クウァエダムパトリア
「ーーんん、ふぅ」
すっきりとした身体にすっきりとした頭。ふぅ。良い目覚めだな。こんなに気持ち良く起きれたのは何年ぶりだ?
ここ数年は毎日目覚ましのアラームの音に苦痛を感じながら起きていた。
身体の調子が頗る良いな。むむむ。やはり禁酒プラス野菜の生活が必要なのだろうか…
「ヒサノリ殿、お目覚めですか?身体の調子は如何でしょうか?」
「ルーラシウスティイ様!お陰でここ数年重かった身体も上手く言う事を聞いてくれます!ありがとうございす!」
「いえいえ、それは良かったです。」
はにかむルー様が美しい…はっ?!
「ゔぅん、ごほんっ」
態とらしい咳払いをしてしまった。恥ずかしい。
「それで、先程お話しようとしたのは、私達の世界、つまり地球では無い他の世界、異世界に来て頂けないでしょうか?」
「異世界、ですか?」
「はい、異世界です。地球の様な便利な科学技術や美味しい科学調味料もありません。人を襲う魔物種や、盗賊も居て日本ほどの安全はありません。その代わりと言ってはなんですが、魔法が有ります。そして自然が豊かで、海が美しいです。」
異世界、かぁ〜。ん?強制じゃないのか?
「行くのは強制では無いのですか?」
「はい、強制ではありません。なので断って頂いても結構です。私達の世界に来て、帰りたくなったら地球へ帰ることも出来ます。ですが、一度地球へ帰ったら再び私達の世界に来ることは出来ません。あっ、地球に帰った場合は向こうの世界に渡る直前に戻ってきます。向こうで過ごして歳をとったり、怪我をして居ても地球に戻って来たら今の状態です。流石に亡くなってしまった場合は地球に帰ることは出来たとしても、それは魂だけの帰還となります。悲しい事ですが、向こうの世界は日本とは比べ物にならないほど、命が軽い世界です。ヒサノリ殿自身で剣を握り、襲ってくるとは言え同じ『人』を殺さなくてはいけなくなります。良く考えてお決め下さい。」
「あっ、あの。」
「はい、何でしょうか?」
「何故、俺に声を掛けて下さったのですか?」
「あぁ、それはですね、『新しいスキルのアイディア募集中』という小説書きが居たでしょう?」
「ああ、居たな。」
「それがオムニスリィーノル様なのです。」
「えっ!神様が?小説?他の世界で?」
「ふふ、不思議に思うかもしれませんが、あの小説はオムニスリィーノル様があちらの世界での神界から眺めた景色や、地上の様々な種族の日常のほんの一コマを少しづつ書いていったものです。本人も楽しそうですし。そして、何故地球で?という疑問の答えは単純ですよ、紙がとても貴重な品だからです。ヒサノリ殿に声を掛けたのはその事も関係しております。辞書スキル、日々新しいスキルを作り研究している我々でも思い付かなかったスキルです。是非導入しようとなったのですが、紙はとても貴重な品であり、辞書と呼べるものは片手で数えられる程しかありません。そしてそのどれもが国宝としてしまい込まれているので、僅かに目にした程度ではスキルは発現しません。それに、例え発現したとしても使い方が分からなければ意味は無いですし、かと言って我々が介入して辞書を所持している国の王族に辞書スキルを強制発現させるとその国の国力のみが上がり、戦乱が治まってきた世界の和を乱すきっかけになります。それに我々は地上の子供達にあまり直接的な手出しはしないようにしています。一ヶ国のみ辞書スキルの強制発現とはそれ程大きな事なのです。我々の世界のスキルはとても細かく細分化されています。なので辞書スキルは本当に無限の可能性を秘めたスキルであり、その一つのスキルで、100個以上のスキルの力が集まっています。なので我々も辞書スキルを導入したいのですが、辞書スキルを上手く使えて、与えても問題無く、それと、我々である程度調節してもスキルの全ては制御出来ませんし、スキルの能力を全て把握出来る訳ではないのでスキルの検証に理解のある、という条件を満たす人を探していました。そしてオムニスリィーノル様がヒサノリ様に辿り着いたのです。」
