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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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2度目の帰宅を待つ訪問者

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自分のまわりで、一体何がはじまっているのか。陰謀にでも巻き込まれているのか。もはや、ご病気の調査役は、病気を通り越して死んでしまいそうだった。


どこをどう通ったかは全く覚えていない。電車に乗り、とにかく石川町駅に着いた。


もう誰に尾行されているのいないのは関係なかった。


警察にマークされていることが、はっきりわかった上は、尾行があっても当然だ。あの関西弁の男も、刑事の一人だったのだろう。


であるなら、石本が、あのストリップ劇場で調査役に殴りかかったことは証明されるだろう。


麻薬購入、会社…銀行の公金横領…色々の濡れ衣の容疑を、あの交番の刑事は考えているような口振りだった。


まあ、いいさ、どれもこれも、いわれのないことばかりだ。警察の捜査は、すべて無駄骨に終わるのだ。とんだ、「市民の公僕」ではないか。税金の無駄使いも甚だしい。


石川町駅を降りてから、そんなことを考えつづけて自宅マンションの前にまで来た。


玄関口のロビーに、見覚えのある女性が立っていた。


調査役は目を疑った。昨日、病院で指導を受けた食事療法の先生だ。


背が高く、胸が豊かで、長い髪、濡れた赤い唇。赤い薄でのコートを着ていた。


今回は超ミニスカートではなく、ひざ下まである長いスカートだったが、長く美しい脚を知っているだけに、それを想像させて、かえって興奮させるものがあった。


「こんにちは」


向こうから声をかけてきた。


「こんにちは。昨日はどうも、お世話になりました」調査役は会釈した。


ストリップ劇場で見た、同じ病院の体操指導の先生を思い出した。


この人は、自分の同僚が、ストリッパーをしていることを知ってるのだろうか。


しかし、相変わらずセクシーである。疲れた調査役は、彼女の容姿に、つい見とれてしまった。


彼女は言った。「ちょうどよかった。今、おうかがいしようと思ってたところなんです」


「はあ?」


「いえ、私、実は、言い忘れたことがありまして」


「何ですって?」


「大切なことなんです」


「はい…?」


「お部屋に、おじゃましていいかしら」


突然、何を言い出すのだろう。調査役は言葉が出なかった。


「大切なことで。先生からも、ことづかってきたんです。ちょっと、立ち話じゃあ言えないんです」


彼女は首をかしげて、少し笑顔を作った。


何が可笑しいのか。それとも、こちらに不安を与えるまいとして作り笑いしているのか。彼女は言った。


「それに、急ぐものですから。何とか…。まずいですか?あ、奥さんが戻られたんでしょうか?」


「いいえ。しかし…」


この二人をきっと刑事がどこかで観察しているのかと思うと、嫌な気になった。


それに、部屋の中には、あの怪物が待っている。


調査役は提案した。


「自宅じゃなくて、近くの喫茶店でも…」


「不安なの?おそいかかったりしませんよ、私」彼女は笑った。


そして少しまじめな表情になった。「少し、具合悪いんです、あたし。横にならせてくれませんか」


どうしても部屋に入りたいらしい。玄関口で押し問答しているのを、通行人が変な目で見て歩いて行く。疲れ切った調査役は、ますます病気っぽくなった。



「しかしですね…・。部屋の中には、変なのがいるんです。驚かれると思います。でも、どうしてもとおっしゃるなら…」調査役は口を滑らせた。


「変なの?」彼女は目を輝かせた。「何がいるんですか?」


「いえ、その…」口ごもりながら、調査役は不安になった。あの生き物は、無事だろうか。それとも、本当の怪物になって、暴れてるんじゃないか…


「いいんですね…」調査役は、彼女に念を押した。「私の部屋に、本当においでになるということで」


「ええ。お願いしますわ…」彼女もまじめな顔で言った。


調査役は、根負けした。彼女をキッチンに通さなければいいのだ。彼女を連れて、4階の自室へと向かった。


ドアに鍵を差し込んで、恐る恐る開いた。ドアを開けた途端に、怪物の触手が飛び出て来るのではないかと不安になった。


「ご自宅に入るのに、ずいぶん用心深いんですね…」背中で、彼女の声がした。


ドアを開けたが、何も起らなかった。調査役は、ほっとした。


彼女をダイニングルームに通し、調査役はキッチンへ行った。キッチンのテーブルの上に、あの生き物の存在を確認しようとした。


調査役は、目をむいた。


いない。


テーブルの上にいるはずの、あの生物がいなかった。生物が生まれ出た袋だけが、そこにむなしく残され、赤い液体が乾燥して凝固していた。


乾燥して消えたのか。どこかへ歩いていったのか。調査役は気が動転した。


「どうぞ、おかまいなく」応接間から彼女の声がした。


別に、お茶をいれようというのではない。あの生物を探しているのだ。


調査役はテーブルの下、冷蔵庫の中、台所の戸棚と見て回った。


いない。


しばらくしたら出てくるかもしれない、と思い、調査役は湯を沸かして、コーヒーをいれることにした。


「で、ご用事というのは何なんですか」


調査役は、なおもキッチンのあちこちを探しつつ、彼女に聞いた。


「お薬なんです」


「薬?」


「ええ」


「麻薬は、お飲みにならないように、と申し上げるのを忘れまして」


「なんですって?!」



・・・・・・つづく

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