いらっしゃいませ
「いらっしゃいませー。」
いつものバイト先のコンビニ、よく聞き慣れた声。
ん、聞き慣れた声?
「なぜお前がカウンターに立っている…」
「いらっしゃ…あ、先輩、今日も辛気臭い顔してますね。」
後輩がいつもの顔で笑って立っていた。
「今日から新しくバイトとして入ることになった三宮くん。いろいろ面倒見てあげて。」
制服に着替えていると、店長がなんてことないような口ぶりで言った。いや実際、店長にとっては只新人が入っただけのことなのだろう。店長にとっては。
「よろしくお願いします、先輩。」
「え、何、知り合いなの?」
「大学のサークルが一緒なんです。」
「へぇー、よかったね。彼、目は死んでるけど仕事はできるから。わかんないことあったら彼に聞いてね。」
「はーい。」
店長はそれだけ言うと奥に引っ込んでしまった。
「…なんでまたこのコンビニに?近いとこいくらでもあるでしょうに。」
「『バイト探してるんですけど、良いとこないですか?』ってサークル長に聞いたら、ここ教えてくれて。」
「あー、あのやろぉ…。」
高笑いしている顔がありありと脳裏に浮かんでしまった。ホント、面白いことのためになんでもやるなあの人。
「『うちのサークルの人もいるし、安心だよ』って言ってましたけど、まさか先輩だとは思いませんでしたよ。」
ニコニコと後輩が言う。
「…バイトやめようかな…。」
「なんてこと言うんですか先輩!こんな奇跡をふいにするって言うんですか。」
こんなあからさまに仕組まれてるのに、奇跡もクソもねぇよ、という言葉を辛うじて我慢する。
「にしても、バイトでまでお前の面倒を見ることになるとはなぁ。」
「良いじゃないですか、先輩アピールできて。」
「アピールするメリットがどこにもねぇよ…。」
大きな大きなため息が、口から漏れて出て行った。
「で、どこまで教えてもらった?」
「んー、まだ挨拶と品出し、レジ打ちだけです。」
「ああ、基礎は割ともう出来るのね。」
「挨拶、店長に褒められたんですよ、『気持ちいい笑顔だね』って。」
「はいはい良かったな。」
「先輩は挨拶苦手そ〜。」
「うるせ。黙って品出ししとけ。」
挨拶と聞いて、思い出したくもない過去が甦る。あれは、俺がここのバイトを始めたばかりの頃。
「それ、本当に笑ってる?」
店長にガチトーンで言われて、どうやら自分の笑顔は他人からみて笑顔ではないらしいと知った。
スマホのインカメで見せられた顔はどうしようもなく引き攣っている。なるほど、笑ってねぇな。
「口角をあげて、歯を出すの。」
「はぁ。」
「ほら、こういう感じ。やってみて。」
目の前で店長が自然な接客の笑顔を作る。真似して俺もやってみる。口角を上げる、ね。
再びインカメを見ると、そこには先ほどより一層歪さを増した自分の顔があった。
「…なんか、威嚇してるみたいだね。」
店長が呆れたような声で言う。
「普段あんまり人と喋らないでしょ、君。」
「はぁ、まぁ…。」
人間性までバッチリ見通されてしまった。
「もういいよ、コレつけて接客して。」
渡されたのは紙マスク。
最初から見放されてしまった瞬間だった。
「いらっしゃいませ。」
今日が初めてと言うのに、既に自然な応対ができている後輩をみる。
なんかもう、先輩としての威厳もなんもねぇな。