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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

透明人間にはもうなれない

作者: 藤吉

 私は、小説には2種類あると考えています。それはメッセージ性が弱いものと強いものです。前者は、読みやすく読者をワクワクさせてくれます。後者は、著者が伝えたい事を物語を媒体にして読者に伝えてくれます。

 私は後者を書きたいと思っています。私が伝えたい事が少しでも読者様に伝わったら幸いです。

 私は昔からテレビに出ていてキラキラしてる人たちに嫉妬していた。尊敬とか憧れるとかそんな綺麗なものじゃなく、妬ましく思っていた。誰かにとっての「何か」になれているそいつらが嫌いだった。


 私の父は私が幼い頃に交通事故で亡くなった。母はその後、すぐに新しい男と再婚して、子供を作った。私は法律上、父と呼ばれるそいつをよく思っていなかった。また、そいつを選んだ母もそいつらから産まれた弟も好きじゃなかった。最初は私のことを気にかけてくれていた3人も、いつまでも自分たちに謎の不満を抱いている私を居ないものとして生活するようになった。それを嫌だとは思っていなかったし、自分が透明人間になったようで少し楽だった。


 そんな私も華の女子高校生になって1年が経ち、2年生になった。周りの女の子は高校に慣れてきて、長い髪の毛を茶色にしたりする中で、私は黒髪でショートの地味な女の子だった。地味だったからなのだろうか。友達は全くできなかった。それは2年生になっても一緒なのだろう。


 高校2年生の初日、クラスの顔合わせは昼過ぎに終わった。クラスメートはみんなでカラオケに行くらしい。誘われないだろうし、惨めな思いをしたくないから、素早く帰ろうとする私に女の子が話しかけてきた。

「秋華ちゃんもカラオケ行かない?」

「えっ、私は大丈夫です」

「ええ! 残念……絶対また誘うね!」

誘われたことに驚いたけど、すぐ断った。こんな私を誘うなんて物好きな人も居るのだなと思った。


 自宅に着くと、お金が置いてあった。弟は今年で中学生になる。3人で入学式を終えた後にご飯を食べにでも行っているのだろう。私はそのお金でコンビニに行く。サラダと2つのおにぎりを買って、公園に行く。同じ家族なのに、一方は楽しくレストランでご飯を食べて、もう一方は公園でコンビニ飯を食べる。悲しくなんかない。これでいい。子供の頃に抱いていた「誰かにとっての何かになりたい」なんて夢はもう持ってない。ずっと1人でいいんだ。


 目覚まし時計を止めて、朝ごはんも食べずに、コンビニに寄って昼ごはんを買って学校に向かう。いつもの朝のルーティーンだ。大学に進学するまではこんな朝なのだろう。高校に行くのは別に憂鬱じゃない。虐められている訳でもないし、家よりも居心地が良い。


 高校に着いたらすぐに、自分の席に突っ伏す。周りの話し声は聞かないようにする。別に周りの子が誰かと話していることが羨ましいからではない。ただ、耳障りなだけだ。ふと、その話し声の中に自分の名前を見つける。驚いて起き上がると、そこにはこの前、私を誘った女の子がいた。

「秋華ちゃん! おはよ! 課題やった?」

「おはようございます。やってないです」

「てかさ! 私の名前分かる?」

「え、分かりません。すみません」

「ねえ! 酷い!笑 夏菜だよ! 絶対覚えてね!」

朝から快活な彼女の名前は夏菜と言うらしい。声が非常に大きい。最近の言葉で表すと、陽キャラという奴だろう。正直鬱陶しいと思っている私を尻目に、彼女のおしゃべりは止まらない。

「秋華ちゃんも髪の毛染めようよ!」

「放課後にどっか行かない⁉︎」

「お弁当一緒に食べようよ!」

最後だけは少し魅力的な誘いに聞こえた。1人で食べていると、周りの子が可哀想だと小声で言っているのがよく聞こえる。私はそれを聞くと自分が惨めに思えてきて、すごく嫌だった。だから、2人で校庭で食べることを提案してみた。

