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守る

夕日の中を駆けていると、多くの荷物を抱えて反対方向へ逃げていく人々とすれ違った。ウルエジは一瞬立ち止まって人々が逃げてくるその奥を眺めた。何か黒いものがチラリと見えた。再び走りだしてその黒いもののそばにまでいくとそれは巨大な甲殻類の様なものだった。人1人分はある2本のハサミの間からは赤い突き出た目が睨んでいる。後ろからは殻に覆われた尻尾が3本、その先端からは棘がありそれもまたウルエジの方を向いている。


その時、カーリーが民家の屋根の上から声をかけた。「来たか!こいつの名はスコウピナー、前にも何度か同種が来たことがあったがこんなにデカイのは初めてだ。いいか!よく聞け!右に少し大きめの建物が見えるだろう!それは学校だ!中ではまだ避難が完了していない!奴はすぐに人間の臭いを嗅ぎつけて襲うはずだ!俺達2人で何としても避難ができるまで時間を稼ぐんだ!」そう言うとカーリーは助走をつけて向かいの建物まで飛び移った。


スコウピナーの尻尾はウルエジから向きを変え、3対の太い脚をゴソゴソと動かしカーリーの言った通り学校を目指した。

ウルエジは正面から突っ込み、進むスコウピナーを押さえ込んだ。しかし、力は向こうの方が上らしくスコウピナーはジリジリと進んでいった。学校からは子供が走って出てきていた。中には親や教師に抱えられた子供もいる。カーリーはその列の後ろに立ち何時攻撃がきてもいいように構えていた。


(よし、いいぞ。ウルエジ、そのまま押さえ込んでいてくれ……このスピードなら避難は間に合う……!)


(畜生!これじゃ埒があかん!どこか、コイツの弱点は……関節肢!殻と殻の間なら、あそこなら攻撃が通るかもしれん!)そう思い、ウルエジはそこから飛び退き、側面へ周りこんだ。


「はっ⁉︎バカヤロォオオオオッ!!」カーリーの怒鳴り声が辺りに響く。


「え…?」動きがピタリと止まる。次の瞬間、ブレーキが外れたスコウピナーはその太い脚で攻撃の瞬間を逃したウルエジを吹き飛ばし、その見た目からは想像もできない速さで獲物に寄っていった。まだ、道の中央には逃げ遅れた子供が10数人残っていた。そこに向けてスコウピナーは尾を伸ばした。カーリーはすぐさまそこに割って入り、剣鉈で3本の尾を体勢を崩しながら弾く。しかし、すぐそこまで迫っていたスコウピナーはハサミを突き立て、膝をついたカーリーを拾い上げる様に挟み込んだ。

カニなどの握力は強いもので1t近くあるが巨大な体に見合わずスコウピナーもそれくらいである。何故なら人間を捕食するにはそれで十分だからだ。

カーリーの体はミシミシと不気味な音を立てながらスコウピナーの口に運ばれていった。

カーリーはやっとの思いで片手を出し、剣鉈をスコウピナーの口に向かって投げた。たまらず怯んだところでウルエジがハサミにかかと落としを喰らわせる。ダメージは殻に少しヒビが入った程度だがほんの一瞬力が弱まったのを利用してカーリーをハサミから引っ張り出したウルエジはすぐに退散する。

目標を見失ったスコウピナーは仕方なく地面を掘り返してその中に消えていった。


その夜、病院に運ばれたカーリーは左上腕、左鎖骨を完全骨折、肋骨と胸骨へのヒビほかに筋肉の裂傷などなどという大怪我だった。ロッソとネーナ、カラノスはすぐに病院に見舞いに来た。「何故あそこで奴を足止めしたのをやめた……」病室でカーリーが呟く。


「何故……奴を足止めしなかった……!」体を起こしながら続ける。


「言ったよな……学校に残された人が逃げるまで時間を稼げって……言ったよなッ⁉︎」ウルエジの胸ぐらを掴みながら叫ぶ。ネーナなが止めに入ろうとするのをロッソが肩に手を置き止めていた。


「で、でも……」斜め下を見ながらウルエジが言おうとするが


「俺達の仕事は魔空生物を倒すことじゃねぇんだよ!奴らに人を襲わせねぇのが仕事なんだ!後ろで逃げ惑っている人がいるんならその人達を命を賭けて守る!それが仕事だ!もし、あそこで俺が身を挺していなかったら貴様の浅はかな行動一つで何人もの犠牲が出たかしれないんだぞ!」


「俺は……奴を倒すことが…その…守るってことにつながると思ったんだよ!」つまりながら言う。


「ぐっ……違うんだよ……ウルエジ…そうじゃないんだ……俺が言いたいのは……そういうことじゃないんだ……」俯きながら言うが胸ぐらを掴む手にはいっそう力が入っていた。