お、おぅ、大変なんだな、神様も。
それに辞書スキルがそんなたいそうな物になってるとは…
「あ〜、もし俺がそのまま向こうに住むと決めたらどうなるんですか?」
「その場合は地球の神によってヒサノリ殿の形跡が全て消されます。勿論顔見知りや職場の同僚、両親、兄弟といった家族まで全ての人の記憶からも消えます。」
「そうか。」
記憶から消えるのか。両親ーと言っても俺は母子家庭だったからなぁ母さんがなくなって13年か。母さん、早すぎだよ。孫の結婚式まで頑張るって言ってたじゃないかよ…俺、何の恩返しも、親孝行もして無いのに…母さん、ごめんなさい、こんな息子で…
兄弟は居ない。一人っ子だった。兄弟かぁ憧れてたなぁ。父親より兄弟を欲しがってたなぁ、俺。
まぁそれはともかく、親兄弟は関係無い。職場かぁ、引き継ぎが…って思ったけど、そもそも俺、居なかった事になるなら関係無いのか。稲葉と飲みに行こうって言ってて結局行って無いな〜
ん〜後は、よく聞く?と言うか読む?ファンタジー小説みたいに自分で人を殺すかも知れない、かぁ。それに自分も殺されるかもしれない?日本って本当に安全安心の国だよなぁ。まぁ日本に居ても何時死ぬか、何時殺されるかなんてわかんないけどな…
異世界かぁどんな所なんだろうなぁ
んー?あの小説書いてるのってオム…オム…オム様ってルー様言ってたよなぁ。あんな感じの世界なのかぁ、まぁ勿論良いところばかりじゃ無いだろうけど楽しそうだな。
「ルーラシウスティイ様、オムニスリィーノル様せっかくのチャンスだ、行ってみようと思う」
「ありがとうございます。」
「ありがとうっ!早速行こうかっ!早く辞書スキルを使ってみせてよっ」
わぁぉ
オム様目ぇめっちゃキラッキラしてるよ
フリスビー投げて見たくなるな
「では準備が整いましたので、早速参りましょう」
パァァァァァ!!
うおっまぶしっ
こ、これがメッ目ガアアアアアってヤツなのかっ?!
「行ってらっしゃい。我が子よ。多くの経験をして良い思い出を沢山作るのですよ、身体に気を付けて。私からも加護を。」
えっーー?
光の中に誰かいる?
母さん? ではないか、、
「残念ながら私はあなたの思っている母とは違うでしょう。ですが私にとってあなたは可愛い私の子供です。」
なんだろう?この人?からも気持ちいい空気が…
俺の身体が、心が、歓喜しているのが分かる…
あれ?涙が…あぁ、この方が俺たち見守って下さっていたのか…
「ありがとう…ございます…」
うまく声が出せない
涙で目もよく見えない
だけど、すぐそこに、俺の傍にいるのが分かる。
今まで見えなかったし、感じなかったけど
今なら分かる。
今までもずっと俺たちの事を見守っていてくれていたんだ。近くにいて下さったんだ。
母さんが死んじゃった時も、何となく、誰かが慰めてくれた気がした
あの時の感覚はこの人だったんだ
「もちろん、すぐに地球に帰ってきても良いのですからね」
(ぐすっじゅるるっ)
「はぃ ありがとう ございます 」
「あらあら、あなたはそんなに泣き虫だったのかしら?」
「ち、違いまずっ」
(ぐずっずずず)
「あなたは一人じゃ無いのよ?」
(うわぁああああああああぁぁぁ)
(ぐずっずずっずーっずずっ)
「ほらほら、大丈夫よ。」
「ゔん、」
「もう時間が無いみたいなの。文徳、あなたは一人じゃないわ。それにあなたは強い子よ。向こうの世界はあなたに合うと思うわ。文徳、あなたの幸せな未来を祈っているわ。」
「ぁ、ありがどぅ ございまず 」
「ふふっ じゃあね、行ってらっしゃい 」
ぶわっ
「落ち着いたかい?ヒサノリ。もう私達の世界、『クウァエダムパトリア』だよ?」
