お花のお医者さん
大きな公園の中に、お花の病院がありました。そこでは、お花のお医者さんがお花の病気を治しています。
“体が痛いお花さん、色が悪いお花さん、何か困ったお花さん来てください。悪いところを治します”
お医者さんはそう木の葉に書いて飛ばしました。お医者さんは時々こうやって、木の葉の広告を出すのです。木の葉は風に乗って町中を飛んでいきます。そうして今日も困ったお花たちがやってきました。
「さぁ、どうされたんですか?」
お医者さんはにっこり優しく笑って、診察室に入って来たチューリップさんに話しかけました。
「あの……手が折れてしまって」
チューリップさんの葉っぱは折れてだらりとしていました。
「それは痛そうですね。でも大丈夫ですよ。お薬を塗って包帯を巻けばすぐによくなりますから」
お医者さんは奥の棚からお薬を出して、チューリップさんに塗ってあげます。するとチューリップさんは嬉しそうな顔になって、「よかった」とつぶやきました。
「明後日はチューリップのお祭りがあるんですの。だから、お客さんにきれいな姿を見て欲しくて」
「そうなんですね。赤い花びらが素敵ですね」
「今は少し開いただけですけど、明後日にはベストな開き方になりますわ」
「それは楽しみです」
お医者さんは包帯を巻きながらチューリップさんのお話を聞きます。患者さんのことを知るのもお医者さんの役目です。そして治療が終わったチューリップさんは、安心した顔になりました。
「先生、ありがとうございます」
「いいえ、ゆっくり休んでくださいね」
チューリップさんはぺこりとお辞儀をして部屋を出ていきました。お医者さんはお水を一口飲んでから、次の患者さんに声をかけます。
「次の方どうぞ~」
次に入って来たのは、ピンク色のバラさんでした。バラさんは困った顔で泣きそうでした。
「お医者さん、どうしましょう」
「どうされたんですか?」
「つぼみはまだ硬くて、明日開きそうにないの。昨日花屋で男の人に買ってもらったんだけど、明日プロポーズをするのですって」
バラのつぼみは少し開いてきていますが、全て開くのにあと三日はかかりそうです。
「それは、用意のいい男の人なんですね」
「えぇ、すごく真面目で優しい人よ。仕事に行く前と帰った後は、花びらが開くか心配そうに見ているの」
お医者さんはあいづちを打ちながら、バラさんの目を見てお話を聞きます。そしてやわらかくほほ笑んで言いました。
「大丈夫ですよ。うちには温かい部屋がありますから、そこで花びらにいい水を飲みながら一時間くらいいてください。それともし明日開かない時のために、体が温かくなる薬も出しますね」
それを聞いたバラさんはほっと安心して、息を吐きだしました。バラさんはプロポーズで大きな役割があるので、とてもドキドキしているのです。
「よかった。せっかくのプロポーズで、花びらが開いてなければ台無しですから」
「プロポーズ、成功するといいですね」
「はい。私もそう願っています」
お医者さんはピンクのバラさんを温かいお部屋へ連れていきました。太陽の光がたくさんあたっていて、ぽかぽかしています。バラさんは花びらの色がきれいになるお水を飲んで、お医者さんにハリが出るマッサージもしてもらいました。そして一時間後、花びらはやわらかくなってつやつやになりました。
「先生、別人みたいな花びらです。これなら、プロポーズだって上手くいきます」
「えぇ、幸せを運んでくださいね」
「先生、ありがとうございます」
バラさんは嬉しそうにお薬を持って帰っていきました。患者さんは他にいないので、お医者さんは掃除をしてお茶を飲みます。
しばらくして、患者さんが来たことを知らせるベルが鳴りました。
「はーい、どうぞ入ってください」
お医者さんはお茶を飲み干して、診察室の椅子に座りました。入って来たのは赤いカーネーションさんで、元気がありませんでした。
「どうされましたか?」
お医者さんは花びらがしおれて、くきも曲がっているカーネーションさんに話しかけました。カーネーションさんは重そうな頭を持ち上げて、涙声で言います。
