これは、あなたの子?
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見ると、いつのまにか彼女が台所の流しの前に立ち、あの生物を、またもやさばこうとして包丁を振り上げていた。
「ひー」
と、生物は涙をいっぱい流し、手足をばたつかせていた。彼女の目は血走っていた。夜叉か鬼に見えた。
「やめろ!」
調査役は大きな声で怒鳴って、さきほどと同じように、両手で彼女の腕をつかんだ。
「はなしなさい!」
彼女は狂暴に吠えた。
「はなしなさい!あんたに食べる気がないんなら、わたしが食べるのよ。食べなきゃわたしが食べられる。
これは、わたしたちの愛の代償なのよ。恐ろしい、愛の代償なのよ。食べなきゃだめなんだ!」
「何を言ってるんだ…」調査役は唖然とした。
「わたしたちは、みんな、つながってるのよ。エンブリの中で、つながってる。早く食べて、体の中に入れてしまわなきゃ。
食べなかったら、こっちが、食べられてしまうの」
「やめろ。この子が、あんたを食べるわけがないだろ」
調査役は両手に渾身の力を入れて、包丁を奪おうとした。
しかし調査役は非力だった。それとも、彼女が怪力だった。二人の腕はからまりあい、震えて、包丁がわななき、光った。
彼女は力を全身に入れて、痙攣し、調査役を悪魔のような瞳で見て言った。
「この子?」
生物が、また、ひーひーと泣いて、口から唾液のようなものを吐き出した。
また彼女が言う。
「この子?これは、あんたの子なの?」
「コンビニで買ったのは僕だ。勝手にさばくなよ!」
調査役は、いやに凄みのある声で言った。自分でも不思議だった。
「あんたの子なの?」彼女は執拗に繰り返した。
そのとき、ドアのチャイムが鳴った。大きな音だった。
彼女が、けらけらと笑った。
「あんたの子だっていうのね。でも、あたしは食べたいのよ。食べなきゃだめなんだ。
…あんたの子?あんたの子かどうかなんて、わかりゃしない。あんたの子だといったって、誰かの子かもしれない。
みんな、つながってるんだから。愛はみんな破壊して、みんなつながってくんだわ。あんたは知らない。
もうすぐみんな燃え出すかもよ。みんなエンブリになるか、食べられるか、食べるか、体の中に入って、栄養になっちゃうのよ」
チャイムが、またけたたましく鳴る。何度も鳴る。
やっと、調査役は包丁を取り上げた。右手に持って、生物の前にたちはだかり、彼女とにらみ合った。
すさまじい形相だった。
みんなきちがいじゃないか。どいつもこいつも、信じられないきちがいだ。調査役は思った。
彼女は悲鳴をあげた。
「助けて!」
・・・・・つづく