「くうぁ?」
(ぐずっ)
「クウァエダムパトリア」
(ずずっ)
「くうぁ くわ…ぱとりか?」
(ぐずっ)
「まぁそれでもいいよ〜 それで、着いたよぉ〜」
「着いた…?…地面?」
「そうさ、地面だ。」
「もり?」
「そぅだよ、森だ」
「そっかぁ」
「大丈夫かぃ?」
「うんっ!」
「えっ?ヒサノリ?本当に大丈夫なのかぃ?」
「オレ?げんき!」
「そっそうかぁ、それならよかった、ちょっとそこで待っててね?」
「うんっ」
「オムニスリィーノル様っ!!!どういう事ですかっ?!ヒサノリはどうなってしまったのですか?!」
「うーん、赤ちゃん返りというか子供返りというか…
今まで母ひとり子ひとりで小さい頃から自分の我儘で母親に迷惑をかけないように、とか早く大人にならなくちゃ、って思いが強かったみたいでね、子供の時に子供らしい事を我慢して今みたいなんだ。それに就職?してからは母親を喜ばせよう、自分で沢山稼いでこれからは母親に楽をして貰えるように、って頑張ってる時に突然その母親が亡くなってしまったんだ。それからはあんまり人と深く関わらないようにしていたみたいだね。失うのが怖かったんだろうね、それに自分も何時死んでもおかしくないって思いがいっそう強くなって、ペット?動物を飼ったりもしていなかったみたいだね。彼の部屋、君も見たでしょ?最低限の暮らし、それに最低限の貯金以外は全て貧しい国の子供たちに寄付していたみたいなんだよね、もちろん彼を慕う女性も居たし、彼を気にかけてる同僚や上司もいたよ?だけどね、彼がそれを受け入れて無かったんだ。保健所の前で殺処分になってしまう犬を引き取るか、でも自分も何時死ぬか分からないのにそんな無責任な事出来ない、でも、でも、って2時間もウロウロしてたり、ね。そんな彼をウェヌスティーリアも心配していたんだ。だから彼女も彼をクウァエダムパトリアに連れて行きたいって話をした時に賛成してくれたんだ。彼にとって環境が大きく変わる事がプラスになるってね。
彼がああなったのは多分彼女の、一人じゃないって言葉が引き金になったんだと思うよ?多分、彼、今までず〜っと自分は一人だって思ってたんだろうね。それに母親の事、ずっと後悔していたんだ。それこそ自分で思ってる以上にね。だから自然と人を寄せ付け無いようにしていたんだ。彼、周りの人には好かれてたんだけどなぁ。だからクウァエダムパトリアではのびの〜び、ワガママに生きてもらいたいなぁって思ってるんだ!」
「彼が…そうだったんですね。」
「うん、あと1週間もすれば元に戻ると思うよ」
「オムニスリィーノル様、私も1週間、彼とここに居ても宜しいでしょうか…?もちろん、彼が元に戻ったら直ぐに宮に戻って残してきた仕事と、溜まっているはずの仕事はできるだけ早く終わらせます。なので…」
「いいんじゃない?僕は大、大、大賛成だっ!僕も暫くここに居るよ!」
「えっ?」
「大丈夫!暫く彼を見守ろう、クウァエダムパトリアや辞書スキルの説明もして無いのに彼をここに放っておくなんて出来ないしね」
「分かりました。それでここの森は風の森でしょうか?」
「うん、そうだよ、だからここなら人も滅多に来ないし、魔物種の子達も賢い子が多いから安全だ。それに私達が居ても大丈夫な数少ない土地だ。僕の眷属の子達もいるし、確かルーラシウスティイの眷属の子もこの森に居たよね、」
「はい、ここにはウィリデがいますね。
確かに、ここなら安全ですし私達が降りていても問題ないですね。」
「うん、だから暫くはここで休暇にしようっ!」
「(ぼそっ)…あなたはいつもウロウロしていて何時も休暇みたいじゃないですか。まぁそのお陰で神界で働く神が気付かなかった地上の問題なんかも発見出来るのですが…」
「ん?何か言ったかい?」
「いえ、何でもありません。」
「それじゃぁヒサノリと話してみようか」
「はい」