表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
48/64

暴力石本

48


調査役は軽い脳震盪をおこして一瞬の間、気を失った。


頭の上で何か言い合いがされていた。脇腹に痛みが走った。


吐き気がした。肩の痛みも鋭く走った。瞼が不気味に振動して痙攣する。


女性の泣き声と悲鳴。


それから目がさめた。


目を開けて、最初に視界に飛び込んできたのは、石本の姿だった。


誰かにはがいじめにされながら、必死でもがいていた。その形相はすさまじかった。


大蔵省に、仕事のことで説明に行ったときも、険しい表情は何度か見たものだが、今回のような恐ろしい表情は初めて見た。


マミの姿はなかった。ショーは、まだ続いているらしく、下品な音楽が相変わらず流れていた。


「はなせ、はなせ」


石本の叫ぶ声が聞こえた。


調査役は、やっとのことで上体を起こして、床に手をついた。


音楽がひときわ大きく鳴り響く。石本に、まわりからひやかしの声が飛んでいるようだが、よく聞こえない。


ステージの上では、何人かのダンサーが、金銀のラメを身にまとって、くるくる回りながら踊っていた。


調査役は立ち上がった。石本を見た。


「こういつも許せん、こいつも許せん、はなせ、はなせ」


石本は連呼していた。


「ちょっと、ちょっと、あんさん、落ち着きなはれ、ちょっと」


石本をはがいじめにしている男の声が聞こえた。その男は、あの中年の尾行男であった。意識のはっきりしない調査役は、いったい何がどうなっているのか理解できなかった。


「ああ痛い…」とりあえず、そう言って、石本と目をあわせた。


石本補佐。何度か仕事で顔をあわせているのだから、調査役のことは知っているはずだ。調査役は、かすかに会釈した。


しかし石本は知らぬ顔で、烈火のような怒気に何らの変化もなかった。


「落ち着いて、落ち着いて」


尾行中年男の声。関西弁だ。こいつは深夜に携帯電話をしてきた興信所の男だったのか。


ことの成り行きは、さっぱりわからなかったが、ついに頭を殴られるまでに及んで、調査役もさすがに腹がたってきて、言った。


「警察からは、無事に出られたんですか」


「なに?」石本は不意をつかれたように言った。


「痴漢したでしょ、あんた。電車の中で」


石本の表情に、また新たな怒りの色が見えた。体を、さらに激しく動かした。かまわず調査役は言った。


「きのうの晩は、カプセルホテルで、ご乱行だったじゃないですか。私にそっくりの人を、殴る蹴るしてましたね」


石本は、怒りで顔色が真っ白になった。ちょうど場内の紫色の照明が石本の顔にあたって通り過ぎ、いっそう恐ろしい顔に照らし出した。


「あんさん!」


尾行中年男が言った。


「よけいなこと、いわんときや。こっちの身にもなってえな」


石本は強烈な力で中年男の手をふりほどこうとしていた。中年男の力も限界にきているようだ。男は調査役に叫んだ。


「早よ、どっか行けって。もう、あかん」


調査役は、よろよろと立ちあがり、出口へ向かった。やっかいごとばかり起きる。ここはとりあえず、逃げよう。


出口近くにまで来たとき、背後で、「あ痛たあ!」という、関西弁の男の叫び声が聞こえた。


石本がついに、はがいじめの手をふりほどき、中年男を殴ったらしい。振り向くと、石本がすごい勢いで、こちらめがけて走り出すところだった。


また、おいかけっこになるのか。


調査役は助けを求めようとして、入り口にいた受付の男を見たものだが、角刈りで目が小さく薄汚いアロハシャツのその受付には、助けを求めても、事態は逆に混乱して、良いことはなさそうだ。


そう調査役は直感した。それで、一気に階段を駆けあがり、このまま走って逃げることにした。


とにかく、歌舞伎町から脱出することだ。ここは調査役にとっての、悪意と狂気に満ち満ちている。


一気に町を駆け抜けた。外はまだ昼である。往来には人がいっぱいいる。昨日の深夜とは違う。叫べば、きっと誰かが助けてくれる。調査役は安心した。


走るうちに、鉄道の高架近くに、交番が見えた。


そうだ、この際だ。昨日今日に起ったことを、ここで全部警察に伝えよう。調査役は、交番に飛び込んだ。


・・・・つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