お薬? 注射? どれもムダ??
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「どうしてって・・・だって、いやでしょ、患者さん。
医者っていうと、すぐに、いりもしない薬だ注射だ、バンバン出して、健康保険で金もうけしてるって思うでしょ。
そうしないと、病院も儲からなくって、それで、何だかんだ、理屈つけて、薬だなんだと出しまくるって、そう、思ってるでしょ?」
「いえ別に」
「そうですか?」
「まあ、確かに、思い出すと、父なんか、中年の頃には、かかりつけの病院から、10種類くらい薬出されて、しょっちゅう、ジェ
リービーンズか何かのお菓子みたいにして食ってたような印象がありますね。
こんなに薬が本当にいるのかなと、疑わしく思ったこともあります」
「でしょう?」
そう言ってから、女医は頭をポリポリ掻いて、あー、また言っちゃった、まずいな、どうも…などとひとりごとを言った。
調査役は同情して言った。
「でもまあ、薬も必要ですし。なんだかもうろうとして、目が霞む感じがしますので、注射なんかもやってくれませんか」
「そうですか」女医は目を輝かし、言った。
「じゃあ、出しときます薬。3種類くらい。保険ききますから、そんなにお高くありません。けっこういける味ですよ。4種類でもい
い?3週間分くらい、一気に出してもいいすか?」
女医の態度の豹変に、調査役は圧倒された。
「・・・・で、何の薬ですか?」
「何の・・・って、あなた・・・」女医は朗らかな笑顔で、いやだ、もう、という感じで空をぶつしぐさをして、言った。
「病気の薬にきまってますわ!」
調査役は、それ以上の質問をしたくなくなった。
なんとなく倦怠してしまった。
天井の方を見て、ぽかあんとした。
処方箋を書きながら、女医が言った。
「まあ、せいぜい薬、楽しんでください。でも、本当のこと言って…」
上目づかいに調査役を見て女医はまた額をぴしゃっとたたいた。
そして歌うように言った。
「ぜーんぜん、効かないんですう。このお薬は。
・・・でも、注射はもっとだめです。
あたし、注射、苦手なんです。
注射、うまくいったことないんです。
いつも、看護師さんにやってもらってばかりいて、もう、看護師さんに、嫌がられてます」
調査役は黙っていた。
女医は続けた。「いえね…。効かないのは、薬が悪いんじゃないんです。注射も、実はうまくやれたとしても無駄なんです。薬も注射も無駄なんです、この病気には」
そう言って、「あっ」と声をあげて目を丸くし、自分で自分の口をふさいだ。
そして、口をふさいだ手のひらの下から、「言ってしまった…」という声が漏れた。
・・・・ひとりで、何をやっているのだろう。
もう、どうでもいい、と調査役は思った。
女医は、それから、ふっと憂いの影を表情に浮かべた。
そして言った。
「お時間、まだ、大丈夫ですか?」
「ええ」
と、調査役は言った。
「じゃあ、別室に行ってもらえますか?」
「…・・?」
「あなたに、お会いしたいという方がいるんです」
「はあ?」
「いいんですね?いいんですか!?そうですか、いいんですね!!
じゃあ、行きましょう!」
そう言って、女医は立ち上がった。
そして、こちらへどうぞ、と言って歩き始めた。
調査役は、それにしたがった。
・・・・・つづく