23:16 #2
23:16 #2
「もっと小さかったころ、すごい宵っ張りだったの覚えてる?」
「そんなの知らないよ」
「でも母ちゃんの腹の中にいたときの記憶は覚えてんだろ?」
「そうだね、なんとなくだよ」大きな柿くらいの小さな両肩をすくめた。
「どんなだった?」
「内緒」
言葉を話せるようになってから一貫した彼の返答。妻も私もその含み具合がとても気に入っている。
「内緒だよな。でもいつかは忘れねぇうちに教えとけよ」
「忘れたら教えてあげてもいいよ」
明るく微笑む子供の笑顔は無条件で和む。
「もし忘れたら母ちゃんにだけ教えてあげろ。俺はいいや」
「なんで?」
「腹の中で覚えている記憶はお前だけのモノなんだろ? そんなら忘れた記憶はお腹を貸してくれていた母ちゃんのモノになるんじゃねぇのかなって思うわけよ」
「…でもぼくが忘れたらどうやってか母ちゃんに教えてあげればいいの?」
「いつか俺よりもずっと大きくなって、今みたいにちっこいころのことを懐かしく話してやるんだよ。覚えていることをたくさん。そうすればたとえお前が忘れたことでもか母ちゃんは、母ちゃんのどこかで聞き取れるんだと思うぜ。お前のばぁちゃんに俺がそうしてやっていたら、終いには俺も知らない、俺の話をいろいろ母ちゃんに言ってたからな。拾ってきた子猫を捨てにいかせたら火の鳥を拾ってきたとか、学校の展覧会で作った俺の宝島が冬至に噴火したとか」
「っていうかボケてたんでしょ?」
「明け方にコンビニのATMから硫黄島で戦っている、死ぬほど遠いご先祖さんへ送金していた以外はそんなでもなかったよ。たぶんな」
私は今でも、あのころの母親を怒鳴りつけてしまっていた自分を悔いている……
「はぁ」息子は一人前にため息をついた。
「で、まぁつまりはそのおばけが言ったんだな?」
「そういう言い方はやめてちょうだい。だから子供が真似するのよ」
網戸の向こうにいる妻が台所の椅子に座ったまま私に注意した。
「そう、おばけくんが教えてくれたんだ」
近頃生意気な口をきくようになった息子は母親を挑発して喜ぶ。
「ミヨって言うんじゃなかったかしら?」
妻は私たちのいる縁側まで移動してくると子供の唇をひっつかみ上下に振った。子供は楽しげに痛がっていたが妻の目は笑ってなどいない。
私はとっくに見捨てられてはいるのだが、息子に対しては心ある人としての<確かさ>みたいなモノを守らせようとでもするかのように、ちょっとした冗談にさえ毅然と反応することがある。彼女はときどき酷く疲れてしまうが、でもそれでもかまわないといつも言っていた。