「私、もう長くないんです。……でも、あと少しだけきれいな姿でいたくて」
お花さんはいつか枯れてしまいます。それでも、少しでも長くとお花さんたちは願うのです。カーネーションさんは両手で顔をおおって、涙をぬぐいながら話を続けました。
「母の日に、娘さんが送ってくれたんです。今は会えないけど、また会いに行くからって。……お母さんは毎日水を変えてくれて、娘さんに会いたいって話していました。私が少しずつ弱っていくのを見ると、悲しそうで」
「いい娘さんとお母さんですね」
「そうなんです。それで、あと三日後に娘さんが少しだけ顔を見せに帰ってくるらしいんです。それまで、なんとかして花を咲かせていたいんです。でももう足が悪くなって、水もあまり飲めなくなってしまいました」
お医者さんはカーネーションさんの足を触って診ます。長い間水につかっていたから、足は悪くなっていました。
「わかりました。では、手術をしましょう」
お医者さんはカーネーションさんの想いを聞いて、胸があつくなりました。なんとかして力になりたい。そう思うのです。
「手術、ですか?」
手術と聞いてカーネーションさんは不安そうに眉を下げました。誰だって手術は怖いのです。
「大丈夫です。手術で悪くなったところを切って、氷水で体を若返らせます」
「そんなことができるんですか?」
「はい、だから安心してください」
お医者さんはカーネーションさんを手術室へ連れていきました。手術はお花さんを水につけながらします。そしてカーネーションさんが眠っている間に悪くなったところを切って、氷水で刺激を与えます。栄養がある薬も注射しました。
手術は無事終わり、カーネーションさんは病室で目を覚ましました。ベッドの上で不思議そうな顔をしています。
「……先生?」
「終わりましたよ」
「終わったんですか?」
カーネーションさんはゆっくり起き上がると、自分の顔に手を当てました。手に触れたみずみずしい花びらに、目を丸くします。
「先生! 花びらがシャキッとしています! それに、体も軽いです!」
「はい、全て元通りとはいきませんが、だいぶよくなりましたよ」
お医者さんが鏡をカーネーションさんに渡すと、変わった自分の顔をじっと見ていました。しおれていた花びらはきれいに上を向いていて、曲がっていたくきもまっすぐになっています。
「先生……ほんとうに、ありがとうございました」
みるみるうちにカーネーションさんの目に涙がたまってきて、頬を伝います。嬉しくて泣いているカーネーションを見て、お医者さんはよかったと微笑みました。お医者さんにとって、お花さんたちが幸せなことが一番の喜びなのです。
「私、もう少し頑張りますね。お母さんが、娘さんに会えるまで」
「はい、応援していますよ」
カーネーションさんは何度もお礼を言って、病院をあとにしました。今日の診察はこれで終わりです。
お医者さんは毎日毎日、こうやってお花さんたちの病気を治していきます。怖い病気がはやった時もありました。事故にあったお花さんが運びこまれてきたこともありました。それでもお医者さんはお花さんたちが笑顔になるために頑張るのです。
ある日、そんなお医者さんのところに、届け物がありました。それを受け取ったお医者さんは思わず笑顔になります。
「わぁ、なんてきれいな花束だろう」
お医者さんのところには、ときどき色々な花がつまった花束が送られてくるのです。色も種類もばらばらですが、いつもメッセージカードが添えられていました。
“お医者さん、いつもありがとう。お医者さんもゆっくり休んでください。私たちは、お医者さんのおかげでとても幸せです”
お医者さんはそれを読むとにっこりしました。胸の奥がぽかぽかして、優しい気持ちになります。
「ありがとう」
お医者さんは花束を花瓶にいれて、診察室に飾りました。今日も、お医者さんはお花さんたちのために頑張るのです。そしてお花さんたちは、たくさんありがとうの気持ちをこめて、花束を送るのでした。
おしまい