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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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嫌疑と、なんていやな新宿刑事と

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「いや、失敬。今の言葉は忘れて下さい。いや、ご協力ありがとうございます。思い直して、やっぱり警察に通報して下さったんですから」


「あなたは、何が、言いたいんですか」


刑事はこちらの質問には答えず言った。


「なぜ、昨日の晩、知らせなかったんだ?」


「え?」


調査役と刑事はにらみ合った。


「だから、それは、さっき言ったように…」調査役は憤然とした。


刑事はまた話題を変える。


「お宅の会社も大変な時期ですよね。損失ばかりで。こんなご時世だから、どこも大変だけど。大蔵担当なんでしょ、お宅。


エリートだね。会社の損金処理も大変だよね。でも、そんなドサクサだから、損失だといって、大金も使えたりして。


何にでも大金を使えたりして。それで、大蔵までまるめこんじゃえば、どこからも文句は出ないし…。


でも、素人は、この世界には近づかないほうがいいよ」


「?」


調査役は、驚きに驚いた。


「いや、失敬。独り言ですよ。世の中の不景気に頭にきた、安月給の刑事の、くだらない独り言です」


そう言って、刑事は頭を下げた。しかし、その目は謝ってなどいない。


自分の言葉に、調査役がどう反応するか、冷静に観察している目だった。


「あなたは、私が、大蔵担当で会社の金を使える身分で、その金で麻薬を買って、いざこざにまきこまれて、それで、殺人事件にまきこまれて、いったんは逃げて知らん顔をしようとしたが、思いなおして、ここへやってきた、と、そう言いたいわけですか…」


調査役は思わず大声になった。


刑事は両手を前に出して言った。


「とんでもない。なんで、そんなことを言うもんですか。それでは、名誉毀損です。すみません。あなたみたいに、最高学府を出てないもんですから、言葉をうまく使えないんです。気に障ったら謝ります。このとおり」


また頭を下げる。そして、目は少しも謝ってはいない。


「ときに…」


刑事は下げた頭を上げつつ、上目使いで言った。


「大蔵省の、石本課長補佐をご存知ですな」


「え?」調査役は面くらった。


「ご担当とか聞いてますが」


「…ええ」調査役は、乾いた声で言った。「銀行局の方です。いつも、お世話になってます」


「そうですな」


「石本さんが、どうかなさいましたか」


「いえ。ご立派な方ですなあ。いまどき、この腐敗のすすむ世の中で、大蔵省の権威も失墜しつつあるときですが、ああいう方がいらっしゃるとなれば、世の中の皆さんも、大蔵省を見直すんじゃないでしょうか」


何を言っているのかわからない。調査役はもどかしくなって言った「皮肉ですか」


「何ですと」刑事は、意外だ、という顔をした。


「実は、私、目撃してしまったんですよ。あれも昨日です。昨日の朝。電車の中で。品川署にひっぱられたんでしょうか」


「品川署?」


「痴漢扱いされたでしょうが…・。実は、今さっきも、その石本さんに、追いかけられたんです。暴行を受けました。そこの…」


ストリップ劇場、と言いそうになって、また、言葉に詰まった。


「そこの?」刑事は訝しげな顔をした。


「そこの通りでです」


「そうですか…・」


刑事は、首を横に振った。


「そうですか。まあ、いい。しかし、これだけは言っておきましょう。石本さんは、むしろ、あなたをかばっておいでですよ。


あなたのことを・・・あなたのことをですね、『あの方は、けして誘惑には負けない性質です・・・』と、そうおっしゃってです、


あなたを、かばっておいでだったんですよ!その方を、そんな風におっしゃっちゃあ、ますます心証が悪くなります。


同じ作り話をするにしても、もっと、ましなのを作ってはいかがですかな…」


調査役はもう、話すのはやめた。口を開くたびにおかしな、不利な展開になる。


刑事はしばらく調査役の顔を見ていた。そして、また、言葉を投げて調査役の反応を見る実験でもするようにして言った。


「石本さんは、おっしゃいませんでしたがね。あなた、石本さんの奥さんと不倫なさってるそうじゃないですか。


われわれは、そういうことも、もう知っているんです」


「はあ?!」


これを驚きといわずして何と言おう?


「あんたの奥さんも、かわいそうだ。ご無事ならいいですが」


「知ってるんですか、妻のこと」


「奥さんがどうかなさいましたか?」


刑事はとぼけた顔で言った。


「昨日、セブンマイルで奥様と会って、何をなさろうとしたんです。あんな危険な場所で…」


「…・・」


「どうです。もう、何もかも自白なさったら」


刑事は冷たい目で調査役を見た。


「自白」


調査役は茫然とした。


「いやですか」


調査役は、言葉も出ない。


刑事は言った。


「まあ、いい。ご協力ありがとうございました。私どもは、市民の公僕ですから、ご協力に感謝し、せいいいっぱい働きます。


ご期待下さい。では、お好きに泳いで下さい。存分に…・」


刑事は頭を下げて、お帰りはこちら、という風に手を戸口の方へ差しのべた。


調査役は交番を出た。


まだ、昼だった。調査役は、疲労し切った。どうなってるんだ一体。愕然としたまま、調査役は新宿駅へ向かって歩いた。



・・・つづく



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