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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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終章。不敵にしあわせに

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調査役は、脱兎のようにマリンタワーを階段で駆け下りた。いまもそうだが、このタワーはエレベータだけでなく、階段でも降りることができる。


調査役は駆け下りた。時間がワープしかたのような感じをうけながら。おかしな感じ。子供時代からワープして、いまという現実が体によみがえってくる感じ・・・階段を駆け下り終わった頃には、調査役は子供から大人に戻っていた。


駆け下りながら調査役は考える。


空襲された東京で、銃で頭を撃たれたはず。だからここは死後の世界?あるいは、時空を飛んで、子供の自分に乗り移って行き帰った?とすると、自分が大人に戻ったら、銃で撃たれた自分に戻ることだから、死んでしまうのでは・・・


しかし死ななかった。ひょっとして、違う大人の自分に生まれ変わったのか?いや、そんな都合良いことなんて・・・


とにかく、調査役は、走った。


山下公園を駆ける。大人の自分の世界へ、時間がワープしたから、あの、「調査役が子供であった世界」の視野で見た妻もいなくなってしまったか?


探し回る。探し回る。そして・・・みつけた!


妻は、何か布の袋を肩からつりさげて、胸にだきかかえていた・・・そのひもは「だっこひも」に見えた。ということは、・・・赤ちゃんを、だっこしている?


「留守にしちゃったのは赤ちゃんのせいさ、いいそびれちゃったけど、妊娠してたの。だって、あんた、なまら忙しかったしょ、いうの悪くて、実家にいったのさ。そしたら、予定よりずいぶんはやく、ぽこって、生まれちゃってさ」


そう話す妻の顔をみつつ、だっこひもにつり下げられた袋の中をのぞきこんだ。


おそるおそる。本当に、おそるおそる・・・


「・・・???」


ここには、あのエンブリが現れるのではないか・・・


まさか。あるいは、目の虹彩が金色の魔物の赤ちゃんとか、口裂けの深海魚みたいな赤ちゃんとか、魚類か爬虫類か恐竜かわからぬ生き物とか・・・


 調査役は、おそるおそる、おそるおそる、のぞきこんだ、そして・・・


「・・・・!」


調査役は、驚愕動転、悶絶伐倒し、心底、おどろいた!


それは、ただの赤ちゃんだったのだ!!


かわいい赤ちゃんだった。生まれて間もないから、お猿さんみたいな感じだったが、その点も含めて、まことに、かわいい、赤ちゃんだった!


いや、たんに、「かわいい」のじゃなくて、「あまりにもかわいい」、赤ちゃんだった・・・


不意に、調査役の頭にすごい激痛、衝撃が走った。あの空襲の東京で、さいごに頭を銃撃されたのを思い出す激痛だった・・・


 そうだ、また、銃弾が調査役の頭に撃ち込まれたのだ。認識の銃弾が、頭に撃ち込まれたのだった。


さっき、お父さんやお父さんの兄さんからきいた話が、この銃弾認識の伏線になっていたのは明らかだ。


それは、次のような認識だった。


…この子の思いでの中に、私は生きるし、この子は私の中に生きて、私を生かしてくれる。


そしていつか、私もこの子も、いやそれどころか、ほかの誰かが覚えていた、私とこの子の思い出のすべてが消え


去ったあとも、私がこの子をかけがえないものと思い、感激して、たとえば今日、この子と公園を散歩したという


事実は、永久に、けっして、消えない。いつか全宇宙が滅亡しても、消えない。


これにくらべたら、会社も仕事も勉強も学校も、思想も哲学も宗教も科学も、まるで意味なしの、人間が考え、人間がつくったまやかしで・・・・そうだ、まさに、「ご病気の」産物だ。


