を考えてるなんて描写はゲームにもなかったし。誰よりも命のことを大事に思っている方だもん。

そもそも、自殺するようなことは絶対にしないって彼自身が言っていたことだってあるんだし。


「って、裏? って、ウンディーネ城の、裏!?」

「ああ、うん」

「これって……この夢って……いつ醒めるの……?」


むしろ今この瞬間に亡くなりたいっ! ああ、雉丸様の背中に顔を(うず)めて、彼の腰に手を回す日が来るなんて……。神様、服は雑だったけどありがとう……! でもやっぱりせめて靴を履かしておいて欲しかったです! いやしかし、神様、ありがとうっ!! ありがとうっ!!

ってかさ、なんか、外に居るのに胸がスースーするっていうか……。


「あ……んんんんっ!?」

「えっ? 何? どした? なんか忘れもん?」

「あ、あ、あ、あわわわわわわ……!」


アタシ、ノーブラヤッホーやんけ!!!!

どーしよ!


「あっあのっ! 気にしないで下さいっ!」

「そか? んじゃー動くぞー。うちの馬、ちと速ぇからちゃんと掴まっててな」

「は、はいっ!」


落ち着け私っ! 雉丸様は兄弟も多いし外科医なんだから女のパイオツなんて何百個も見てんのよ!! しかしこれは逆セクハラです!! いやしかし筋肉しっかりあるなー!! 最高ー!!


「なんか震えてる……!? 大丈夫か!?」

「おっお構い無くぅぅぅ!」

「熱もあるんじゃ……」

「やめてくださいそれ以上振り向かないでください近すぎて(うれ)き! 嬉き!! 死ぬっ!」

「ウレキ?」


彼の香りは、私が持っているフレグランスと同じ匂いがした。

パイナップルと、夏の花びらの匂い。

金色の短髪がよく似合う。

貴方のうなじも、肩幅も、腕も、全部全部、大好きです。

だから、貴方が愛するヒロインと、どうしても幸せになって欲しいんですよ。

貴方がどれだけあの人を好きか、ずっと見てきたんたからわかるの。

報われてよ。夢を叶えてよ。

他の誰かにあの子が拐われる前に。

今度こそ勇気を出して。

私が背中を押してあげるから。

きっとその為に、ここへ来たんだから。

私は選ばれたヒロインでもヒーローでもないけど。

出来ることは全てやってみせる。

貴方がまた諦めるならそれはバッドエンドなんだよ。

他の人の為に、自分の幸せに蓋をしないで。仕事に逃げないで。

そのまま一生、貴方みたいな素晴らしい人が独身だなんて勿体なさすぎる。


「っ好きな人との子孫を沢山残すべきですっ!!」

「うわあ突然耳元でわけわかんねーこと叫ぶなっ!」

「……寝惚けて、ます」

「そーか……? ふは、変なヤツ」


彼の背中は、なんて居心地がいいのでしょう。

またほんのすこしだけジワッた涙を、私はそのまま彼の服に染み込ませてしまった。この迷惑ひとつ、許して欲しいです。

……神様。

どうして私をヒロインに転生させなかったんだよ。

ばかやろう。

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