「森ん中で住んでたお前にはわかんねぇだろうな!」ウルエジを突き放しながら叫んだ。「カーリー!」ロッソが止まる。「いや、お前は……休んでてくれ、すまなかった……」途切れながら言う。返事はない。


「ウルエジ、俺と来い。ネーナ、カラノス。カーリーを頼む……」そう言ってロッソは早足で病院を後にした。ウルエジもそれに続く。


暗く静かな街道を歩き、2人がついたのは事務所だった。ロッソは鍵の束から素早く鍵を1つ選び扉を開けて部屋を横切り裏庭へ言った。


「カーリーを許してやってくれ。あいつもお前の為を思って言っているんだろう。あいつは不器用だが誰かを守るために闘うということに関しては馬鹿に真面目でな。たとえその誰かが赤の他人だろうと家族だろうと全力で守るってことは変わらない。」暗闇の中でゴソゴソと動きながら言う。声はあっちにいったりこっちにいったりと。


「カーリーが言いたいのはだな、お前が何かを守るために戦っているかということだ。」ロッソが手元のマッチに火をつけるとその側にはかがり火の台が置いてあった。そのままマッチをその中へ放り投げると周りは一気に明るくなった。


「その点に関してはお前は不十分だったと言える。とは言え、お前はかなりお人好しなところがあるだろう。」真っ直ぐウルエジを見据える。ウルエジは「そんなこと、自分ではわからない」と言いたげに視線を逸らす。


「ウルエジ、お前は強引に引っ張ってきた俺たちの味方をしてくれた。逃げ出すもせず、連絡をよこせばすぐにその通りにする。それは、お前が頼られればそれに全力で応えるという誠実さがあったからだ。今回のことだってそうだろう。お前は多少ぶっきらぼうではあるが、誰かのために闘う、その意志がどこかにあると俺は思っている。」ロッソはかがり火から離れ再び暗闇の中で動いている。今度は木と木がぶつかる音がする。


「ところで、お前の方はカーリーに詫びたいと思っているか?」厳しい顔つきになる。


「あ、ああ……でも、どうすれば……」


「お前が奴を倒せ。スコウピナーをお前が倒すんだ。カーリーと同じ考え方をしろとは言わん。自分の思うもののために闘え。お前のやり方でな。奴はまた来る。周りの人達の避難は俺とカラノスに任せて思い切りぶつかれ。そのためにはまずこれだ。」ロッソが腕を大きく振りかぶって投げつける。その瞬間、何か硬いものがウルエジの頬を掠めた。暗くてよく見えないが頬を生暖かいものがつたっている。ウルエジが困惑するがそんなことお構いなしにロッソは再び振りかぶる。今度は両手で連続に。投げられたものを反射的に掴むとそれはカーリーとの特訓で使われたものよりも大きな丸木杭だった。


「いいか!それを手刀でどんな角度でもいいから断ち切って避けてみろ!できるまでは貴様がどんな怪我をしてもやめんぞ!」言いながら投げ続ける。その杭からは全く容赦が感じられず、確実に仕留めるという殺気が感じられた。

ウルエジはとにかく必死で避けようとした。しかし、防衛本能の一環か手刀はなかなか繰り出せず叩き落としたり、跳ね除けたりと失敗が続いた。しばらくすると体力も消耗し、杭が体に当たり始めた。力を振り絞ってなんとか掠る程度に留めることはできたがそれだけでは特訓は終わらない。


月が真上に上がった頃、やっと手刀が繰り出せる様になったがそれでも切断面は甘かったり、完全に断ち切れずに体に当たったり、手刀を繰り出した手が逆に傷つけられたりとまだまだ先は長い。


月が傾いた頃、様子を見に来たカラノスは状況を理解し、ロッソに代わって杭を投げた。ロッソはウルエジが切り損ねた杭を払い再び使えるように削っていた。弓の名手であるカラノスの狙いは更に的確で一歩間違えれば命の危険があるようなものだった。それでもウルエジは弱音を上げず、痛みとその理不尽な特訓に耐え続けた。


月が見えなくなり、朝焼けが広がり始めた頃、ロッソとカラノス2人がかりで杭を投げたがそれら全てを切断面が荒くも断ち切り避けられる程になった。それを見たロッソは更に鋭く尖った杭を投げてきた。


完全に空が青くなった頃、全ての杭を使い果たし特訓は終了した。使った丸木杭の数、実に640本。砂の地面を木片が覆い尽くして更にその木片をウルエジの血が赤く染めている。3人とも疲れたを通り越して最早意識すら朦朧としていた。ウルエジは確かな自分の成長を実感し、眠りについた。カラノスが駆け寄るが「いい……寝かせてやれ……」とロッソに止められる。そのまま2人も眠りにつく。

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