とにかく、この子は、たいせつなもの、さずかりもの、かみさまの実在を信じたくなるもの…


そしてもういちど、ものすごい勢いで、念をおすように、同じ認識の銃弾に、脳髄を撃ち抜かれた。



『いつか全宇宙が消滅して、永遠の時がながれても、ぼくがこの子を大切に思い、いっしょに遊び、ともに時をすごし、この子のことを本当に大切だと思った事実は、全宇宙もあらゆる神様も、絶対に消滅させることはできない!』



もう20年近く前の思い出だが。上記のような認識を持ったのをハッキリ覚えているし、いまもそう思っている。


そして。


たしか、この1週間後に、調査役は、あの女医のところへ、健康診断の結果をききにいった。


「・・・・・・」


女医は1週間前に会ったときとは別人のように寡黙だった。何かに失望したかのように。


「要経過観察・・・僅かに所見がみとめられますので、自発的に経過を観察し確認してください。今後とも更に健康の保持、増進に励んでください」


そう言って、こちらをジロリと見ながら、検査結果のペーパーを調査役に渡した。


いつも軽々と4桁代をマークしていた中性脂肪の数値が、なぜか3桁代におさまっていた。


「不思議・・・」


おもわず調査役は口走り、それから、変な安心の気持ちからか、話し出した。


最初は独り言のように、そのうち女医に語りかける口調で、1週間前の出来事をしゃべった・・・地下鉄の殺人事件、セブンマイルの騒動、地下の不思議なシアター、あの生物、そして空襲、それから、それから・・・


 あまりに衝撃的ないろいろのことが起こったので、究極の茫然状態で、その記憶自体がフリーズしていたのだ、それが、健康診断結果がきっかけで、一気に解凍して、失禁したみたいに言葉が漏れあふれた。


しかし女医は、まるで無表情な、お地蔵さんみたいなスタンスで、ずうっと、調査役に向き合っていた。


「とくに驚いたのは、あのB29の大空襲。あれはいったい・・・」


調査役は天を仰いだ。


すると、ずっとお地蔵さんフェイスで、こらえていた女医が、ついに、堪忍袋の緒が切れたみたいに叫んだ。


「知らないんですか!」


「は?」


「みんな知ってますよ。米軍の退役軍人のため、レトロなB29爆撃機による実弾空襲イベントが行われたって・・・」


「はあ?」


「おかげで新宿の空襲破壊により都市再開発に向けた復興需要にむすびついたって・・・空襲は破壊型の公共事業だって・・・もちろん、ものすごい箝口令があるから、報道もなにもいっさいないし、みーんな知らないことになってるし!」


「・・・」


「そういうこと、みーんなひっくるめて、皆さん、みーんな、知ってますよ!」


「知りません・・・私しゃあ・・・。公共事業?あんなに破壊がおきて、死人がでて、それで「公共」事業?そんな・・・いいんですか、そんなことで」


「いいんですよ。に、にい・・・日米、地位、協定ですから!」


そういってから、女医は思わず、自分で自分の頭をピシャリとたたき、目を丸く見開いて天を仰ぎ、口をウズラの卵型にぽっかり開けてから、例の調子で、さけんだ。


「いってしまった!」


 余計な後日談だったか。

 以上の女医との会話は、いっさい無視してかまわないことだと、調査役は気づいた。


 そんなことより、調査役は、その後、ご病気を脱却した・・・といいたいところだが、やっぱりその後も、ご病気だった。


 その後、もっとひどいことがたくさん起き、仕事はますます激しく苦しくなり、想定をはるかに上回る嫌なことや、想像もできなかった嫌な人間たちに遭遇することになる。


 そして中性脂肪値はリバウンドし続け、「やまいだれ」は調査役にかぶさったままだった。


でも。


でも、子供ができたでしょ?


だから調査役は、どんなにひどいことが起きても、今までとは全く違った。何が起きてもカンケイない、そんなこと、わたし、知りません、という人になった。


全く新しい人生がはじまったのだ。


ご病気の調査役は、今までとは違う、「まったく新しい、ほんとうに、不敵にしあわせな」ご病気の調査役になった。



・・・おしまい

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