こいつら、いったい、何様だ!
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叫んだ彼女は 一直線に玄関に駆けていき、ドアを開けた。
ドア口で彼女はけたたましく何か騒いだ。
どかどかと足音がして、男が二人駆け込んできた。
包丁を手に持って、興奮して、ぜえぜえ息をしている調査役の前に二人の男が立った。
「刃物を捨てろ!」
調査役は何が起ったかわからずに、思わず包丁を構えた。
男は怒鳴る、
「捨てろ!」
調査役は気が遠くなった。
男の背後に彼女が現われ、泣き声まじりで訴えた。
「幻覚症状になってます。危険だから、気をつけて」
男は二人ともくたびれた背広姿だった。背格好の似た二人。中肉中背だった。
一人が、胸ポケットから拳銃を取り出した。後ろの一人が、手帳を出した。
「警察?」調査役は叫んだ。「石本のグルか?」
「何言ってやがんだばか野郎!」
拳銃を構えた男が怒鳴った。後ろの男が、彼女に言った。
「で、検診に来て、この部屋にひっぱりこまれて、偶然見つけたというんですね、ヤクを…」
「ええ」そう言いながら、その男と彼女はダイニングルームへ消えた。
調査役は、思わず駆け出そうとした。何を細工するつもりだ!
「止まれ!」拳銃の男が叫んだ。
調査役は立ち止まった。
ダイニングルームから、男の声がした「これは上物だな。やっぱり間違いなかった!」
拳銃を構えた男が、にやりと笑った。
「動かぬ証拠だ」白い粉の入った袋を持って、男がダイニングルームから出てきた。
もう一人が行った。「危ない男だ。暴行、傷害の疑いもある」
白い袋を持った男が言う。
「実は、まだ捜査令状は持ってなかったんですがね。ご婦人のピンチということで、急を要したし」
「あんたたちは、一体…・。本当に警察なのか」調査役は茫然として言った。
「何をいうか。早く刃物を捨てろ」拳銃の男が言った。
「新宿署です。管轄外ですがね。急を要するらしいと思いまして。神奈川県警とは了解ずくのことですよ」白い袋を持った男が、その袋をまじまじと眺めながら言った。
そのとき、「ひー」という声が背後からする。
「何だねそれは!?」白い袋の刑事がびっくりしてきいた。
調査役は言った。「…ペット」
「ペット?」拳銃の男はあきれて言った。
調査役は生物をかばうようにして立った。もう自分の味方は、この生物しかいないように思った。
白い袋を持った刑事と、彼女は顔を見合わせて苦笑いした。
調査役は無性に腹が立った。
「なんてことだ…」調査役は包丁をテーブルの上に静かに置いて、捨て鉢になって言った。「・・・で。どうしろというんですか」
「やっと、おとなしくなったな。新宿署に同行してもらおう」白い袋の男が言う。
調査役は、彼女を睨みつけながら言った。「このペットも、いっしょに連れてってもいいですか」
「なに?」拳銃の刑事が、拳銃をしまいながら言う。
「必要ですか」もう一人が困った顔をして言った。
「ここにおいていくと、弱って死んでしまうかもしれない。その前に、ここの誰かさんがこれを食べてしまうおそれがある…」
刑事たちは、顔を見合わせた。そして同時に言った。「誰が?」
調査役は彼女を指さした。
刑事は、二人とも本当にあきれた顔をした。
白い袋を持っていた、年かさの刑事が口を開いた。
麻薬幻覚患者に対して、同情し、寛大な措置をしてやる、という感じの口調だった。「いいよ、いいよ、持ってけばいい。とにかく、同行願えるな?」
調査役はうなずいた。
奇妙な生物とともに、調査役はパトカーに乗ることになった。この一両日で、3度目の新宿行きになった。全く狂ったウイークエンドだ。
・・・・・・つづく




