表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
52/64

エンブリ。言葉にならぬ悲しみと怒り

52


「麻薬です」


何を言っているのだ。この女も、頭が少しおかしいのか。麻薬?そんなもの、飲むわけがないじゃないか。


…また彼女の声がする。


「私たち、あなたに非常に興味を感じましたのは、麻薬反応がおありになったからなんですよ」


「何ですって?」


「私たち、そういう検査もしてるんです」


調査役は、ぎくりとした。麻薬?


…・あの病院は、この、調査役をめぐる陰謀の発端か?


調査役は、キッチンを出て、彼女のいる応接室に飛び込んだ。


どういう意味です!と言おうとして応接室の中を見て、調査役は目を丸くした。


彼女はソファの上に腰かけて、目の前にある、ガラストップのテーブルの上を見つめていた。


テーブルの上には、頭がいやに巨大で、目が離れ、鰓と背鰭と尻尾を持った、あの生物が乗っていたのだ。


「それは…」調査役は小さく叫んだ。


彼女はにっこり笑って答えた。


「床の上を這い回ってましたよ。私が拾って、ここへ乗せました」


「・・・・それ。驚かれたでしょう」


「何が」


「だってそれ…。怪獣の赤ちゃんみたいじゃないですか」


彼女は首をかしげる。「私の指導通りに、さっそく買ってきたんですね。感心してましたわ。どこに売ってましたか」


「新宿の…コンビニです」


「ね。やっぱり、コンビニとかに、売ってたでしょう」


「それじゃあ、これは…」


「エンブリです」


「エンブリ…」


彼女は平然として、その生物を見つめていた。


生物は、目を閉じたまま、横むきに寝ていた。ときどき、心なしか頭を動かしていた。


調査役は、驚愕の面持ちで、彼女にきいた。


「・・・こういうのは、いま、珍しくないんですか」


「人によっては、珍しいかもしれませんが」


「これは、一体、どういう生き物なんですか」


「生き物じゃありません。食べ物ですわ」


「食べ物…?!」


「私も、詳しいことは知りません」


詳しいことは知らない。


栄養士が、それじゃ困るではないか。


「人間の赤ちゃんの出来損ないみたいな感じもしますが」


「そうも見えますが。でも、料理しちゃえば、わかりません」


「料理…。これを。どうやって…」


「やってみますか。私、研修でしかやったことないんですけど」


彼女は目を輝かせていた。料理実習をしたい、と言わんばかりの顔つきだった。


調査役は、沈黙した。


怪物・・・いや、その、生物、の様子を見た。


自分が料理されることが話し合われているのを、この生物は知っているのだろうか。


心なしか、生物が薄目を開けたように思った。哀れな感じがした。胸が押しつぶされそうな感じがした。


「やはり、これは人間の赤ちゃんでしょう。とても、食べ物とは思えない」調査役は言った。


「人間の赤ちゃんが、こんな状態で生きられるわけないでしょ」


「生きてますか、やっぱり」


「かなり弱ってますけどね」


「どうやって料理するんです」


「茹でて、塩を軽くふったり、から揚げとか、ね。まず、さばいてしまわないと。さばくの、できませんか」


「さばく!!」調査役は、驚き、飛び上がりそうになって、


「・・・すみません。できないんです。魚をさばいたこともない」


と、やっとのことで言った。


「やっぱり、私の出番ですね。1度やったことあります。台所、貸してもらえます?」


調査役は生物の表情を見た。生物はゆっくり欠伸した。可愛らしい感じがした。


「や、やめましょう。こ、これを食べるなんて・・!」


調査役はそう言いながら、彼女の向かいのテーブルにすわった。


「病気に良いんですよ。私の指導に従えませんか」彼女は、少しきつい口調になった。


「それより、この生き物を育てる方法はないですか」


「ええ!?食べ方なら知ってますけど。これを育てるなんて人はいませんよ」


調査役はそれには答えず、生物に見入って、


「…この生き物は、一体、何者なんだろう?」


見れば見るほど不思議な生き物だ。


これを育てたら、何になるのか、だれしも興味を覚えるのではないだろうか。


「エンブリというからには、ブリの一種じゃないかしら。育てるのはまたにして、ちょっと、さばいてみましょう。私、やってみたいんです」


そう言って、彼女はエンブリの頭をわしづかみにして、持ち上げようとした。


生物が口を開けた。声にならない悲鳴が聞こえた。


続いて、臍のあたりに手を差しのべて、彼女はエンブリを両手で持ち上げた。


腹から出た管が下を向き、白い液体が少し流れた。調査役の与えたミルクの残りであろうか。


「料理なんかしなくていいと言ってるじゃありませんか!!」と調査役は叫んだ。


「でも、これ、どうするんです。こうしてほっといても、死んで、腐ってしまうだけですよ。腐ったら、ごみ箱に捨てるだけでしょ。それこそ、かわいそうじゃないですか」


そう言いながら、彼女は生物を持って、勝手にキッチンの方へ歩いて行った。


調査役は彼女の後について行き、台所に入った。


・・・・・つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