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赤い雨の日には縁起を担げ

 赤い雨の日には縁起を担げ


 しかし六年も経てば日常はある意味停滞し、謂われなどなかったはずの後ろめたさや自覚は薄れゆくものだ。そこで子供部屋にある砂時計の台座に隠していた「αチップ」を取りに行ったのだが、とっ散らかる勉強机に置かれていた時計の隣で直立する鉄屑が目に留まった。鮮明にして底知れない黒よりも黒いそいつをつい手に取ると「赤い雨の日には縁起を担げ」などと生前の父が根拠のないままよく語っていた言葉を思い出した。

 しかし今のところ家内安全で仕事もそこそこ順調な状況下、これ以上に何の(良き)兆しを求めるまでもない。それは我が人生においては紛れもなくありがたいことだ。再確認した私は頷いた。

すると全くの不意で不思議な話でもあるのだが、頭の中でアイデアの明かりは灯もり、それは表札への活用だった。この鉄屑の形と大きさはまさに理想的だろう。

 私はプリント類の散らかる机の上で、長らく止まったまま(だったに違いない)の黄色い砂の時間だけをひっくり返し台座のネジには手をつけず、勉学の痕跡が皆無な勉強机の、そのシールだらけの抽斗を物色した。許可なく勝手に開けたのだから食べかけのチョコレート・バーやグッピーラムネには目をつぶり、抽斗の中でばら撒かれていた水性絵具と奇跡的に保湿されている紙粘土を手に居間へ戻った。襖の中から瞬間接着剤を探り当て、物置からはニスを取り出した。

 とにもかくにもその気になっていたので、当初の方針が変わるとは自分でも思ってはいなかった……


 ひと月前から近所のママ友達と予約していた、溶岩の直火で焼くパンの食べ放題へどこぞの休火山まで(この迷惑な空模様になど屈せず)ドライブしに行っていた妻は、赤い雨が降り止んだ夕飯時、今日に合わせて切ったばかりの黒髪を少し焦げつかせて息子と共に戻ってきた。

 彼女は緑色で塗られた紙粘土が「みどり」とひらがな書きされた黒い表札を見るなり、一瞬口を閉じてしまった。それでも「シンプルだし、色の洒落も嫌味にはならないわね」と感想を述べ家用の土産に買ってきたマグマ焼きライ麦パン(と仰々しく謳う)の紙袋をこちらに手渡した。妻曰く「木星で神様になり損ねた物質のメッセージ」の実務的な活用に一瞬戸惑ったが受け入れたというわけだ。

 思えば、月を経由した「メッセージ」が我が家に届いたばかりのころは、灯り取りの穴の開いていない形ばかりの床の間へうやうやしく置いていたものだった。だからこそ缶コーヒーのおまけについてくる絶滅危惧種の鳥やら魚やらのフィギュアをその黒い表面に並べてみたり、真似た息子が幼稚園の砂場で作った砂団子をこっそり飾った時などには軽くからかわれていることを知っている妻は「死ぬほどヤバイ罰が当たるわよ」と、容赦のない鬼のような真顔をして脅した。

 そのようなわけで、たとえ立っていなくても、思念的なエアー茶柱を浮かべる茶を毎朝添えていた上に(我が家は平屋だったにも拘わらず)なかなかきれいな字で床の間の真上へ「雲」という字を書いた半紙を張りつけ、家族の無礼を謝っていたのだった。しかし駅ビルのカルチャー教室へ通いだして間もなく、母親の形見の花瓶に生花を活け始めてしまい「木星で神様になり損ねた物質のメッセージ」は天井の「雲」リ空を失った。そして、軽く爆破でもしてくれたのか? としか思えないように様々な物質と、ときには息子自身のやるせなさ等が飛び散らかる子供部屋の指導員へと成り果てた。私の伴侶は何かに流れやすい可愛い性格なのだ。



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