「え! それいいね! じゃあそうしよ!」

彼女はすぐにそれを承諾した。久しぶりに誰かと一緒に食べるご飯に少し胸を躍らせている自分を認めないように、真面目に4限までの授業を受けて、約束していた校庭に向かう。


 ベンチに座っていると、彼女はすぐにやってきた。彼女のお弁当は母に作ってもらったものなのだろうか。すごく可愛らしいカラフルなお弁当だった。それに比べて、私はコンビニ飯。少し悲しく思えたが、それを彼女に感じさせないように平然とした顔で箸をすすめる。彼女も箸を動かしながら、質問してくる。

「お母さんいないの?」

笑ってしまった。このような事を無神経に平然とした顔で尋ねることができる人間がこの世にどれくらい居るだろうか。私は初めて自分の家庭内の事情を誰かに話した。ここで、自分にとって良い風に説明するのもずるい気がするので、自分が家族3人に素っ気ない態度をとっていたから、無視されるようになったんだとしっかり話した。彼女は、私の話をさっきまでのニコニコ顔じゃなくて、真剣な顔で聞いてくれた。話し終わると、彼女は

「それは秋華ちゃん以外の3人が全部悪いね!」

と強く言った。

「いやいや、私が無視し始めたんだよ?」

「それでも、秋華ちゃんは悪くない! 絶対悪くない!」

またも、笑ってしまった。自分でも私に非があると思っていたから、私のことを全肯定してくれる彼女の存在が嬉しかった。彼女はその後も昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、私が悪くない理由をずっと語っていた。


 それから、私は夏菜と仲良くなっていった。元々、夏菜は誰とでも話せるタイプだから、私が心を開けば仲良くなるのにそう時間はかからなかった。でもそれと同じように他のクラスメートも夏菜と仲良くなっていった。2人で話せるのはお弁当を食べる昼休みの時くらいだった。そんな時にするどうでも良い会話が私は好きだった。

「今日のお弁当のウインナー可愛くない?」

「それいつも言ってるね」

「そんなこと言ってるとあげないよ!」

「別に欲しくないよ」

「ねえ! 新しくアイドルグループ作られるんだって!メンバー募集してるよ!」

「そうなんだ。応募してみれば?」

「私可愛いから絶対合格するじゃん!!」

「馬鹿じゃないの」

「今日の放課後、駅前にできたクレープ屋さん行ってみようよ!」

「うん。いいよ」

「何味があるのかな? 早く行きたいね〜!」

「そうだね」

素っ気ない態度をとっているが私は夏菜のことが好きだった。夏菜は話す時によく手を繋いでくる。それが嬉しかった。


 怠い授業も終えて、待ちに待った放課後になる。私は面倒くさい掃除をさっさと済ませて、玄関で夏菜を待つ。夏菜は遅れてやってきた。駅前に向かいながらその理由を聞く。

「なんで遅れたの」

「ごめんごめん! なんか呼び出されてさ」

「また課題やらなかったんでしょ?」

「違うよ。先生にじゃない!」

「え? じゃあ誰に呼び出されるの?」

「んー、なんか知らない男の人!」

「なんで呼び出されたの?」

「告白ってやつだよ。私可愛いからさ!」

「ふーん……そうなんだ」

平然を装うが、心臓がバクバクする。夏菜にもいつか彼氏ができるのかな。そうしたら、こうやって出かけることもできなくなるのかな。2人で居られなくなるのかな。そんなの嫌だ。ずっと独り占めしていたい。激しく鼓動する心臓から言葉が漏れ出してしまった。

「ねえ、好きだよ」

「ん? なに急に?笑 私も好きだよ!」

「友達としてじゃなくてだよ」

いつも笑顔な夏菜からそれが消える。やってしまったと後悔しても時間は戻らない。いつもと違って2人とも黙って歩く歩道橋。何かを伝えるための言葉がないその空間こそ、多くのことを私に伝えてくれているような気がした。重い空気に耐えられなくなった私はそれを壊そうとする。

