仕事
腕を組みながら俯いていたウルエジは身体をビクッと震わせ顔を上げた。どうやらしばらく眠っていたらしい。目の前ではネーナが傍に水晶玉を置き、床にうずくまって手を動かしている。すると、バッと立ち上がり窓の側に行ったかと思うと次の瞬間、頭に傘を被った中型の鳥が窓から飛び立っていった。
その様子をポカンと見ていたウルエジに気付いたネーナは鋭い視線を向けた。
「グッドタイミング。丁度今、久々に魔空生物の襲来を感知したところよ。今、隊長に伝書を“傘鳩“に持ってかせたんだけどきっとまだ他の人達が来るのは時間がかかると思うから、あなたと私で現場に向かうわ。」
傘鳩とはこの街の周辺に生息する中型の鳥で従来の鳩よりも2回り程大きく、飛行能力が高いまた、巣に使った枝を組み合わせて頭に被るという特殊な生態があり個体識別がしやすい為伝書鳩としてこの街では重宝されている。
「後、勘違いしないで欲しいんだけど、私達はこれからあなたの同僚であると同時に監視役でもあるの。万引きという前科と瘴気に対する免疫、そんなの持った奴がいきなり仲間って言われてもそう易々信用はできないでしょ。そういう訳だからもしあなたが不審な動きを見せたりすれば容赦無く告訴よ。まあ、人体実験されないだけマシだと思いなさいな。」
「はいよ……」納得いかない様子で返事をする。
「さて、目標はここからそう遠くないし、まだ森から出てきてないみたいだから被害もなし、森から出た時を叩くわよ。」そういいながら事務所を走って出ていった。
ウルエジは少し、立ち止まり、拳を振るわしながら握り込んだ後、ゆっくり息を吐きながら拳を弛めネーナの後を追った。
森の前まで来ると、2人は何かが迫る気配を感じた。2人は身構え、森から出てくるモノを迎え撃とうとした。
「何が出てくるか分かるか。」
「オーリエスの群れよ。油断してると喰われるわよ。いや、忠告はいらないか。あなたの食糧だものね。」
「マジで全部筒抜けかよ……」押し殺した声でそう言う。
突然、木々が激しく揺れ始め、カラスに似た鳴き声の大合唱が始まったかと思うと一匹、二匹と不気味な人間の膝程の大きさの鳥が飛び出してきた。
目は異様に大きく、頭はハゲ鷲のように羽毛が抜け落ちており、空を飛ぶ生物にしては翼が小さく足が長い。クチバシは細長く先端で極端に曲がっている。オーリエスが羽ばたく度に辺りには血生臭いにおいが広がった。
「えっと……いち、にぃの……全部で二十羽!」
「くるぞ。」
人間の臭いを嗅ぎつけたオーリエスは一斉に飛びかかってきた。
ウルエジは飛びかかってきた最初の二羽の首を掴み互いの頭を思い切りぶつけ合わせた。すぐに捕まえた二羽を放り投げ、次から次へと飛びかかってくるオーリエスを叩き落とした。それでも元気でいられる個体はすぐに立ち上がり足の肉を喰いちぎろうとクチバシを突き立ててくる。
流石にまずいと思い素早く足を引き、身体を曲げ大きく孤を描き、バク転を連続して行い5メートル程距離をとった。
距離を離されたオーリエスの群れは獲物を獲るために翼を広げて突っ込んでくる。
ウルエジはグッと重心を下げ、足に力を込めた。
そして、互いの距離が再び縮まったとき
「ィアッッ‼︎」という掛け声と共に片足を横に振った。
辺りには砂埃が舞い上がり、その中から鈍い音が複数回聞こえたかと思うと砂埃からオーリエスの群れが転がり出てきた。
辺りが晴れた後には息切れしたウルエジが膝に手をつけて立っていた。足元の地面は10数cmえぐれている。
ウルエジがチラリと脇の方を見ると、同じく息を切らしたネーナの周りには伸びたオーリエスが三羽転がっていた。
「ふ、2人で十分だったわね……」
「はぁはぁ……まぁ、この仕事も……悪くは…ないかもな……」
2人とも強がりを言っているがかなり疲弊しているため互いにツッコム気力もなかった。
「あんた、魔法使いなんだろう……どうやって攻撃したんだ?」
「ん?あぁ、私、攻撃魔法は使えないのよねぇ。ただ水晶玉で殴っただけ。」
「あ、そう。」
2人はヘナヘナとその場に座り込んだ。
そこへ馬に乗ったロッソとカーリーが到着した。
カーリーはパッと辺りを見渡し、短く口笛を吹くと「ほぇ……見るまで信じられんかったが…俺達も加勢する気で来たのによぉ……」と感心した様に言う。
「お前でも流石にここまで早く片付けることはできんだろう。」馬から降りながらカーリーに説教くさい口調で言った後、2人に身体を向け「ご苦労だったな。ネーナ、どうだった?こいつの戦いぶりは?」と、真剣な眼差しで聞く。
「少なくとも私よりは実践向きですかね。」
「そう自分を悲観するな。お前にはお前の仕事の仕方があるんだ。とはいえ、この結果を見る限りそうらしいな。」
「こいつらどうしますか?」カーリーが指先でオーリエスをつまみ上げながら聞く。「おっかねぇな、生きてはいるが首の骨がバラバラだ…これじゃ、研究部の連中も実験台に使うかどうか……」
「なんとでも言っておくさ。回収するぞ。お前たち2人は先に事務所に戻ってろ。後で俺達も行く。」
「は〜い。」ネーナはよっこいしょと立ち上がりもと来た方へ帰っていった。
「お、そうだ。ウルエジ、プレゼントだ。」馬で駆け出す直前に身体を捻り、ロッソは小包みを投げてよこした。「今日一日でいろいろあったからな。お前も事務所で休んでろ。明日からはハードだぞ。」そう言って馬で駆け出した。
ウルエジは小包みを睨みながら大きく舌打ちし、ネーナの後についていった。