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死ぬほど寂しいうさぎの孤独


 死ぬほど寂しいうさぎの孤独


 まだ恐ろしく高額だった月旅行を一部の人類が始めたころ、一方ではあまりに激しく感染していた自死を止めることができずにいた。自国民の自死がどう利権に繋がるのか、散々に煽られるだけの国民には皆目見当がつかないまま、つまり政治に於いては相変わらずグズグズしていたのだったが、その場限りの良心を訴える白い手袋で、醜い手相を隠し続ける極めて自己中な彼らよりも、よほど腰が重いはずだと何世紀にもわたり思われていた世界の主たる宗教団体は本気で目を覚ました。横断的に統一した<自殺防止>キャンペーンを展開したのだ。なかには教義に対する冒涜行為を覚悟し、殺してもかまわなかった兄弟宗派の見知らぬ輩どもへ、千年、二千年もの純血を分けたり受け入れたりをした。そして尚も、我が身を削り捻出した支援金をつぎ込み、偉大なまま死んだ歴代たちをどんな言語にも翻訳できない神の言葉で説得し尽力したのだ。突発的な若者に的を絞ったロックミュージックすら空回りするだけで、謎と真理が共存する我々の命が世界中の空から降りやまないこの事態こそ、人類が迎え撃つべき<実践的冷戦>と捉えざるを得なかったからだ。しかしその成果は局地的な紛争のいくつかを一時的に和平へと導けたに過ぎなかった。これはまだ私が生まれてはいないずっと前のことだ。


 今では世界の定説となっているのだが、最初にミヨが現れたのはやはり西の果てにある大陸だとされている。するとまるで猿の芋洗いみたく同時的に、世界中で彼らは文字通り降って湧いた。当然言い尽くせない様々な大混乱が起き、誰一人思いもしていなかった新たな歴史が積み重なっていく過程で、大概は子供のころから風変わりと後ろ指を指されていたような幾人かの名もなき市民が現れた。やがてそのような彼らは聖人の生まれ変わり等と呼ばれるようになり、何事にも屈せずに「旗」を振り続けた末のこと、ミヨは我々の次元でごく普通に暮らすようになった。

 赤い雨もときどき降るようになってしまったのだが、人が空から降ることはなくなった。当時のジャンパー予備軍を対象にした世界遺産的文献(とはいえ、ただのアンケート用紙に過ぎないのだが)を簡略して述べるとすれば、このような感じとなろう。


「目に見える、たとえば揺れる水のような姿形になったとしても、実はそれほど懸念を抱くようなことはなさそうだ」と語る、歴史の過渡期にいた故人たちは、自らの言葉や気持ちをさらに述べ遺している。

「つまり死ぬほどの悩みから解放されるのであれば、死んでから無限に続くかもしれない後悔などそんなもの関係ない、と思って暴走する至って冷静な決意や覚悟は、しかし陽気なミヨたちと暮らし始めたことで逆に削がれてしまったし、死後に誰かを呪い殺す気力を保てている自信もなくなっちったんだよね(笑)」


 もちろん非行為としての<死>で肉親や友人を失う悲しみは今も昔もさほど変わりはしないはず。ただそこにあった壮絶な絶望は、その壮絶さが少なからず丸みを帯びたのだとは思う。人は死んでもどこかでよく笑っていたりして、嫌味のない冗談を言うことを知らない者は今やどこにもいない。彼らは誰一人の例外なく愉快で優しく、また謙虚さがある。決してガチガチに硬くはない、しかし人としての(というのも変な話だが)正義感に富む。もちろん正義を振りかざして威嚇したりもしない。たぶん実際に生きていたとき以上の器なのだろうと、私は個人的にそう思っている……


 私は死ぬほど寂しいうさぎの孤独を考えてみた。でも息子へうまく説明することなんかできそうもない。良くも悪くも我々は、たとえどんな状況に置かれたところで、それほどの気持ちを持ち得なくなっているのだ。

 無邪気に背中で飛び跳ね、まだ寝る気配のない息子の成長を思いながら永いこと忘れていたある友の思い出がよぎった。彼は私にとっての、いや私たちの世代にとって最初で最後の、しかも最少年ジャンパーだった……



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