「て、てかさ結局、何味のクレープにする?」

「ごめん」

夏菜は私の元から走り去る。どんどん小さくなっていく夏菜の華奢な背中を私は追いかけることができなかった。


 1人で帰る道は長い。もう陽は落ちかけていた。電柱に鞄を叩きつける。夏菜を独り占めしたかった。私も夏菜も名前に季節が入っていたこと。2人ともお弁当に入っているウインナーが好きだったこと。そんな何気ないことにすら、運命なんじゃないかと疑うくらい夏菜の事が好きだった。あんなこと言わなければ、これからも夏菜と一緒にお弁当を食べられた。楽しそうに話してる夏菜と手を繋げた。授業中の眠たそうな夏菜の横顔も見られた。体育の時に作る2人組も一緒になれた。ずっと隣に居ることができた。後悔ばかりが募る。まず、夏菜にあんな感情なんか持たなきゃ良かった。そしたら傷付かなかった。ずっと独りで居れば、傷付かなかった。誰とも関わらない方が良かった。「誰かにとっての何かになりたい」なんて夢を捨て切れていなかった自分に反吐が出る。もう期待はしない。



 あんな事、言われるなんて驚いた。まさか、ずっと友達だと思ってた秋華が私に恋愛的な意味で好きという感情を持っていたなんて。私も秋華のことは好きだけど、そういう感じのやつじゃない。びっくりして逃げちゃったけど、また明日、学校で会ったら謝って、気持ちには応えられないけど、今までみたいに仲良くしたいと伝えよう!

 そんなこと思っていたけど、いざ実際に会うと、緊張する。それでも、私から話しかけなきゃダメだよね。

「ねえ、秋華! 昨日はさ……」

秋華は無視してどこかに行ってしまった。秋華は仲良くなる前のような無気力な感じに戻っていた。聞こえなかったんだろうと自分を勇気づけて、次の休み時間にも挑戦してみる。

「ねえ! 秋華!」

「……」

「ねえ、秋華! 聞こえてる⁉︎」

「うるさい」

「え、どうしたの笑 昨日行けなかったクレープ屋さん、今日こそリベンジしよ〜!」

「1人で行けよ」

「えーっとね、私は苺のやつ食べたいな!秋華は何にする〜?♪」

「どっか行けよ!!」

こんなに大きい秋華の声を聞いたのは初めてだった。クラスメート達がざわつく。秋華は走って何処かへ行ってしまった。私が秋華の姿を見たのはこれが最後になった。



「私だって夏菜と話したい」

「でも裏切られたくない」

相反する2つの感情が闘っていた。一度、人間の味を知ってしまった熊が何度も人間を襲うように誰かと一緒に居ることの温かさを知ってしまった私はもう後戻り出来なかった。平然な顔で夏菜を無視しようと思ったけど出来なかった。夏菜を見ると、気持ちが溢れてくる。もう、元に戻るのは無理だ。私は学校に行くのをやめた。

 学校に行かないと、家に居る時間が増えた。母と久しぶりに話すようになった。

「学校には行かなくていいの?」

「うん」

「なんで嫌になっちゃったの?」

「人と関わるのは難しいことだって分かったから」

「そうなんだ。でも、それって秋華が誰かと一緒に居たから分かったんだよね」

久しぶりに話した母の言うことはとても心に刺さった。


 それからまた、私はたくさんの事を考えた。間違った事をしたのではないかと自分を責めようとした。しかし、どれだけ考えても私が彼女に想いを伝えたことが間違いとは思えなかった。彼女にとって唯一の存在になりたいと思えたことは間違いではないと強く思った。人間関係はとても難しい。学校のテストのように決まった一つの正解がない。ただ、不正解は1つだけある。それは誰とも関わろうとしない事。傷付くことが怖くても関わるべきなんだ。傷付いて分かることもあるんだと今では強く思う。そして、私は彼女が言っていたアイドルのオーディションに応募することを決めた。アイドルなんて柄じゃないし、自信はないけど迷いはなかった。今まで人と関わってこなかった私がアイドルになんてなれるのだろうか。誰かにとっての「何か」になれるのだろうか。そんな不安に纏わりつかれながら、私は家族に「行ってきます」と小さな声で告げ、東京行きの電車に乗り込んだ。

 この作品は、現在、私が書いている長編の番外編です。長編の方では、「秋華」のその後を書いています。そちらの方が少しでも気になって頂けた方は、是非、ご一報ください。

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