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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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暗黒街の血液



「血液が濁りきってます。とても、30代の人とは思えない…」


 女医が、血液検査の結果を見て、目を丸くして言った。その若い女医の声には、感動の趣さえあった。


「そうですか…」


調査役は無感動に言い、女医のほうを見た。


調査役は会社へ行かず、なぜかこの病院へ来てしまった。


 会社の健康保険で指定された病院であった。そして精密検査を受けた。


会社の健康診断では、血液や内臓の異常を毎回指摘されていた。しかし、それほど深刻にはとらえなかった。


 深刻になる余裕などなかったのだ。仕事と私生活に忙殺されて、自分の体のことを考えることなどできなかったのだ…


女医の次の質問…生活環境などについての問診を想定して、そういう答えを、調査役は心の中に用意してみた。しかし、どこか違う気がした。


ひょっとしたら、病気に近づいていく自分を、楽しんでいたのかも。


 そんな高邁な自虐趣味だったのか。


 いや、これも違う、と調査役は自答した。つまり、だらしなかっただけなのだ。生活が、だらしなかったのだ。


女医は、検査結果のペーパーに見入ったまま、なかなか次の言葉を口にしなかった。なにか面白いものでも発見したように、静止したままだった。


女医が何も言わないので、調査役はよそ見をしながら、考えごとをした。


 …なぜ突然、病院なんかへ来たのだろう?


生活を矯正するきかけを作ろうと思い、自主的に病院へ健康診断にきた…


 生活を矯正しようとして?


 いや、違う。そんな立派なことはない。


 しばし会社から逃げ出したかっただけ。だから、ここへ来た。


 確かにそういう気持ちが少しあった。しかし、よく考えてみると、それも少し違う気がした。


ふと、調査役は思った。


 …何かに引っ張られて、ここへ来たのだ。


あの、品川駅で降りた3人のことが気になり、石本以外の2人を、どこかで見覚えある人間だと思いつつも思い出せず、何となく、いらいらして歩くうちに、会社とは目と鼻の先にある、この病院に辿り着いた。


 何かに引っ張られて、ここまで来てしまった。そうとしか思えない。


調査役は再び女医を見た。引っ張られて来て、こんな人の診断を受けている…


女医は若かった。30歳を少しこえたくらいだろうか。20代でも通りそうだ。


 よく街で見かける、少ししゃれた形の丸眼鏡をかけていた。


 顔も、どこかあどけない、丸顔だった。どちらかというと、吉本新喜劇のおわらい系。


 白衣は着ているが、その下には派手派手のアロハみたいな柄物シャツ、ジーンズは意図的にかそうでないのかわからないが、脱色してあった。


「あたし、実は医者じゃなくて、通りがかりの、ねえちゃんです」といわれても納得できそうだった。


 ・・・「そんなに、濁ってますか」


調査役は、あまりの沈黙に業を煮やして言った。


「はあー。あら、ごめんなさい。」


そう言ったかと思うと、女医は今度は堰を切ったように、しゃべりはじめた。



・・・つづく

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