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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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私に会いたい人



診察室を出て、廊下を歩いた。ドアを開け、別の部屋に案内された。


「ここで、少しお待ち下さいね」


女医はにっこり笑い、歌うように言って、部屋から去ろうとした。思わず調査役は言った。


「一体だれなんですか。私に会いたがってる人っていうのは」


「誰だか楽しみですか?」


ドアの隙間から女医は笑顔を見せていた。「すぐ来ます。すぐにわかります」


そう言って、ドアが閉じられた。


調査役は、部屋を見回した。


がらんとした、白い部屋。


 真ん中に薄いブラウン色の椅子とテーブル。


 隅に白い医療用の機械がいくつか置かれている。窓はない。


キュッと音をたててドアが開いた。


 ドアの向こうに、男が立っていた。


 男と調査役の目があった。男は言った。


「いや、失礼。部屋を間違えた…」


 ドアは静かに閉じられた。ドアの向こうで、「まだ、早すぎる…」という声がした。


 調査役は、首をかしげた。


 今の男、見覚えがある。誰だったか…


 考えた。思い出せないでいらいらした。


 疲れて、椅子に座った。すると廊下を誰かが走る足音がした。


 足音に伴奏するように、くぐもった笑い声が響いた。


 女の笑い声だ。追いかけっこでもしているといった感じだった。


調査役に会いたがっているという人…


 調査役には、思いあたらなかった。


 女医は、その人がすぐに来ると行っていたが、なかなか来ない。


 手持ち無沙汰になり、病院の中の部屋であるにもかかわらず、たばこを出して吸おうとした。


これがいけないのだ。


調査役は自分を責めた。


 たばこが体にいけないのは、よく、わかっている。しかし、やめられない。


 こいつのせいで、また頭がくらくらし、脳細胞が死滅し、血管に悪性コレステロールが溜まって、ビタミンも破壊される。毎日、40本。


しかし、ニコチンの禁断症状がでた。吸わないことが、かえって健康に害にでもなっているような感じがする。


 いらいらし、肺や脊髄がむずむずし、鈍い疲労感で、目がしょぼしょぼする。


調査役は、灰皿を探した。


 病院の部屋に、そんなものが、あるわけがない。


 しかし探しまわって、部屋の隅に、そら豆みたいな形の銀色の皿を見つけた。メスなどの医療道具をのせる皿だ。それを灰皿がわりにして、た


ばこを吸い始めた。


紫の煙が、真っ白い四角い部屋にたなびいた。頭がスーっとした。


そのとき、部屋の外で、笑い声ではなく、悲鳴に似た女の声がしたように思った。


 もう一度聞こうとして、耳を澄ませた。


 しかし、もう聞こえない。調査役は部屋の外を見ようとして、ドアのところに行き、ノブに手をかけた。とたんに、ひとりで勝手にドアが開いた。


「あら。こんにちは」


ハスキーな女の声だった。さっきの、おわらい系の女医の声とは大きく違った。


「まあ、大胆ですわね。わたしを待ちながら、たばこですか。ここ、病院の一室ですよ」


そう言いながら、女性が入ってきた。その女性に押し戻されるようにして、調査役は部屋の中へと、あとずさった。


「すみません。つい…」


そう言いつつ、調査役は女性を観察した。


20代なかばの、妖艶な女性だった。


 背は調査役よりも高く、すらりとしていたが、胸は大きく豊かで、ヒップも形よく大きい。


 病院の制服らしい水色のスーツを着て、小脇にルーズリーフの帳面を2冊かかえていた。スカートは超ミニだった。


 奇麗な足がセクシーで、思わず目をやってしまった。


 慌てて女性の顔に向きなおると、肩まで伸びた黒い髪が美しく、髪の間から、美しい顔の切れ長の目が微笑み、少し厚ぼったい唇がなまめ


かしく動いた。


「お待たせしたのがいけなかったんですわ」


「いえ、そんな。ここでたばこを吸う、私が非常識なんです」調査役は銀の皿でたばこの火を消した。


「まあ、おかけになって」女性は席をすすめた。


「今日こそ、たばこはやめよう、と、たばこの害毒をずっと考えてたんですが」心にもないことを調査役は言った。それには答えず、女性は再び言った。


「さあ、どうそ、おかけになって…」


部屋の中ほどにあったテーブルをはさみ、2人して向かいあって席についた。


「…あなたが、私に会いたいと、おっしゃる方ですか?」調査役は言った。


「はい」


「どこかで、お会いしましたっけ」


「いいえ」女性は笑い、「先生に、あなたの症状を、おうかがいまして」


「先生って、あの女医さん…」


「ええ。先生は、私があなたのことを聞いたら、きっと、あなたに会いたくなるに違いないと、見抜いてて…、それで、そのとおり、私、あなたに会


いたくて、やってきましたの」


調査役は、女性が何を言っているのかよくわからなかった。「あなたも、お医者さんですか?」


「いいえ。私は、栄養指導です」


「栄養…」


「食事療法をアドバイスしたくて来ました」


「栄養士さん」調査役は、間の抜けた声をあげた。「緑黄色野菜を多くとるとか、酒やたばこの量の制限するとかの話」


「関心おありですか」そのセクシーな栄養士は、下を向いてノートを机の上にひろげた。


「テレビや雑誌で、少しは知識を得てます・・・」


・・・つづく

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